小学校で「士農工商」「四民平等」はもう習わないって本当?

学校生活で誰もがお世話になった「教科書」。でも、教科書に書かれた「常識」は時代と共にどんどん変わり、今は旧常識になっているものも多くあります。若手社員や子どもたちから「それ、昔の常識ですよね」「そんなことも知らないの!?」なんて言われないよう、新常識へアップデートしましょう。

身分は「住む場所」が決めていた

歴史を勉強している子どもに、「江戸時代には、士農工商っていう身分制度みたいなものがあってね……」なんて教えたりすると、「えっ、そんなの聞いたことないよ!?」なんて言われてしまうかもしれません。その常識、すでに変わっているのです。

かつて、「士農工商」は江戸時代を象徴する歴史用語で、必ず教科書に載っていました。この時代は職業ごとに明らかな上下関係があり、武士の身分がいちばん高く、次に農民、職人、商人と続く、と習ったことでしょう。勉強しながら、「自分の先祖はどの位置だったのだろう?」と気になったかもしれません。

ですが今、この四文字を大きく取り上げる教科書は一つもありません。それどころか、「士農工商」という用語はほとんど消え、掲載してもコラムなどで「かつて士農工商の身分制度があったといわれていた」などと軽く触れる程度です。

というのも、近世史の研究が進むにつれ、士農工商の身分制度が「実はなかった」ことが明らかになったからです。武士が支配層にいたことは事実ですが、「農工商」については対等な関係で、あくまで「職業の違い」にすぎなかったというのです。

そもそも「士農工商」の言葉のルーツは儒教で、社会の主な構成要素である「官吏、農民、職人、商人」を指す概念でした。そこに身分のランクはなかったのです。

現在の教科書ではどのように教えているかというと、「武士」と「町人・百姓」の大きく二つに分けて解説しています。

町人と百姓の違いは身分ではなく「住む場所」で、「城下町などの都市に住んでいれば町人、村に住んでいれば百姓とされた」のような記述になっています。百姓の多くは農民ですが、他に漁業や林業などの一次産業に従事する人も含むので、「百姓=農民」という解釈だと旧常識になってしまいます。

使われなくなったもう一つの用語

また、「士農工商」の従来の解釈が誤っていたことを受け、一緒に教科書から姿を消した言葉があります。

それが「四民平等」。明治維新の一環として、明治政府が掲げた身分制度廃止のスローガンです。

 旧教科書では「江戸時代の身分制度も改めて四民平等とし」というように説明していましたが、「士農工商」の用語を教えていないのに「四民」という用語を使うと、混乱が生じやすくなってしまいます。

 そこで、現教科書では「すべての国民は平等であるとされ」のように「四民平等」を使わない表現に変わっています。これだと、「武士」と「町人・百姓」という関係が崩れ、新しい政策に変わったことがストレートに伝わるでしょう。

 知ってて当たり前だった江戸時代の常識も根本からガラッと変わっていること、心に留めておきましょう。 

本当はなかった!? 鎖国は「いわゆる鎖国」に格下げ

もうひとつ、昭和世代には驚きの事実があります。

2017年2月、次期学習指導要領の改訂案で話題を呼んだのが「鎖国」という歴史用語。このあまりに有名な言葉を教科書から外し、「幕府の対外政策」など別の言葉に言い換えることが検討されたのです。

「鎖国」といえば、江戸幕府が行った代表的な政策の一つ、だったはず。ところが、今では「鎖国はなかった」が常識になろうとしています。何があったのでしょう。

まず簡単におさらいすると、「鎖国」とは、徳川三代将軍家光の時代に完成された対外政策で、日本人の出入国禁止、キリスト教禁止、さらに貿易の管理・制限などを行ったものです。

従来は、江戸時代の日本は国を閉ざして孤立していたというイメージでしたが、実際はそうではありません。幕府の統制下とはいえ、「四つの口」が開かれ、海外と交易が行われていました。

出島

日本初の本格的な人工島である出島。現在は陸続きになっている

「四つの口」というのはオランダ・中国と通じていた「長崎」、朝鮮と通じていた「対馬」、薩摩・琉球と通じていた「薩摩」、アイヌと通じていた「松前」のこと。

現在の教科書ではこれらの事実を記し、用語の使い方にもかなり慎重になっています。「鎖国をした」のような断定的な言い方を避け、「いわゆる鎖国」「鎖国と呼ばれる政策」「鎖国などの幕府の外交政策」というような遠回しな表現に変わっています。

中には「江戸幕府は鎖国をしていたか」という特集を載せ、「鎖国をした・しない」で学説が対立していることを伝える教科書もあります。

実は、「鎖国」という用語の発祥時期は江戸後期の1801年(享和元年)、11代将軍家斉の時代のこと。志筑忠雄(しづきただお)という学者がドイツ人医師ケンペルの著書を翻訳した際、「鎖国論」という言葉を使ったのが始まりでした。つまり翻訳者が創作した言葉が明治以降に独り歩きを始めたわけで、だからこそ異論を唱える学者も多いのです。

現在の教科書では、こうした背景にも触れているので、子どもたちの「鎖国」への認識はかなり変わってきているでしょう。10年後、20年後には、鎖国という用語を使う日本人も少なくなっているかもしれません。

 

 

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現代教育調査班

教育にまつわるさまざまな疑問、不思議について、綿密なリサーチをかけて調査するライター集団。学年や教科を問わず、情報を日々更新している。