「仕事を先回りしてやる人」が心の病に注意すべき理由【佐藤優】

佐藤優

できるビジネスパーソンは仕事を締め切り前に余裕でこなし、いつも涼しい顔―。こんなイメージを持っている人は多いかもしれませんが、実はこれが落とし穴。真面目な人ほどこの“先回り仕事術”のワナにはまり、いつの間にか心を壊していることがあります。作家の佐藤優さんが、あえて仕事を先送りすることの効果を教えてくれました。

仕事を先回りしてやりすぎるのは危険

仕事では、今すぐやるべきことと先延ばしにしていいものがある。その二つを仕分けることはとても大事です。

たとえば1週間後に企画書を提出しなければならない。焦ってすぐに書き始める必要はありません。むしろいろいろな情報を自分の頭の中で寝かせておき、直前に集中して書き上げた方がいい企画書になる確率が高いのです。

また、取引先と何らかのトラブルがあったとします。口うるさい上司に報告しなければならない。気が進まないとしても、この手のことを先延ばしにして状況がよくなることはありません。どうせ報告しなければいけないなら、すぐにした方がいい。

私の場合、雑誌の原稿などは締め切り直前に書きます。気をきかせたつもりで1週間前に書き上げても、その後の政治や社会情勢の変化で無駄になる可能性があるからです。逆に担当者への連絡や事務的な作業などは、やれる時間があれば早めに処理しておく。

「明日できることは今日やらない」というのがポイント。偏差値秀才タイプの優等生ほど、とにかく頼まれたことを何でも早めに終わらせようとする。だから自分で処理できそうもない量、もしくは質の仕事を抱えるとパニックになったり、ひどくなるとパンクしたりしてうつ状態になってしまう。

とくに優等生の場合、親の言うことをちゃんと聞いて育ってきた子が多い。「今日できることは今日やっておきなさい!」「先延ばししない!」と子どものころから言われ続けてきただけに、先延ばしすることを罪悪のように感じてしまう。

会社に入ると今度は親と同じくらいの年齢の上司がいて、その上司がやたらとケツを叩いてくる。「怠けていてはダメだ」とか「早め早めに仕事を終わらせる癖をつけろ」とか、そんなに急がなくて大丈夫な仕事まで先回りでやらせようとする──。

結局、その上司がさらに上から何か言われた時、「もうできてます」と言える保険がほしいだけだったり、単に自分が安心するからという理由だけだったりします。

そんな環境にいると、仕事を与えられると「すぐやらなければ」と強迫観念的に考えてしまう。本来は、仕事の優先順位と内容によって「先にやるべきもの」と「先送りするもの」、「その中間」というように分かれているはずです。

できる人は「仕事の遠近感」を持っている

仕事というのはつねに時間軸とセットで考えなければいけません。1週間、1カ月の時間の流れの中で、どの仕事をいつまでにこなすか。逆にいつから手をつければ大丈夫なのか、はっきりつかんでおくのです。

「仕事の遠近感」と言ってもいいでしょう。それが見えている人は、たくさん仕事を抱えてもアタフタせず淡々とこなしていける。目の前にあるものをただがむしゃらにやるという人は、仕事の座標軸、時間軸がないのです。

仕事を時間軸に落とし込むために私がやっているのは、ノートに書くこと。時間というものは目に見えませんが、書き出すことで可視化、空間化できる。私は何でも1冊のノートにまとめます。時間管理、仕事の管理もそのノートだけ。

私の場合、横書きノートの見開きの左ページに原稿の締め切りをずらりと書き出します。そして右ページには、打ち合わせや取材などの予定を書いておきます。見開きで1カ月分。これを開くと、いつどんな締め切りが入っていて立て込んでいるかがわかるし、打ち合わせや取材など、人と会って話をする予定がどれくらい入っているかが一目でわかります。

新規の打ち合わせや取材が入ると、このノートを開いて比較的締め切りの少ない日に入れる。新しい原稿の依頼がきたら、左ページの表が黒く埋まっているところは避けて、それ以外のところを締め切りにできるか交渉する。

全体のバランスを見ながら、適度に仕事を調整することができるのです。その中で何から先に手をつけるべきか、何を先送りにしても大丈夫かがわかってくる。これは人によって異なるでしょうが、いずれにしてもノートにつけて整理し、頭の中で時間と仕事の関係が一目でわかるようにしておくことでそれが可能になります。

ちなみに、私はノートに手書きのアナログ派。デジタル化されたデータだと、水洗トイレに落とすというような事故があった時に一瞬で消えてしまう恐ろしさがあります。つねにバックアップを取っておくことで対応可能だとはいっても、それが面倒だからです。

