百年戦争を中断させた黒死病の大流行は5年間収束しなかった

フランス王国とイングランド王国による百年戦争の最中、黒死病が大流行。ヨーロッパ全体の人口の4分の1が死んだと言われている。それはどこから発生し、どう広がり、どう収束したのだろうか?

発源地は中国南部か中央アジア

ペストには「腺ペスト」と肺炎を併発してなる「肺ペスト」、ペストの悪化などによりショック症状、昏睡、手足の壊死などを引き起こす「敗血症型ペスト」の3種類がある。

腺ペストによる死亡率は比較的低いが、敗血症型ペストのそれはほぼ100パーセントで、熱が40度以上に達して虚脱状態に陥ったなら、早い者で数時間後、遅い者でも数日後には絶命。24時間以内に死亡する者が大半だった。

ペストのパンデミックは世界史上3回起きている。最古の例は541年から約60年にわたり、「ビザンツ帝国」と「西ヨーロッパ全域」を襲ったもので、この世界最古のパンデミックはヨーロッパ全体に地殻変動をもたらした。

そして、特に1347年から52年にかけて大流行したペストは「黒死病」と呼ばれる。この名は死の直前、黒っぽい斑点で全身が覆われることに由来する。

このときのペストの発源地は中国南部か中央アジアのどちらかといわれる。どちらが正しいにせよ、当時のモンゴルの存在を無視して語ることはできない。

13世紀、モンゴルの版図は中国大陸全域から西アジアにおよび、ロシア・東欧地域も属国化していた。14世紀に中央アジア以西のモンゴル政権でイスラム化が進展するとともに、ジェノヴァ人の植民地「カッファ」(現在のフェオドシア)と関係が悪化し、ついには戦争となる。

ジェノヴァ人の籠城戦が展開されるなか、ペストの被害が広がり始めた。ペスト患者が急増するに及んではもはや戦争どころではなく、攻め手は戦果がないまま撤退した。

これを見たジェノヴァ人たちは本国への連絡のため、ガレー船団を派遣する。しかし、その船には発症前のペスト患者と感染ノミが取り付いたネズミも乗り込んでいた。

船団は「コンスタンティノープル」(現在のイスタンブール)、シチリア島の「メッシーナ」を経て本国に向かうが、航海途上の船団内は患者が続出してパニック状態にあった。当然ながら寄港地も感染を免れず、コンスタンティノープルでは1347年7月初旬、メッシーナでも同年9月末からペストの大流行が始まる。

両都市とも交通の要衝に位置していたことから、そこから四方への感染も早く、コンスタンティノープル発のものは翌々年までにイスラム圏全域とバルカン半島、東地中海の島々、メッシーナ発はロシア・東欧を除くヨーロッパ全域へと広がり、アイスランドやグリーランドさえ例外とはならなかった。

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1347年発ペストの感染経路

正確な死者数は現在も不明

相手が感染症とあっては王侯貴族といえども抗する術すべはなく、1337年に始まる英仏間の百年戦争も1347年9月28日から足掛け9年の間は休戦を余儀なくされた。

この戦争はフランス王位継承に対し、イングランド王「エドワード3世」が異議を唱えたことに端を発する。フランス王フィリップ4世(在位1285〜1314年)の弟の家系である「ヴァロワ家」より、フィリップの娘から生まれた自分こそ優先されるべきとしたのである。

開戦以来、イングランド側が終始優位に立っていたが、ペストが相手では勝手が違い、流行が下火になるまでただ待つしか道はなかった。戦争を中断させるほど凄まじいペストの猛威だった。ロシア・東欧での流行は1352年の夏に始まる。

それらも含め、全体でどれほどの犠牲者が出たのか。記録にある死者の数には誇張が多く、都市部からの逃亡者も死者として数える例が多いことから正確な数字は出しにくい。

信憑性の高い史料によれば、イタリアのフィレンツェでは1250人いた大評議会のメンバーが380人にまで減少。北ドイツのハンザ同盟都市リューベックでは財産所有市民の25パーセント、市参事会委員の35パーセントがペストで死亡している。ヨーロッパ全体では4人に1人が死亡とする推計が比較的信頼がおけるものとされている。

黒死病の名で恐れられたこのペストの流行が一応の収束を見たのは、1388年頃のことだった。

 

 

 

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PROFILE
島崎晋

1963年東京生まれ。立教大学文学部史学科卒業。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て、現在、歴史作家として幅広く活躍中。主な著書に、『ウラもオモテもわかる哲学と宗教』(徳間書店)、『眠れなくなるほど面白い 図解 孫子の兵法』(日本文芸社)、『古事記で読みとく地名の謎』(廣済堂新書)、『ホモ・サピエンスが日本人になるまでの5つの選択』(青春新書プレイブックス)、『仕事に効く! 繰り返す世界史』(総合法令出版)、『ざんねんな日本史』(小学館新書)、『覇権の歴史を見れば、世界がわかる』(ウェッジ)などがある。