労働時間がムダに長い人に共通する2つの特徴―本田直之の仕事観

残業中

もはや「長時間労働=がんばっている」ではないにもかかわらず、多くの人が意識を改められずにいます。これからの働く人は「時間」をどのようにマネジメントするべきなのか? 世界をまたいで自由な働き方をしてきた本田直之さんに、その考え方を教えてもらいます。

作業時間の長さと仕事の成果は比例しない

同じフロアには定時に帰る同僚がいるのに、自分はいつも残業続きで自由に使える時間を作ることもできない……。もし、あなたがそんなふうに悩んでいるなら、仕事の仕方を見直していきましょう。

時代は刻々と変化し、今はどれだけ作業をしたかではなく、どういう成果を出したかが重視されるようになりました。長期間同じ会社で働けば出世が約束されていた高度経済成長期の頃と同じ発想では、会社に使い捨てられることになるからです。

経験上、労働時間の長い人には、2つの共通点があります。

1つ目は、成果につながらない作業の多さと、それにかける時間の長さです。例えば、プレゼンテーション用の資料を用意する際、あれこれ頭を悩ませながら時間をかけ、見た目に優れたレジュメを作ってしまう。しかし、それが成果に結びつくかと言えば、そうではありません。

重要なのは伝えるべき内容の質であり、見た目やそれを作るために費やした作業時間ではないからです。むしろ、成果から逆算するという視点に立つと、その作業は残業や徹夜までして取り組むべきものではないことが少なくありません。

ところが、長時間労働に悩む人の多くは「作業時間=仕事」だと思い込んでいるのです。

以前、スウェーデン在住の日本人女性を取材したことがあります。彼女はスウェーデンの海運会社の日本支社に勤務していた頃、同僚のスウェーデン人と結婚。現在は、夫婦でストックホルムに移り、同じ会社の本社で働いています。

日本支社時代、彼女は同僚たちとともに残業するのが常で、21時、22時までデスクにいるのを当たり前だと思っていたそうです。ところが、ストックホルムでは誰もが17時ぴったりに仕事を終え、オフィスを出てしまいます。

そんな周囲に合わせているうち、日本支社時代と業務は同じなのに、自分も短い時間でできてしまうようになったというのです。当初、彼女は「今までどれだけムダなことをしていたんだろう?」と不思議に思っていたそうですが、じつはここに労働時間の長い人の2つ目の共通点があります。

それは、やらされ感を持って仕事をしていることです。

「周りもそうだから仕方がない」「この仕事はそういうものだからしょうがない」と。そんなふうに感じながら環境に流され、「長時間やらないと周りから認められない」「この仕事は残業しないと終わらない」と思い込んでしまう。

すると、思考停止状態になってしまい、疑うことなく長い時間働くというしんどい状態から抜け出すことができなくなるのです。

もし、あなたが今、「自分だけが残って毎日のように残業をさせられている」と感じているなら、必ず費やしている作業のどこかにムダがあるはずです。まずは、そのムダを洗い出し、作業そのものとそれにかけていた時間を捨ててしまいましょう。

人は時間があると思うと、効率化の努力や工夫をしなくなり、やらされ感を持ちながら、どんどん時間をかけるようになります。この法則を理解し、あなた自身の仕事の仕方、取り組み方を見直していくべきです。

周りに合わせた「ダラダラ仕事」をゼロにする方法

では、ムダな長時間労働から解放されるには、どうすればいいでしょうか。まず考えられるのは、プレゼン資料の例のように、仕事のゴールを見据えて「この作業は何のために行うのか?」を問う習慣を持つことも大切です。

それだけで、「やるべきこと」と「やるべきではないこと」のタスクの選択がはっきりとし、ムダを減らすことができます。

また、「時間があるだけ、時間をかけるようになる」という法則を逆手に取るのも効果的です。つまり、あえて「時間がない状態」にしておくのです。

そのために効果的なのが、締め切りを設け、成果から逆算した時間割を作ること。スウェーデンの海運会社の例のように、外部の環境の変化によって「仕事は17時に終わらせなければならない」という締め切りができるだけで、人は変わっていきます。

