仕事が奪われると警戒する人が知らない“強いAI・弱いAI”の視点

ITコンサルタントである水野操氏は、「今やっている仕事がAIに奪われてしまう心配はないか」という質問を受けることが多いという。だが、AIにも「強いAI」「弱いAI」の2種類があり、その違いをしっかり認識していれば、実際には過度に恐れる必要はないという。

「強いAI」は2045年以降も現れない

まず、「AIが仕事を奪う」という際のAIの定義をはっきりさせておく必要がある。AIという言葉はさまざまなメディアで多用されているわりには、本来とは違った意味合いで使われていることも多いからだ。

まず、辞書や専門家がどのようにAIを定義しているか、いくつか抜き出してみよう。

人工知能(じんこうちのう、英:artificial intelligence、AI)とは、人工的にコンピューター上などで人間と同様の知能を実現させようという試み、或いはそのための一連の基礎技術を指す」(Wikipedia)

「人工的に作った知的な振る舞いをするもの」

溝口理一郎氏(北陸先端科学技術大学院大学特任教授)

「究極的には人間と区別がつかない人工的な知能」

松原仁氏(公立はこだて未来大学教授)

 それぞれ微妙にイメージするものに差はあるものの、共通するのは人間が造物主となり、機械でありながらあらゆる側面で人間に似た能力を兼ね備えた存在だといえる。

人間の特徴の一つは、さまざまな目的に対応できる多機能な存在であることだ。汎用性があるとも表現される。オフィスで書類をつくり、家で大工仕事をし、料理をつくり、スポーツや囲碁将棋などのゲームもできる。

SFなどには身体的、知能的にも人間を超える人型ロボットが登場するが、もともとAIとして考えられているのは、このような汎用的な機能をはたす存在だ。

人間同様に世の中のさまざまな問題に対応できるようなAIは、「強いAI」と呼ばれる。「自意識を持つもの」と定義される場合もあり、もはや単なる機械とは言えないような存在だ。このようなものが存在するなら、確かに私たちの仕事を奪うことができるどころか、場合によっては私たち人間の存在を脅かす可能性すらある。

しかし、現時点でこのようなAIは存在しないし、近い将来に実現するという見通しもない。2045年にAIが人間の能力を追い越す「シンギュラリティ」がくると言われており、確かにコンピューターの基本的な能力はそのレベルに達するかもしれないが、実際に一つの機械として機能するかどうかは別の話だ。

弱いAIとは「人に使われるAI」

では、昨今私たちが盛んに話題にしているAIとは何のことだろうか。

囲碁や将棋でプロ棋士を破り、あるいはその棋士たちが自分たちの研究の相手に選んでいる。自動運転車は徐々にその成熟度合いを上げてきている。投資や資金運用のサービスに、あるいはガンの診断に活用され始めたりもしている。コールセンターの背後で利用されていたり、大学で学生ごとのカリキュラムの作成にも使われ始めている――。

こうした「AI」を活用したサービスは日に日に増えているが、これらのAIと前述の強いAIとは何が違うのだろうか。

いまAIと呼ばれているサービスの共通点を探してみると、これらはすべて特定の機能に特化している。たとえば、「アルファ碁」はプロ棋士にさえ勝つことができるが、資金の運用はできないし、コールセンター業務をこなすこともできない。人間のように苦手とかいうレベルではなく、本当にやることができないのだ。

つまり、何かの作業や業務に特化したAIだということができる。このような、現在活用されはじめているAIを「弱いAI」と言う。弱いAIは、汎用的な能力を持つ強いAIに対して、その能力を非常に限られた分野にしか発揮できない。もう一つ、筆者が定義をつけ加えれば、弱いAIとは「人に使われることが想定されているAI」だ。

AIを活用したアプリを開発するためのプラットフォームがすでに提供されており、何らかのサービスや技術に特化した「弱いAI」は今後も続々と登場しそうだ。つまり、これからしばらくの間、私たちがつき合っていくのはこの弱いAIである。

テクノロジーは常に私たちの仕事を奪ってきた

では、なぜ私たちはそのような「弱いAI」に脅威を感じるのだろうか。その理由の一つは、AIが持つ情報処理能力の高さにある。大量のデータを処理する際のスピード、正確さ、あるいは処理の効率が、人間の担当者よりも圧倒的に優れていることに疑いはない。

そうだとすると、現在AIが実現しつつある業務についている人たちにしてみれば「自分の仕事を奪う競争相手」と考えても不思議ではない。

とはいえ、本来、面倒なさまざまな作業をAIが人間の代わりにやってくれるのは理想であるはずだ。そうすれば人間はもっとやりたいことに存分に時間を使うことができるようになる。

以前、筆者はSchoo(スクー)というインターネット上の生放送の授業で、「AIが発展した20年後の仕事と生活」という授業を担当した。その際、「AIが人間の仕事を肩代わりしてくれたら、みなさんはどうするか」と受講者に問いかけた。

