日本史

倒した人数は敵より味方の方が多かった…新選組に見る粛清の思想

幕末、京都の治安維持活動に当たった浪士集団――新選組。佐幕か倒幕かで沸騰する動乱期を閃光のように駆け抜け、若い命を散らしたその潔い生き方に憧れを抱く人はいつの時代も少なくない。新選組といえば「池田屋事件」がすぐ思い浮かぶが、このように新選組…

熊本城はなぜ地震で崩れた!? 天下一の石工集団「穴太衆」の実力

お城といえば堅牢な石垣に守られた城郭や天守閣を想像する人が多いだろうが、そんな近世城郭建築の一翼を担ったのが「穴太衆」である。かつて日本に存在した、穴太積の名で知られる城などの石垣づくりを専門とした石工集団だ。彼らは織田信長が築城した安土…

“おまわりさん”の語源にもなった幕末の剣客集団「新徴組」の正体

江戸の幕末期、京都の治安維持活動に当たっていた「新選組」は小説やドラマなどで語り尽くされた感があるが、新選組とほぼ同時期にもう一つの剣客集団による警察組織が東のほうで誕生していたことをご存じだろうか。それが、江戸市中の治安維持活動に当たっ…

最後まで徳川に忠誠を尽くした彰義隊と渋沢栄一の知られざる接点

東京の上野公園(正式には上野恩賜公園)といえば愛くるしいパンダで有名だが、そんな平和の象徴ともいうべき場所で、一面焼け野原と化すほどの激しい戦争が今からおよそ百五十年前に繰り広げられていた。江戸から明治への移行期に起こった「上野戦争」であ…

“江戸のCIA”と恐れられた「柳生新陰流」の知られざる組織力とは

光あるところには、影がある──。歴史的事件の裏には、実は多くの「影の組織」が暗躍していた。なかでも、幕府草創期の大名廃絶政策に暗躍した剣術の一流派が「柳生新陰流」である。彼らはどのように政権内部に地位を築き、その力を維持していたのか。知られ…

源平合戦は最後の一押し!? 栄華を誇った平氏が滅亡した本当の理由

平氏の全盛期、一門の重鎮・平時忠が「平氏にあらざれば人にあらず」とうそぶいたように、わが世の春を謳歌した平氏一門。だが、驕れるもの久しからず、清盛が亡くなってわずか四年後に、長門壇ノ浦において滅亡を遂げる運命にあった。ほとんどの人は源氏よ…

たった一つの駅弁で巡る伊達家の足跡【旅する日本史・番外編】

今回は「旅する日本史」の番外編として、“一つの駅弁から日本史に思いを馳せる”というテーマでお届けします。ある駅弁と地図を片手に、伊達家の歴史をたどりながら伊達政宗ゆかりの地を廻ってみましょう。実際に辿るルートもご紹介していきますので、自由に…

日本が太平洋戦争に突入した本当の契機は「ノモンハン事件」だった

歴史には大きなターニングポイントがいくつも存在し、日本人はその時々で進む道を選んできました。そのなかで、小さな出来事にすぎないように見えるものが、実は大きな失敗のきっかけであることもあります。日本軍がソ連軍に大敗したノモンハン事件もその一…

西郷隆盛と巡る「江戸無血開城への旅」~②駿府城から洗足池へ【旅する日本史】

歴史は人々の営みによりつくられ、人々の営みは人々の足跡によりつくられる。一つの史実に沿って、歴史上の人物が歩んだ足跡を巡る旅のプランを提案する『旅する日本史』の第二回目。史実の英雄になったつもりで、あるいは参謀役になったつもりで時系列に沿…

戦国時代の開始は応仁の乱ではない!? 真の起源とされる2つの事件

武将が知勇を競い合って戦いを繰り広げた戦国時代は、日本史の中でもロマンあふれる時代です。一般的には、戦国時代の始まりは応仁の乱がきっかけだという認識が広まっていますが、最近では新たな見解が示されているようです。歴史研究家の河合敦氏に、戦国…

西郷隆盛と巡る「江戸無血開城への旅」~①箱根から駿府城へ【旅する日本史】

歴史は人々の営みによりつくられ、人々の営みは人々の足跡によりつくられる。一つの史実に沿って、歴史上の人物が歩んだ足跡を巡る旅のプランを提案する『旅する日本史』の第二回目。史実の英雄になったつもりで、あるいは参謀役になったつもりで時系列に沿…

秀吉になりきって巡る「中国大返しの旅」~②備中高松城から山崎へ【旅する日本史】

歴史は人々の営みによって作られるもの。人々の営みは人々の行動によって作られるもの。一つの史実に沿って、歴史上の人物が歩んだ足跡を巡る旅のプランを提案する新連載『旅する日本史』。史実の英雄になったつもりで、あるいは参謀役になったつもりで時系…

秀吉になりきって巡る「中国大返しの旅」~①岡山城から備中高松城へ【旅する日本史】

歴史は人々の営みによりつくられ、人々の営みは人々の足跡によりつくられる。一つの史実に沿って、歴史上の人物が歩んだ足跡を巡る旅のプランを提案する新連載『旅する日本史』がスタート。史実の英雄になったつもりで、あるいは参謀役になったつもりで時系…

武田勝頼は織田信長に敗れた後もなぜ版図を拡大できたのか

甲斐の武田信玄といえば戦国期を代表する武将だが、その偉大な信玄の跡を継いだのが息子の武田勝頼だ。後世の史家の多くはこの勝頼に対し、「無能な後継者」「背伸びしすぎた凡将」……などなどマイナス評価を与えてきたが、実際は近代になり、勝頼への評価は…

秋葉原はもともと「あきばはら」だった!? 日本全国「地名」の由来

意外に広大な日本には、地形や地理の知られざるエピソード、誰もが不思議に感じる疑問がたくさんあります。なかでも「地名」にまつわる話は、歴史や地形に関係する興味深いものばかり!

