歴史の謎研究会

歴史の闇には、まだまだ未知の事実が隠されたままになっている。その奥深くうずもれたロマンを発掘し、現代に蘇らせることを使命としている研究グループ。

室町から江戸まで、四百年間も画壇に君臨した狩野派の生存戦略

室町時代の中期から江戸時代の終わりまで、およそ四百年間にわたってわが国の画壇に君臨し続けた絵師集団が狩野派だ。歴史上、これほど長く活動した絵師集団は、世界中どこにも存在しない。では、なぜ狩野派だけが天下人たちの心をとらえることができたのか…

四国の覇王“長宗我部”の姓が江戸を経て維新後に復活したワケ

戦国期、一時的にせよ四国を統一した大名といえば長宗我部元親。元親の後継者となった四男盛親は関ヶ原の戦い、大坂の陣を経て五人いた男子ともども斬首された。こうして長宗我部氏の家系は途絶えたように見えたが、実は江戸を経て現代にまで生き延びている…

楽市楽座は必然!? 信長が織田一族から受け継いだ“経済”という視点

世の中に大変革をもたらした偉人というのは、突然天から舞い降りてきたような印象がある。その最たる人物が、戦国期に天下統一を目指した織田信長だ。その覇業はあと一歩で頓挫したが、実は信長も一代であれほどの活躍を為したわけではない。そこには彼の祖…

鎌倉幕府が滅亡した主因は、日本初「男女平等の分割相続」だった

教科書的な説明では、鎌倉幕府が滅亡した要因は元寇の襲来とされている。しかし、その下地には意外にも鎌倉幕府独自の「相続制度」があったという。当時の状況から見ていこう。

江戸時代に寿司を“発明”した「華屋與兵衛」の知られざるその後

江戸時代末期、当時の江戸の盛り場である両国で誕生したにぎり寿司だが、当時はいわゆる「ご当地グルメ」の一つにすぎなかった。それから二百年近くたった現在、てんぷらやうなぎ料理などと並んで日本を代表する食べ物と言われるまで発展を遂げている。この…

坂本龍馬の暗殺犯を「今井信郎」だと断定できるこれだけの理由

幕末の志士、坂本龍馬暗殺の黒幕ついてはさまざまな説があるが、万人を納得させる決定的な証拠・証言はない。龍馬に敵が多かったこと、混乱した幕末期だったことが理由だが、状況証拠からはある人物が実行犯だと見て間違いないという。その人物とは?

天才絵師・葛飾北斎が90歳で死ぬまで持ち続けた向上心の源泉とは

七十年にも及ぶ画業人生で森羅万象を描ききり、三万点もの作品を残したと言われる葛飾北斎。彼の版画作品は明治になってヨーロッパに大量に移入され、ゴッホやゴーギャン、ルノワール、ガラス工芸家のエミール・ガレ、作曲家のドビュッシーなど、ヨーロッパ…

十九カ国語を操る自然科学の父・南方熊楠はどんな人物だったのか

南方熊楠をご存じだろうか。一般的には植物学者、あるいは民俗学者として知られている。ただし、ほかにも博物学者、細菌学者、生物学者、天文学者、人類学者、考古学者……などにも精通した、まさに「歩く百科事典」だった。さらに十九カ国語の読み書きが自由…

シーボルトの娘が日本初の女医“楠本イネ”になるまでの数奇な運命

西洋医学を学んだ日本人女医第一号は、あのドイツ人医師フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトを父に持つ“オランダおいね”こと楠本イネだ。そこに至るまでには、父との生き別れと再会、医学の師とのいざこざ、医師資格の喪失など、さまざまな運命が待ち…

西郷隆盛の肖像画で有名なキヨッソーネは“日本の紙幣の父”だった

明治初期、日本にはさまざまな分野から専門家が招聘されたが、その中に紙幣印刷の技術を日本に伝えたエドアルド・キヨッソーネがいる。日本の紙幣の父であるだけでなく、明治期の著名人の肖像画を数多く残した彼は、故国イタリアに帰ることもなく日本で没し…

『花の慶次』のモデル前田慶次は秀吉すら翻弄する真の自由人だった

戦国史を彩った武将の一人に、前田慶次がいる。近年になって、戦国時代を題材にしたゲームの中で知勇兼備の愛すべきキャラクターとして登場することが多いため、年配の歴史ファンよりむしろ若い世代に人気が高い武将だ。この前田慶次、実際はどのような人物…

「風魔の小次郎」は実在した!? 知られざる「相州乱波」という存在

忍者といえば伊賀忍者と甲賀忍者くらいしか思いつかない人が大半だが、戦国大名の耳目となって暗躍し、最後には名前も残さず歴史の闇に消えていった忍者の一族は日本各地に存在する。なかでも「相州乱波」とも呼ばれた風魔一族、「黒脛巾組」という二つの忍…

栄華を誇った平氏一門が滅亡した「本当のきっかけ」

ライバルの源義朝を討ち破り、武家政権を自らの手で樹立した平清盛。その一門は「平氏にあらざれば人にあらず」とうそぶくほど他を寄せつけない栄華を誇っていた。だが、その権勢も清盛の死後あっけなく瓦解してしまう。その理由とは、どんなものだったのだ…

神風が敗因ではなかった!? 元軍が怖れた九州武士の強さの秘密

モンゴル帝国による二度にわたる襲来を撃退できたのは、台風(いわゆる「神風」)によるところが大きいとされてきた。しかし、実際には一度目の「文永の役」で台風があったことを証明する史料はどこにも存在しないという。だとすれば、元軍はどんな理由で敗…

切腹が“滅びの美学”に昇華したのは備中高松城の水攻めが契機だった

江戸時代、切腹は武士の精神性や潔さを体現する高貴な行為だったが、それ以前は相手に対するいわば“はらいせ行為”だったという。その認識を変化させるきっかけとなった人物が、豊臣秀吉の水攻めで滅ぼされた備中高松城の城主、清水宗治である。そこにはどん…

絶滅の危機を3度乗り越えた太平洋の孤島、イースター島の不思議

独自の文字を持つなど高度な文明を誇っていたイースター島。モアイ像で有名だが、そこには他文明の影響にさらされながらも生き残ってきた、数奇な歴史があった。

江戸時代だったら「藤井名人」は不可能!? 知られざる将棋の歴史

2020年7月、藤井聡太氏が渡辺明棋聖を破り、棋聖を奪取したことが大きな話題になりました。これから最高の名誉である「名人位」を目指して戦い続けるわけですが、もし江戸時代に生まれていたら、いくら将棋が強くても名人にはなれなかったかもしれません。…

戦国時代を終わらせた陰の立役者、伊賀忍者と甲賀忍者の行く末

忍者というと、黒ずくめの装束で手裏剣や忍術を使う謎の集団……というイメージを持つ人が多いが、実際は敵の城や屋敷に潜入し情報を盗み取ってくることが主たる役割だったという。したがって、忍者は体術や剣術は言うに及ばず、土地土地の方言や変装術、薬学…

実は信長より六つ年上!? 明智光秀にまつわる出自のミステリー

明智光秀といえば戦国末期の武将で、主君である織田信長を自害に追い込んだご存じ「天下の謀叛人」。主君に刃を向けた本能寺の変の動機は戦国期最大のミステリーだが、実は家系や年齢についても謎の部分が非常に多い。本能寺の変の後、明智一族はどのような…