二度の敗戦でもEUの盟主に―ドイツ人の“真面目さ”の源泉とは

ドイツ国旗とEU旗

イギリスの離脱でEUにおけるドイツの存在感はますます強くなっている。だが、わずか70年前にさかのぼれば、ナチズムを生み出した二度の敗戦国という存在だった。再びヨーロッパの頂点に君臨する理由は、日本とは違う“真面目さ”に原点があるのではないか。代々木ゼミナール公民科で人気ナンバーワン講師の蔭山克秀氏が「宗教」と「哲学」という観点から解説する。

ルールを守るためには和をも乱す!?

ドイツ人は真面目だ。真面目といってもいろいろあるが、日本人が大好きな「義理人情を欠かない」的な誠実さとは少し違う。それよりも「任務遂行」とか「義務を果たした」みたいな、神経質で融通がきかない「生真面目さ」に近い。

例えばドイツでは、薬屋やガソリンスタンドを除いて、日曜日に開いてる店なんかほとんどない。ドイツには「閉店法」という法律があり、休日である日曜日は「休まないといけない」からだ。

あるいはドイツの道路は、田舎道でもメチャクチャいっぱい交通標識があって、車はそれを当たり前のように守る。歩行者も車ゼロの見晴らしのいい交差点で、赤信号を守る。日本人も真面目だが、誰も見てないガラガラの交差点でまで赤信号を守ったりはしない。

これは、日本人とドイツ人の真面目さの「質」の違いからくるものだ。我々の真面目さは、和を乱さないよう他人の目を意識した結果の真面目さ。でもドイツ人の真面目さは、和を乱してでもルールを守ろうとする真面目さだ。

ドイツ人の“真面目さ”はどこから来るのか?

ドイツ人が真面目な理由には、いろんなことが考えられる。まず、地理的に寒いということ。ドイツの緯度は高く、南に位置するミュンヘンでさえ北海道より北にある。そのため夏も気温があまり上がらず、冬は猛烈に寒い。寒冷地の人々は衣食住をきっちり確保しておかないと死んでしまうから、必然的に真面目になる。

でもその理屈でいくと、ドイツ人よりロシア人やモンゴル人のほうが真面目ということになるが、どう見てもエリツィンや朝青龍よりオリバー・カーンのほうが真面目だ(人選が古くてすみません)。ならばそれが理由ということにはならない。

次に考えられるのは戦争だ。つまり「ドイツは敗戦国だから真面目なのだ」というものだ。日本もそうだが、戦争に負けた国は、戦争への反省と贖罪から、勤勉になりやすい。特にドイツは、戦時中ナチスがヨーロッパ中に大迷惑をかけたから、償う意識と「二度とルールを破っちゃいけない」という意識がハンパなく強い。

こうして国際社会の模範囚になると誓ったドイツ人は、心の仮釈放を勝ち取るまで、勤勉すぎるほど勤勉に他国に尽くそうとする。何だか正解っぽいが、そうなると、イタリアはどうなるのか。イタリア人が真面目だなんて聞いたことがない。

ではなぜドイツ人は真面目なのか? 僕はその理由が「宗教」にあると思っている。

宗教改革発祥の地だからこそ“根付いた”ものとは

宗教改革とは、腐敗したカトリック教会の改革運動だ。同時期に起こったルネサンスは、教会による抑圧から人間性の回復を図るための運動で、簡単にいうと「キリスト教なんてくそくらえ」という運動だった。

しかし宗教改革がめざしたものは、人間性の回復ではなく「純粋な信仰」、つまり「本当のキリスト教はこんな腐敗したものじゃない。もっと純粋で真面目なものだ」というものだ。ということは、その成果がしっかりと根付いた国の国民は、純粋で真面目な気質になりやすいことになる。そして、宗教改革に初めて成功し、その成果がどっしり根付いた国こそが、他ならぬドイツなのである。

15世紀に「中世の三大発明(火薬・羅針盤・活版印刷)」が出た頃、ルターの宗教改革は行われた。ルターはドイツ人。当時のドイツは皇帝カール5世が教皇レオ10世に入れあげ、事あるごとに気前のいい金銭的援助を行い、「バチカンの財布」に近い状態だった。

しかし1517年、ルターはそんな流れの中で行われた教会の免罪符(購入すれば罪が赦されるというお札。教会の修復費などに充てられたが、聖職者による着服も多かった)発売に抗議して「九十五カ条の論題」を発表し、神による救済は免罪符によってではなく、信仰と聖書によってもたらされると主張した。

ルターはその後、信仰義認説や聖書中心主義を唱えて支持を拡大し、その支持は農民層にまで広がった。そしてついに1555年、ルターはアウグスブルクの和議を勝ち取り、ドイツでは新教・旧教どちらを選択してもOKになったのだ。

ルターの宗教改革の成果は、その後のドイツにしっかり根付き、ドイツの教会は腐敗の温床ではなく「純粋な信仰の拠り所」となった。こけおどし的な儀式もラテン語のミサもなくなり、すべての人が教会に集まり、学び、正しい教えを信じるようになった。もはやドイツの教会は抑圧機関ではなく、生活と教育の中に純粋で真面目な信仰を取り入れるのに不可欠な「信仰の媒介機関」となったのだ。

抑圧の道具としての教会は反発を招くが、信仰の拠り所としての教会は人々をひきつけ、その教えは人々の心に素直に浸透する。これが純粋で真面目なドイツ人をつくる大きな契機となったのだ。ドイツのルター派は現在「ルーテル派」と呼ばれ、ドイツを軸に世界のプロテスタントの主流の1つとなっている。