それと、手で書くことで頭に入って整理されやすくなるという点も重視しています。締め切りや打ち合わせなど、終わった仕事はボールペンで線を引いて消していく。すると、残っている仕事が一目でわかるのです。

先送りしないというテーマを考える前に、まず物事には「先送りしていいもの」と「先送りしてはいけないもの」がある。それをしっかり認識することが先決です。

硬くなった思考を意識的に柔らかくする

それまで優秀でしっかり仕事をこなしてきた人物が、突然仕事ができなくなり、いろいろなものを先送りしてパンクしてしまう。そして気がついたら辞めてしまっている。とくに最近、職場で見られる光景かもしれません。

うつ病になる人も増えています。膨大な仕事量を求められ、職場で助けてくれる人もいない状況で、上司に成績や成果を厳しく求められる――。そんな過酷な状況で自分を追い込んで仕事をしているうちに、精神的にいっぱいいっぱいになってしまう。するとそれまでできていた仕事が一切手につかなくなる。やらなければいけないとわかっていながら、体が動かない。やる気も全くなくなってしまう……。

ただし、同じ状況でもそうなってしまう人と、そうならない人がいる。この違いはどこからくるのでしょうか。

もう40年くらい前の本ですが、精神科医の木村敏先生が『時間と自己』(中公新書)の中で、非常に興味深い説を述べています。精神科医としてうつ病と統合失調症の患者をたくさん見てきた著者は、両者の時間感覚に大きな差があることに気がつきます。

うつ病にかかっている人、あるいはかかっていなくてもその傾向がある人に特徴的なのは、「取り返しがつかないことになった」「もう終わってしまった」という感覚が強いことだと述べています。これを彼は「祭りの後(ポスト・フェストゥム)」的な時間意識と名づけています。

このことが、「先送り」とどう関係するのでしょうか。「祭りの後」という感覚が強い人は、ある時点から先は何をやっても無駄だ、やっても仕方がないという気持ちになってしまうのです。

うつ病に陥った人はとくにこれが顕著なので、こなすべき仕事が目の前にあったとしても、どうせやっても無理だとか、間に合わないと考えてしまう。

面白いのは、実はこういう人には「間に合わなくなる」という潜在的な恐怖心があるので、病気になる前はむしろいろいろなことを先回りしてこなしていた人が多い。つまり、優秀で仕事ができる人に多いのです。

まじめな人ほどうつ病になりやすいというのはそういうことです。先回り先回りで仕事をしていた人が、一度うつになってしまうと今度は極端に先送り先送りで仕事が手につかなくなってしまう。まるで別人のようで周囲は驚きますが、実は根本は一緒で、表現形が違っているだけなのです。

言葉を変えると、完璧主義者でもあるわけです。自分が思い描いたように仕事を進められているうちは非常に調子がいいのですが、一度歯車が狂いだすと、「もう自分はダメだ、何をやっても無駄だ」と両極端に振れる。

うつ病になってしまうと、このかたくなさがさらに極端になってしまいます。こういう思考の硬さがあると自覚している人は、意識的に柔らかくすることを考える。つまり多少思い描いたようにいっていなくても、いつでも取り返しがきくんだ、と考えるのです。

じっさい、現実はかなりフレキシブルなところがあります。一つが上手くいっていなくても、別のところで補えば全体として何ら問題がないことのほうが多い。

そう考えられれば、何か不測の事態が起きても「だったらこう対応すれば何とかなる」「こうやれば取り戻せる」と柔軟に考えることができます。

これこそが、実は非常に大切なポイントです。やたら先回りしてこなさないと落ち着かないのも、逆にいろいろなことを先送りして首が回らなくなるのも、実は同じく心の「硬さ」からくる。

その硬さをほぐし、取り除くことが、実は「先送り」をしないための一つの心の持ちようだと思います。

 

 
PROFILE
佐藤優

1960年東京都生まれ。85年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館勤務を経て、95年、同省国際情報局分析第一課主任分析官。2002年、背任及び偽計業務妨害容疑で逮捕。09年、背任及び偽計業務妨害の有罪確定で外務省を失職。13年、執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失う。捜査の内幕を描いた『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)が05年に出版されると大反響を呼ぶ。『自壊する帝国』(新潮社)で第38回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞

人に強くなる極意 (青春新書インテリジェンス)

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  • 作者:佐藤 優
  • 発売日: 2013/10/02
  • メディア: 新書