もし、外圧がないのなら自分で「定時に帰る」というルールを設けて明日から実行していきましょう。それまでのムダが浮き彫りとなり、時間内に終わらせるための試行錯誤が始まります。すると、やらされ感がなくなり、作業は成果のための仕事となっていくのです。

相手の時間を奪ってしまっていないか

また、仕事ができない人ほど「長文」にこだわる傾向があります。

あなたは仕事で1日に何通のメールを送り、何通のメールに目を通していますか? メールはビジネスに欠かせないツールとなっていますが、わたしは長文のメールを書く人や、手の込んだ添付ファイルを送ってくる人で仕事ができる人を見たことがありません。

なぜなら、そこには「相手の時間」へのリスペクトが感じられないからです。

詳しく説明しましょう。長文でメールを送ってくる人は、長いメールは書いている「自分の時間」だけでなく、読んでいる「相手の時間」まで奪うことになることを理解していません。

それに気づかずに長文のメールを書き、送信する人は、「相手のことをまったく考えていない」と表明しているようなもの。また、メールの文章がずるずると長くなってしまうのは、自分の思考が整理されていない証拠でもあります。そのような「未完成」な状態で相手に読んでもらうことも、失礼な話です。

相手にとって長文のメールは読みにくく、時間を奪うものであり、送信した本人にとっては自分の評価を下げる効果しかありません。

次に、添付ファイル付きのメールを送ってくる人。中には、メール本文はあいさつだけで、本題を添付ファイルで添えてくる人もいます。

そういう人は、受け取り側の時間的なコストを考えたことはあるのでしょうか? 想像してください。よく知らない相手から、本文で要点が示されず、「添付ファイルを見てください」とメールが届いた。そして、長々と添付ファイルの内容を読まされた結果、自分には興味のない話だったとしたら……きっと、時間をムダにしたと思うはずです。

もしくは、メールを受け取る相手が通信事情の悪い場所や地域に滞在していたら、添付ファイルを開くことが困難なこともあります。結果的に、「開けない」と返信するストレスを与えるだけです。

カン違いしている人が多いですが、添付ファイル付きのメールは、先に一瞬で読めるようなサマリーにまとめて、相手から「興味がある」という反応があって初めて送るべきものです。

長い資料を読ませる行為は、上司が部下に「コレ読んどいてね」と資料を渡すのと同じような行為。あろうことか、それを忙しい相手にしてもらっている……失礼だとは思いませんか?

あなたが「長い文章や手の込んだ企画書を添付することが、やる気や熱意を伝える」と考えているなら、すぐに改めましょう。

もちろん、初めてメールを送る相手や丁寧さが求められる状況では、礼儀としてのバランス感覚が必要です。しかし、定型だから守るというのは思考停止。相手の時間をリスペクトし、相手のことを想像しながら、常識を手放して使い分けていく姿勢が大切です。

意図せず、相手の時間を奪うことになってはいないか。目先の利益のために想像力を失っていないか。自分勝手な思考になっていないか。

人の時間を奪ってしまうのは大きな罪です。自分が加害者になっていないか。振り返ってみる時間を持つことが大切です。

 

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PROFILE
本田直之

レバレッジコンサルティング株式会社代表取締役。シティバンクなどの外資系企業を経て、バックスグループの経営に参画し、常務取締役としてJASDAQ上場に導く。現在は、日米のベンチャー企業への投資育成事業を行う。ハワイ、東京に拠点を構え、年の5ヶ月をハワイ、3ヶ月を東京、2ヶ月を日本の地域、2ヶ月をヨーロッパを中心にオセアニア・アジア等の国々を旅しながら、仕事と遊びの垣根のないライフスタイルを送る。(社)日本ソムリエ協会認定ソムリエ。アカデミー・デュ・ヴァン講師。明治大学・上智大学非常勤講師。