還暦後はいい人より「魅力ある人」に―弘兼憲史の“やめる”生き方

60歳をすぎたら、周囲の人に「いい人」と思われるのではなく、自分にとっての「いい人」になるべきだ――。『課長島耕作』『黄昏流星群』で数々の人間模様を描いてきた漫画家の弘兼憲史さんが、心がラクになる60歳からの生き方について教えてくれます。

「いい人」と「魅力がある人」の違い

『課長島耕作』に登場した中沢部長は、「理想の上司」なんていうランキングでトップになったこともありました。

部下が失敗した時には責任をとる、自分の部下は守る、何があっても動じない器の大きさを持っている、常に前向きな姿勢、それでいてクールな判断を下す経営能力まで兼ね備えているのですから、完璧な上司と言えるかもしれませんね。だからこそ、社長まで上り詰めるわけです。

しかし、僕は彼を完璧な上司であり有能なビジネスマンとして描いていても、完璧な人間としては描いていません。

あえて読者が想像する糊代を残し、家庭のことは描かなかったのですが、ホステスとの間に生まれた息子が登場し、最期も愛人宅が舞台です。漫画の世界ですから、幸せな家庭と仕事を両立させるような完璧人間を描くことだってできるのですけど、それでは人間的な魅力に欠けるんですね。

「いい人」と「魅力がある人」は必ずしも一致しないのは、みなさんも感じていることだと思います。漫画を描いていても、「悪い人」や「不良」のほうが、魅力的に描きやすい。一時期流行った「ちょい悪オヤジ」なんていうのも、誰しもが不良に魅かれる部分をくすぐる存在でしょう。

「いい人」とは他人基準

いつだったか、「人望というものは錯覚に過ぎない」という文章を書いたことがあります。「いい人」が誰からも好かれるというのは思い込みだから、「いい人」を演じるのはつまらないことだと言いたかったのです。

いつでも相談に乗ってくれる、誘ったら断らない、頼み事を聞いてくれるといった「いい人」は、便利だから人が集まります。

でも、誘いを断ったり頼まれ事を断ったりして、便利な存在でいることをやめると、「いい人」ではなくなってしまうわけです。

そうなってみて、自分の周りに人が集まっていたのは、人望があったからではなくて都合のよい存在だったからだと気づく。「いい人」というのは、まわりの人間の願望を満たす存在なのですね。

性格がいい人、人の気持ちがわかる人、誠実な人、優しい人。ひと言で「いい人」と言っても、それこそいろいろなタイプがあるわけですけど、「いい人」が必ず好かれるとは限りません。

「あの人は、いい人なんだけどねぇ……」という言い方をする時は、相手にとっての願望が満たされていないわけです。「こうあってほしい」「こういう人でいてほしい」という願望がなければ、その人が「いい人」であろうとなかろうと、どうでもいいはずなのですから。

つまり、「いい人」かどうかというのは、自分ではなく、他人からの基準ということなんですね。

60歳からは自分にとっての「いい人」を目指す

みなさんの職場にも、部下から「人望が厚い、いい上司」として慕われている人がいるのではないでしょうか。でも、そういうタイプの人は、「いい人」を演じているだけなのかもしれません。

もちろん、サラリーマンであれば、多かれ少なかれ本来の自分とは違う人間を演じているところがあると思います。部下の気持ちをつかむために演出があってもいい。人から嫌われないということは、仕事をうまく運ぶためにも、敵を増やさず安全に生きるためにも大事なことです。

でも、60歳からの人生では「いい人」を演じるのはやめたほうがいい。エネルギッシュに突き進んでいる時期は免疫力も高いから苦水を飲んでも排出できるのですが、新陳代謝が落ちてくるとダメージが大きくなって、なかなか回復できません。

だいぶ前から、メンタルケアを扱う本では、人から好かれようとするのをやめてラクになろうとか、完璧主義をやめてストレスを減らそうといった「いい人をやめよう」という流れが出てきています。「いい人」を演じることがストレスの要因になるからよくないと言っているわけです。

「いい人」を演じ続けると、自己否定につながって自分のことが嫌いになってしまうこともあります。これは、うつ病の原因にもなります。

どんなに他人から好かれていたとしても、自分のことが嫌いだったら幸せな人生は送れません。

だからこそ、60歳からの人生では、誰かの願望を満たすための「いい人」であろうとするのはやめて、自分の幸せのために生きたいですね。

これまでさんざん誰かにとっての「いい人」を演じ続けてきたのなら、これからは自分にとっての「いい人」を目指しましょう。

 

PROFILE
弘兼憲史

1947年、山口県生まれ。早稲田大学法学部卒業。松下電器産業(現パナソニック)に勤務後、74年に『風薫る』で漫画家デビュー。『島耕作』シリーズや『ハロー張りネズミ』『加治隆介の議』など数々の話題作を世に出す。『人間交差点』で小学館漫画賞(84年)、『課長 島耕作』で講談社漫画賞(91年)、講談社漫画賞特別賞(2019年)、『黄昏流星群』で文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞(00年)、日本漫画家協会賞大賞(03年)を受賞。07年には紫綬褒章を受章。人生や生き方に関するエッセイも多く手がけ、『弘兼流 60歳からの手ぶら人生』(海竜社)、『弘兼流 60歳からの楽々男メシ』(マガジンハウス)、『一人暮らしパラダイス』(大和書房)などの著書がある。

弘兼流 やめる!生き方

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