国民をロボット化させたナチズムの真の原因

このように、ドイツの国民性を決定づけたものは宗教改革だったとして、なぜドイツは二度の世界大戦でさんざんな目に遭ったのだろうか。

まず第一次世界大戦だ。ドイツとイギリスの植民地拡大政策(3B政策vs3C政策)あたりから緊張感が高まっていたヨーロッパでは、1914年のサラエボ事件をきっかけに世界大戦が勃発し、ヨーロッパでは三国同盟(独・伊・オーストリア)と三国協商(英・仏・露)という2つの軍事同盟が激しくぶつかり合った。

しかしその後、日英同盟を口実に日本がイギリスにつき、モンロー主義(ヨーロッパとの相互不干渉)をとっていたはずのアメリカまでもが協商側についたことで大勢が決し、最終的にはドイツ敗戦という結果となった。

敗れた後のドイツは、戦勝国側からむしるだけむしられた。1919年のヴェルサイユ条約で、ドイツは海外領土と植民地をすべて奪われ、軍事力はほぼ消滅、おまけに当時の国家予算の20年分もの賠償金を請求された。このように、敗戦国ドイツを抑え込むことで第一次世界大戦後の世界平和を維持する体制を「ヴェルサイユ体制」という。

しかし、いかに国力を削そぐためとはいえ、これはやりすぎだ。ドイツはこの後、生活苦と社会不安が深刻化し、そこからの救済をうたうナチス党が国民の支持を取りつけ、1933年にはヒトラー内閣が誕生した。

ヒトラーは、ドイツ人をさんざん苦しめた「ヴェルサイユ体制」からの解放をめざして国際連盟を脱退し、ヴェルサイユ条約を破って再軍備を実行した。その上で、国民には失業解消を約束しつつ福祉や娯楽を提供することで支持を得、その一方で着々と他国への侵攻を重ねていった。

同時にヒトラーは、ユダヤ人排斥を行った。ヒトラーは優生学(遺伝的に優秀な民族を増やし、劣悪な民族を淘汰)の信奉者で、アーリア系のゲルマン民族(ドイツ人)を世界最高の民族とするため、見た目や頭脳、運動能力の優れたアーリア系同士を強制的に結婚させ、同時に「劣悪な民族であるユダヤ人を絶滅」させようとした。

そのために行われたのが「ホロコースト」だ。これは「ユダヤ人の虐殺」を意味する言葉で、ドイツから占領下のポーランドにあるアウシュビッツ収容所に多数のユダヤ人を移送し、毒ガスなどで殺害した。選挙権の剥奪や不買運動ぐらいならまだ耐えられたユダヤ人も、話が生命の危機にまで及ぶと、もう黙っているわけにはいかない。

理性一辺倒からの脱却を唱えたフランクフルト学派

そんな中で気を吐いたのが、フランクフルト学派だ。彼らはホルクハイマー指導の下、社会主義思想を批判的に継承し、平等で民主的な社会をめざす考え方にフロイト心理学や社会学の要素を加味して、今までにない社会批判を展開した。

フランクフルト学派の代表的著作が『啓蒙の弁証法』だ。著者はフランクフルト社会研究所所長のホルクハイマーと、同研究員のアドルノ。彼らは鋭い筆致で、ナチズムとそれを受け入れる大衆心理を批判した。

彼らによると、近代西洋で展開されてきた啓蒙運動は、確かに人間を理性化し、科学の進歩に大きく貢献してきた。ただし、その理性化の多くを「正解を与える教育」で行ってしまったため、それが我々から思考の自由を奪ってしまった。

そのため、我々の理性は「批判的理性(物事を熟慮し、批判的にとらえる理性)」ではなく「道具的理性(有用性〈つまり科学や技術の発展〉のみを求める道具と化した理性)」になってしまい、その結果我々は「物わかりはいいが批判能力のない、従順なロボット」のようになってしまった。

これは権力側からすると、非常に操りやすい。例えば学校教育の段階から「新聞をちゃんと読みましょう。そこには皆さんの役に立つことばかりが書いてありますよ」などと教えておけば、政府がその新聞を利用して「ユダヤ人はドイツにとって有害だから、排斥すべきだ」と書けば、国民はみんな「新聞に書いてあることだから間違いない」と、100%鵜呑みにしてくれる。これは非常に危険だ。

啓蒙運動は、理性化で我々を賢くしようと頑張ってきたが、その結果がファシズムでは悲しすぎる。これでは進歩ではなく「野蛮への退行」だ。

フランクフルト学派はこれに警鐘を鳴らし、今後は理性一辺倒ではなく、そこに素朴な直観力なども加えた「自然と理性の融合」をめざすことを主張した。

ドイツにはまだまだ優れた哲学が数多くあるが、ここまで挙げれば十分だろう。

ドイツ人は真面目だからこそ物事を突きつめて考え、その結果社会に新しい考え方が必要になった時には、常に真面目で優れた哲学を生み出してきた。

そう考えれば、芯の通った真面目さは、哲学に必要な要素なのかもしれない。そしてそれは、ドイツの場合宗教によって形成された。哲学は人の生き方を方向づけ、宗教はこれを決定づける。現在のドイツは、この2つがうまくリンクした実例のような国だといえる。

 

PROFILE
蔭山克秀

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。