“八百万の神”の祖「日本で最初に生まれた神様」を知っていますか

合格祈願、仕事の成功、病気平癒、縁結び……信心深いわけではなくても、人生の節目などでつい頼りたくなる「神様」。全国各地に神社もあって、神様は日本人にとって身近なはずですが、「最初に生まれた神さまは?」と聞かれると、意外とわからないかもしれま…

水戸と彦根、会津と長州……今もひそかに遺恨を抱くライバル都市

明治維新から150年以上。すでに当時の出来事は歴史の1ページにすぎない……かと思いきや、今も当時のわだかまりが残っている“ライバル都市”があります。当時の状況と、現在の和解に向けた動きを見ていきましょう。

シーボルトの娘が日本初の女医“楠本イネ”になるまでの数奇な運命

西洋医学を学んだ日本人女医第一号は、あのドイツ人医師フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトを父に持つ“オランダおいね”こと楠本イネだ。そこに至るまでには、父との生き別れと再会、医学の師とのいざこざ、医師資格の喪失など、さまざまな運命が待ち…

西郷隆盛の肖像画で有名なキヨッソーネは“日本の紙幣の父”だった

明治初期、日本にはさまざまな分野から専門家が招聘されたが、その中に紙幣印刷の技術を日本に伝えたエドアルド・キヨッソーネがいる。日本の紙幣の父であるだけでなく、明治期の著名人の肖像画を数多く残した彼は、故国イタリアに帰ることもなく日本で没し…

『花の慶次』のモデル前田慶次は秀吉すら翻弄する真の自由人だった

戦国史を彩った武将の一人に、前田慶次がいる。近年になって、戦国時代を題材にしたゲームの中で知勇兼備の愛すべきキャラクターとして登場することが多いため、年配の歴史ファンよりむしろ若い世代に人気が高い武将だ。この前田慶次、実際はどのような人物…

「風魔の小次郎」は実在した!? 知られざる「相州乱波」という存在

忍者といえば伊賀忍者と甲賀忍者くらいしか思いつかない人が大半だが、戦国大名の耳目となって暗躍し、最後には名前も残さず歴史の闇に消えていった忍者の一族は日本各地に存在する。なかでも「相州乱波」とも呼ばれた風魔一族、「黒脛巾組」という二つの忍…

栄華を誇った平氏一門が滅亡した「本当のきっかけ」

ライバルの源義朝を討ち破り、武家政権を自らの手で樹立した平清盛。その一門は「平氏にあらざれば人にあらず」とうそぶくほど他を寄せつけない栄華を誇っていた。だが、その権勢も清盛の死後あっけなく瓦解してしまう。その理由とは、どんなものだったのだ…

神風が敗因ではなかった!? 元軍が怖れた九州武士の強さの秘密

モンゴル帝国による二度にわたる襲来を撃退できたのは、台風(いわゆる「神風」)によるところが大きいとされてきた。しかし、実際には一度目の「文永の役」で台風があったことを証明する史料はどこにも存在しないという。だとすれば、元軍はどんな理由で敗…

切腹が“滅びの美学”に昇華したのは備中高松城の水攻めが契機だった

江戸時代、切腹は武士の精神性や潔さを体現する高貴な行為だったが、それ以前は相手に対するいわば“はらいせ行為”だったという。その認識を変化させるきっかけとなった人物が、豊臣秀吉の水攻めで滅ぼされた備中高松城の城主、清水宗治である。そこにはどん…

行動と情熱の吉田松陰に足りなかった福沢諭吉の「計画性」

情熱で突っ走るタイプとじっくり計画を練り上げるタイプがいる。どちらも一長一短あるように感じるかもしれない。しかし、混迷の時代においてどちらのタイプがその野心を達成できるか、これは歴史から紐解いてみると答えは明らかだ。文明開化目前、西洋で勉…

江戸時代だったら「藤井名人」は不可能!? 知られざる将棋の歴史

2020年7月、藤井聡太氏が渡辺明棋聖を破り、棋聖を奪取したことが大きな話題になりました。これから最高の名誉である「名人位」を目指して戦い続けるわけですが、もし江戸時代に生まれていたら、いくら将棋が強くても名人にはなれなかったかもしれません。…

戦国時代を終わらせた陰の立役者、伊賀忍者と甲賀忍者の行く末

忍者というと、黒ずくめの装束で手裏剣や忍術を使う謎の集団……というイメージを持つ人が多いが、実際は敵の城や屋敷に潜入し情報を盗み取ってくることが主たる役割だったという。したがって、忍者は体術や剣術は言うに及ばず、土地土地の方言や変装術、薬学…

実は信長より六つ年上!? 明智光秀にまつわる出自のミステリー

明智光秀といえば戦国末期の武将で、主君である織田信長を自害に追い込んだご存じ「天下の謀叛人」。主君に刃を向けた本能寺の変の動機は戦国期最大のミステリーだが、実は家系や年齢についても謎の部分が非常に多い。本能寺の変の後、明智一族はどのような…