林修先生が“おすすめの本”を絶対人に教えない理由

※本記事は、林修先生唯一のビジネス書である『林修の仕事原論』(青春出版社)より、抜粋してご紹介します。 

何をどのように読むかが人格形成を大きく左右する――。テレビでも活躍する人気予備校講師の林修先生に、自分を高めてくれる本との向き合い方について教えてもらいます。

人生で何度も読み返す「座右の書」を見つける

大学時代、仲間と「精読か多読か」という議論を何度も繰り返したものです。特に「古典」と呼ばれるような、ずっと人々が受け継いできた本を何度も読み直したものです。

ビジネス書で言うなら、P・F・ドラッカーなどはもはや「古典」と言ってよいでしょう。学生時代にかなり読み漁りましたが、今は講演の必要上からも読み直しています。

ちょっときつい言い方をするなら、ビジネスマンでドラッカーを読んでいない時点で失格だと、個人的にはそう思っています。長く受け継がれてきたもののなかから、自分の愛読書、座右の書になるものを見つけてください。

僕の場合は高校生のときに初めて読み、それから何度も何度も読んで、ほぼ暗記していると言ってよいくらいなのが『戦略的思考とは何か 改版』(中公新書/岡崎久彦)です。

内容的には米ソ冷戦時代の国家戦略論ですから、世界の状況は今とは大きく異なっています。「だったら、今さら読んでも意味がないのでは」などと判断するのは早計です。物事のとらえ方そのものを考え、鍛え上げるにあたって大きなヒントを与えてくれる、珠玉の名著です。

文章が非常に明晰。書いた人の頭のなかがよく整理されているからこういう文章になるのだなと感嘆します。真の「古典」は老化しません。

それでは、なぜ同じ本を何度も読む意味があるのでしょうか。それについて説明する前に、一つ考えていただきたいことがあります。それは、あなたは、一度会っただけで人を判断しますか、ということです。

「そうだ、一度で決める」という人もいるでしょう(僕自身は、そういう感覚の強い人間です)。

しかし、多くの人は「何度か会って話し、つき合いを深めるうちにどういう人間かを判断していく」とおっしゃるでしょう。だとすれば、同じことが書物に対しても言えるのではないか、というのが僕の考えです。

同じ本を何度も何度も読むとき、最初は内容を理解することに追われます。しかし、二度、三度と繰り返し読むうちに、内容はすでにわかっていますから、「ここはどうなのだろう」などと、じっくり考えながら読むことが可能になるのです。

理解する読書から、考える読書へ

一度読んだだけではなかなか「考える読書」にはなりませんが、何度も読むとそんな変化が起きます。こうなってこそ、本とのかかわりが初めて意味を持ってくる。だから僕は何度も同じ本を読むのです。

しかし、これはあくまでも僕のやり方。この本を読んだみなさん自身がいろいろ考え、独自のやり方をつくり上げていく過程こそ、本当に意味のあることなのです。

一冊の本との関係は、一人の人間とのそれと同じなのではないか──。そういう思いを抱けば、本とのかかわり方が変わってくるはずです。

たかが本と言ってしまえばそれまでですが、一冊の本には、大げさではなく、ときに一人の人生さえ詰まっているものです。これを機に、かかわり方そのものを考えてみてはいかがでしょうか。

自分の頭で考える人間だけが成長し続けられる

一方で、僕は人に本をすすめません。読みたい本は自分で探すべきだというのが持論です。書店でもネットでもあふれるほどの本の情報があるこの時代に、自分が読みたい本を見つけられないというのは困った話です。

そういう感覚が授業にも影響して、僕は生徒に対しても、手取り足取り「こうやってやるんだよ」と導くようなことはしません。できるだけ良質な「考えるヒント」を与えること。これが僕の授業の目的です。「よい種」を生徒に渡して、あとは本人の努力で上手に育てていってほしい。そういう考えです。

しかし、実際には、教えたがりというか、教えすぎる講師がほとんどです。「わからせます!」などと叫ぶ講師を見ると、本当に情けなくなります。

勉強って、そういうものではありませんからね(なぜ、その講師はそんなことを言うのかといえば、結局、本人自身があまり勉強の本質がわかっていないからなんです。だから、「わからせる」などというバカげたことを口走る)。

また、自慢の「必殺の解法」などを売りにする講師も少なくないのですが、それは単に「覚え方」にすぎない場合が多く、次から次へと「覚え方」を教えて、結局、自分の頭で考える力を奪ってしまう講師が少なくないのです。

「覚え方を教えてもらう→(気合いで)覚える→点をとる」。こういうリズムにはまってしまうと、大変なことが起きます。社会に出ても、「こうやれよ!」と誘導してくれる人がいない限り、自分では何もできない人間になってしまうんです。

一方で、与えられた「考えるヒント」という種を大事に育てた生徒は、いろいろ工夫しながら苗を育てていきます。

それは、物事にどう取り組むか、どうやって解決するか、自分の、自分だけのやり方を自分で探すことにつながっていきます。そして、そういう生徒だけが、社会に出てからも力強く羽ばたいていけるのです。

考えることは楽しいこと

自分の頭で徹底的に考え、理解して、工夫しながらまとめた(=体系化した)知識は、なかなか忘れないものなのです。

僕はよく記憶力がいいと言われますが、基本的に人の言うことは聞かずに、自分なりのまとめ方を考え、すごく工夫して自分の頭に入れるようにしていたら、結果的にしっかり頭に残ったというのが実情です。こういった話は、はたして受験だけのことでしょうか?

僕にはそうは思えません。上からの指示がないと動けない、自ら進んで働こうという意識の弱い若者が増えていると言います。就職活動でも、面接で「会社に入ったらどんなふうに育ててくれるのか」といったことを平気で聞く学生も少なくないと聞きます。

結局、自分の頭で考えることの意味、そしてその楽しさを知っていれば、こういう質問は出ないはずです。

本来なら、社会に出る前にそういった物事への取り組み方を身につけておくべきでした。しかし、先にも述べたように、勉強の本質をわかっていない教えたがり講師のせいで、自分で考える力を奪われてしまったのだとしたら、ある意味では被害者でもあります。

ですから、自分で考える力が弱いなあという自覚のある方に、この本ではほんの少しだけ、「考えるヒント」を書きました。書きすぎると、僕もまた教えすぎの講師になってしまいますからね。

 

 

 

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PROFILE
林修

1965年愛知県生まれ。東進ハイスクール、東進衛星予備校現代文講師。東京大学法学部卒業後、日本長期信用銀行に入行。その後5カ月で退社し、予備校講師となる。現在、東大特進コースなど難関大学向けの講義を中心に担当。テレビ番組のMCや講演など、予備校講師の枠を超えた活躍を続けている。

林修の仕事原論 (青春新書インテリジェンス)

林修の仕事原論 (青春新書インテリジェンス)

  • 作者:林 修
  • 発売日: 2016/11/02
  • メディア: 新書