すると、アーティスティックな活動をはじめ、今は時間がなくて我慢している活動をやりたいという声が多数あった。それを実現させてくれるかもしれないという認識はみんなあるのだ。

家庭でのことを考えれば、1960年代に掃除機や洗濯機などが普及し始めた。さらに、現在はお掃除ロボットなどを使うことで、100%ではないにしろ、洗濯や掃除といった「仕事」はほぼ機械が肩代わりしてくれる。それに対して文句を言う人はいない。

しかし現実には、その正反対の心配をする声のほうが多い。ある高校の生徒さんからインタビューを受けた際、次のような質問を受けた。

「商業高校で簿記を勉強しているが、そもそも自分の仕事は将来もあり続けるのか」
「自分が社会に出るころの仕事は、さらにその後の自分の職業人生はどうなのか」

つまるところ、仕事とは食いぶちのことである。労働することで収入を得て生活することが前提の現代社会では、収入の手段が奪われてしまうことは死活問題なのだ。

しかし、仕事は常に変化している。筆者は、今のAIは決して新たな脅威ではないと考えている。なぜなら、昨今のAIはパワフルになってきているかもしれないが、これまで私たちを労働から解放してきたさまざまな道具の延長線上にあるものにすぎないからだ。

今のAIはどこに弱点があるのか?

このように見ていくと、個々の作業レベルであれば、確かにAIには人間の仕事を奪う潜在的な力があることは事実だろう。今後さらに強力になるであろうAIだが、すでに述べたように、現在のAIは「弱いAI」である。

棋士の場合は将棋を指すこと自体が作業のほぼすべてなので、単機能とはいっても棋士にとってみれば確かにインパクトのある存在だ。しかし、実際の仕事ではそのようなケースは多くない。

一見総合的な機能を提供しているように見えても、実際は単機能のものをパッケージしたようなものが多い。たとえれば、マイクロソフト社のOffice製品のようなものといえる。

同じメーカーがつくっているので他社製品よりデータの連携はとりやすいが、個別の機能が有機的に連動しているわけではない。だが、特化型の機能が弱いAIなのだから、それは当たり前だ。AI単体の話で見れば、これは弱点でも何でもない。ただ「ある職種を人間と奪い合う」ということになると、これはAIにとっては弱点だ。

つまり、どの職種でも単機能なAIを業務に合わせて選別し、融合する必要がある。言い換えると、人間がAIの機能を「使ってあげる」必要があるわけだ。

もう一つ言えるのは、ごく狭い分野においてでも、人間の能力を上回る力を発揮するには大量の情報を「学習」する必要がある。新しい分野の事業などで情報が少ない場合には、強力な力とはなりえない可能性があることになる。

たとえば、AIがガンの診断をするとしても、検査結果や予後の情報がある程度用意されていれば、経験が蓄積されるにつれ力を発揮していく。だがそれがない場合、AIでも力を発揮することはできない。

また、まったく異なる分野の情報を抽象化してエッセンスとなる考え方を抜き出し、そこから推測して別の分野に当てはめて考えるというのは、まだまだ人間の役割だと言える。

漠然とした遠い未来の予測はあてにならない

遠い未来、50年とか100年単位で考えれば、私たちの仕事はAIに丸投げできるようになっているかもしれない。だが、それが10年あるいは20年でやってくるのかといえば、疑問だと言わざるを得ない。

そして、一定の期間内に起きる出来事、あるいは変化は年々多く、複雑になってきている。今となっては、20年後はおろか10年後の予想も難しい。

当面は、AIを開発するのでなければ、何もAIを使ったアプリのプログラミングを誰もができる必要があるわけではない。それより大事なのは、いま語られているAIなるものがいったい何なのか、何ができて、どのような限界があるのかを知ることだ。

そして、AI関係のニュースを見た時に、この先にどんな風にそのサービスが使われていく可能性があるのか、自分の仕事には生かせるのか、生かせるとしたらどのように生かせるのか、自分の職業にはどんなインパクトがあるのか、想像してみることが重要だ。

ありきたりの予想しか出てこないかもしれないが、その過程で何か新しいビジネスにつながる発想が出てくるかもしれない。大切なのは、「どうしたらよりアクティブにAIを自分のよきアシスタントとして使うことができるのか」という視点を持つことだ。

 

PROFILE
水野操

有限会社ニコラデザイン・アンド・テクノロジー代表取締役。mfabrica合同会社社長。1990年代のはじめから、CAD/CAE/PLMの業界に携わり、大手PLMベンダーや外資系コンサルティング会社で製造業の支援に従事。2004年にニコラデザイン・アンド・テクノロジーを設立後は、独自製品の開発の他、3Dデータを活用したビジネスの立ち上げ支援、3Dプリンター事業、シミュレーションサービスなど積極的にデジタルエンジニアリングを推進。