「静かになるから」とスマホで動画を見せられ続ける子どもの末路

スマホを見る子ども

アラームやブザーなどの電子音、大型テレビの映像、そして動画などが映し出されたスマホの画面……。こうした現代生活にあふれる刺激は、幼児や赤ちゃんに逃れられない「攻撃」を知らず知らずのうちに与えてしまっているかもしれません。特に、今や私たちの生活に欠かすことのできない「スマホ」を、もっと慎重に扱ってほしい――。幼児教育者の虹乃美稀子さんは、このように話しています。実は親にこそ、「スマホ力」が求められているのです 。

 

スマホの動画で子どもの気を紛らわせないでください

いつもお父さんやお母さんの手元にある「大事なもの」が、子どもは大好き。お財布に、家や車の鍵、そして何といってもスマートフォン!

子どもの前でいじっていると、のぞき込んで「見せて、見せて」と言ってきます。動画を見せると、ぐずっていた子もあっという間に夢中になってしまうので、便利な子育てグッズにしているお母さんも増えています。

「子どもってスマホが好きだよね」、そう言って、おもちゃがわりについ動画を見せたりして間を持たせること、あるのではないでしょうか。おむつ替えを嫌がるときにスマホを見せておとなしくさせるための「スマホホルダー」なるものもあるそうです。

小さな子どもは、画面に映る動画のあれこれを、大人のように情報として受け取り面白がっているわけではありません。スマホに限らず、パソコンにしろ、テレビにしろ、画面から洪水のように流れてくる映像と音声の刺激は、子どもが今そこにいる現実とは無関係で脈絡がありません。しかしその強い刺激を、子どもたちの感覚はスポンジのように吸い込んでいきます。

画面に釘付けの子どもは、微動だにしませんよね。視線も固定され、呼吸も浅くなっています。

小さな子どもにとって、「今ここ」に居続けることがいちばんの安心であり学習です。

「今ここ」とはリアルな世界のことです。身体で経験するリアルな感覚体験を必要としています。子どもこそ、「リア充(リアルが充実していること)」が大事なのです。

子どもはフォトジェニック! でも、カメラで子どもを切り取らないで

スマートフォンが普及して、高性能のカメラをいつでも誰でも持ち歩けるようになりました。かわいい子どもの遊ぶ様子はどこを切り取っても絵になりますし、今までできなかったことができるようになった感動は、動画に収めてお父さんや遠く離れたおじいちゃん、おばあちゃんにも見せてあげたい。ついでにSNSにもあげたい。ついつい、子どもにカメラを向ける回数が増えがちです。

でも、いつもカメラを向けられている子どもたちはどうでしょう。常に自分を意識させられてしまうと、遊びに夢中になれなかったり、自意識を過剰に刺激されたりしてしまいます。まるでテレビの子役のように。

私が幼児だった1970年代は、カセットテープが出回り、音声を家庭で簡単に録音できるようになった時代でした。母が記念にと誕生日会の様子をカセットテープに録音したことがありましたが、それを聞いたとき、自分の声にギョッとしたものです。自分が自分の声として認識していたものを、外側から聞いたときに非常に違和感を持ったのです。恥ずかしいような、ちょっと気持ち悪いような。

今は、声ばかりでなく、動く自分さえビデオで簡単に見られるようになってしまいましたが、小さな子どもにはまだ動く自分を外側から客観的に見ることは刺激が強すぎます。

たとえば、みんなで楽しいピクニックに行き、そこでいろんなおいしいものを食べたり、遊んだりしたとします。そのまま帰れば、その楽しかった記憶は、その子自身の感覚体験の記憶として残りますが、そのピクニックの様子を動画で撮っていたものをその場で見せてしまうと、その子の記憶は、ビデオの中の動画の映像に取って代わられてしまうのです。

その子自身が体験から培う内的な記憶を大切にしてあげましょう。幸せな記憶はささやかなものでも、その子を一生支える無意識の力になってくれるはずです。

子どもに話しかけられたらすぐにスマホを置いて

電車に乗り込むと、今や老若男女みんな下を向いて無言でスマホをいじっています。車窓から外の景色を眺めるような人はすっかり珍しくなってしまいました。

自分の心の中を感じたり、つれづれに考えを巡らしたりするより、ネット上でのやりとりをつい優先してしまう。私もスマホを持つようになって、だいぶそんな時間が増えてしまったと思います。

子ども時代に大人のこんな風景を目にしていたら、世界の印象もだいぶ変わっていたでしょう。東京の混んだ駅では、他人の様子に無関心な人が増えています。具合が悪くて座り込んだり、ベビーカーを持ち上げられずに途方に暮れているお母さんがそばにいたりしても、みんなスマホに夢中で気づかない。

からだはそこに集まっていても、その場の「リアル」を共有せずに、それぞれがバーチャルの「個」の空間に入り込んでいる時代は、子どもたちにとって無意識の領域に戸惑いを生み出しています。

子どもとスマホ

子どもは、お母さんがスマホに夢中になっているのが嫌いです。

どうしてでしょう。

かまってもらえないから?

いえ、きっとお母さんがお料理や洗濯や他の仕事で忙しくしているのであれば、きっと気にはならないはずです。お母さんがスマホに夢中になっていると不安になったり寂しくなったり、イライラしたりするのは、お母さんのからだは確かに同じ空間にあるのに、意識だけが「ここにいない」からです。

スマホによる幽体離脱? それとも生きた屍のママゾンビ?

おどろおどろしい言葉を並べてしまいましたが、子どもたちはそのくらい生命力を失った大人の気配を感じているのです。生命って、今ここに、息づくものですからね。成長の真っ只中にいる子どもたちは、周囲からの生命力をたくさん必要としています。だから、自然と親しむのが大事ですし、関わる大人がいきいきとしていることが、とても大事なのです。

保育士や幼稚園の教師が疲れ切っていたら、お世話をするだけのロボットと変わらない存在になってしまいます。私は自分が教師としていつも元気でいられるよう、しっかり食べて、自然とふれあい、心を穏やかにして、よく眠る、ということを大事にしています。自分の健やかさを保つことは、小さな子どものそばにいる大人にとって、責任のあることです。

そしてもう一つ、子どもの前でスマホを使わなければいけないことがあったとしても、子どもに話しかけられたら、すぐにスマホを置いて顔を上げ、「なあに?」とお子さんの目を見ることを忘れないでください

これだけで、子どもたちは言い知れぬ不安やイライラを持つ必要がなくなります。そして、大人自身もスマホ依存になってしまうのを避けることができるでしょう。

これは自分自身の「意志の力」を強める練習にもなります。

ダイエットも、新しく始めた勉強も、いつも三日坊主で続かないという方は、意志の力が弱まっているのかもしれません。そんな方は、「子どもに呼ばれたらスマホからすぐに目を離す」といった小さな習慣づくりに取り組むことで、自分のやりたいことを遂行できる「意志の力」を育むことができます。

子どもの健やかさを守ることは、結果としていつでも、大人自身の心と身体の健康も守ってくれるのです。

そして、子どもはそんな大人の姿をいつだって「真似っこ」しています。

スマホに吸い込まれずに、呼べばすぐに戻ってきてくれるお母さんやお父さんの「意志の力」を子どもたちは無意識に模倣して、子どもたち自身の意志の力も育まれるのです。「親の背中を見て子は育つ」の本当の意味はこういうことです。

 

seishun.jp

PROFILE
虹乃美稀子

1973年生まれ、仙台市出身。 「東仙台シュタイナー虹のこども園」園長。シュタイナー幼児教育者。 公立の保育士として保育所や児童相談所に勤務後、シュタイナー幼児教育者養成コースに学ぶ。南沢シュタイナー子ども園にて吉良創氏に師事。2008年に私塾として、「虹のこども園」を開園。また東京をはじめ、全国各地で子育て講座やワークショップなどを開催している。

 

いちばん大事な「子育て」の順番

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