「怒り」はあなたの心を蝕む。昇華させる技術が必要だ【佐藤優】

佐藤優さん

人間なら誰もが持っている「怒り」の感情。とかくイライラさせられることの多い昨今では、これをどうコントロールするかがよりよい人生を送るうえでの重要なポイントです。怒りとは何か、なぜ怒りの感情が湧いてくるのか? 「知の巨人」とも呼ばれる作家の佐藤優さんに聞きました。

よく怒る上司の本当の狙いとは

怒りは、実は仕事をするうえでの重要な道具です。昔の職場では、一人や二人必ず大きな声で怒鳴る上司がいました。

怒られるとその瞬間は凍りつくのですが、そうやってフリーズさせることが必要な場面がある。たとえば工事現場などで明らかに誤った操作をしていて危険な時には、怒鳴ってフリーズさせてその操作を止めさせる。そして体で覚えさせなければいけない。

極端な状況ですが、戦場などの生死を分ける場面では、間違った行動や危険な対応をする兵士に理路整然と説明している暇はありません。自衛隊の訓練などでも一歩間違えたら命に関わりますからね。部下がおかしなことをやっていたら怒鳴ってフリーズさせるわけです。

それ以外にも、上司が部下を戦略的に怒るケースがあります。たとえば部下が取引先とのやり取りでミスをしてしまった。何とか取引先に謝り穏便に済ませたい時にどうするか。

こういう時に直属の上司が出てきて、取引先に謝りながら、彼らの前で部下を怒鳴りつける。「なんてことをしでかしたんだ!」などといってボロクソに怒鳴る。すると取引先の人は「まぁまぁ、部長さん、そんなに怒らないで下さい」と、「悪気があったわけじゃないんだし」と何とか収めてくれる。

それを狙っての一種の芝居なのですが、怒鳴ることでその場が収まる場合もあるわけです。上司は一見部下を怒鳴って攻撃しているようですが、実は結果的に部下を守っている。こういうことって、よくあるのではないでしょうか。

ですから上司が怒っている場合、どの怒りなのかをまず冷静に判断しなければなりません。神がかり的な怒りなのか、あるいはフリーズさせるための怒りなのか、はたまた戦略的でお芝居的な怒りなのか──。

その分析もしないで、ただ怒っている上司は面倒だとか、嫌だとかと決めつけるのはあまりにも短絡的で幼い。まず怒っている相手をよく見て、どの種類の怒りなのかを判断することが肝要です。

とはいえ最近は職場で本気で怒る人は少なくなりましたね。一見穏やかでよさそうですが僕からしたら少し怖い。怒らない代わりにそういう部下には仕事を与えない、徹底的に無視する……。どうもそういう方向に行っているのではないかと思います。

自分の怒りの出所をはっきりさせる

自分の中にある感情的な怒り、ドッと湧き出してくる怒りを完全になくすことはまずできません。ただし、感情が湧き出ることは抑えられなくても、それを別な方に向ける回路を組み込むことはできます。

それには、「理性」がカギになります。たとえばなんだかイライラするとか、怒りが湧いてきたという時に、この感情がなぜ出てきたのか、どこから出てきたのかを客観的に分析するのです。できうる限り合理的に説明してみましょう。

たとえばこの怒りは嫉妬からくるものなのか、コンプレックスからくるのか、あるいは焦りからなのか。その出所がわかったら、なぜ嫉妬するのか、どうしてコンプレックスを持つのか、なぜ焦っているのかと続けて分析していく。

そのように論理的に感情の糸をほどいていくと、まずその作業自体で冷静になれます。なんならノートや紙に自分の感情を書き出し、箇条書きにしたり図にしたりして分析してみてもいい。すると、自分を見ているもう一人の自分がいることに気づくでしょう。

これを「メタ認知」というのですが、物事を引いた目線で俯瞰してみる。すると怒っている自分を、もう一人の自分が客観的に見ているという構図が生まれます。この構図ができると、怒りで我を忘れるという神がかり的な状態にはまず陥らずにすむでしょう。

さらにそうやって自分の感情を客観的に分析していくと、実は怒りそのものが自分自身の誤解や思い込み、間違った判断から生まれてきていることに気づきます。一方的に相手が悪いと思っていたのが、実は向こうにも向こうなりの論理があるとか、実は自分も同じような過ちをしているじゃないかとか、そういう気づきがある。

ここまでくれば、怒りの感情はすでに元のものとはかなり違ってきているはずです。感情とは、ある意味わがままで理不尽な力であり、それ自体を完全に消し去ることはできません。ただし理性の光を当てることによって、それを変質させることができる。まさに理性の勝利といえるでしょう。

怒りは溜めずに物語で昇華させてしまう

ただし、自分の感情の糸をほどいていくにはそれなりの知識や経験が必要です。一人の人間、特に普通の社会人に経験できることが限られているとすれば、僕がおすすめするのは書物、特に小説を読むことです。あるいは映画でもいい。

要はそれらを通して、さまざまな人生を代理経験する。自分が実際に体験しなくとも、本当によい小説や映画に触れることで疑似体験ができる。

いうまでもなく、選ぶのは人間の喜怒哀楽を描いた作品です。小説でも、名作であればあるほど登場人物の感情や葛藤があらわになっている。その中で、怒りもまたさまざまに描かれています。

本であれば建前論が多いハウツー本より、本格的なものがいい。心理学ならちゃんとした学者が書いた心理学書。古典的な名著などの方が本質的で結局役に立つと思います。

よい小説を読む、いい映画を見る。自分と似たような境遇の主人公や、想像もしていなかったような内面の世界を知ることで、心の中のモヤモヤが昇華されていきます。

芸術には昔からそのような作用があった。ニーチェは処女作『悲劇の誕生』という本で、「悲劇を観ることによって観客は自分たちの内面の不条理やそこから来る悲劇的な結末を昇華する。それがギリシャ悲劇の目的であり、ひいては芸術全体の目的でもある」というようなことを述べています。

日本の能もまた、そのような怒りや憎しみを昇華するというストーリーが多い。たいていは浮かばれない魂が幽霊になって出てきて、恨みつらみを述べた後、僧侶の念仏に助けられ、舞を踊りながら成仏していく。時には激しく、時には可憐に舞う姿を見ていると、自分の中の怒り狂った鬼の部分が溶け出して消えていくような感じを覚えます。

今の時代は確かにストレスが多いですが、昔は昔で不条理なことだらけだった。生まれたばかりの子どもも圧倒的に今より亡くなることが多かった。貧困や飢餓で肉親を失ったり、戦いで村々が焼かれ仲間が死んだり、封建的な社会の中で基本的な人権も認められず、不自由な生活を強いられていたわけです。

ですから、今以上に不満や怒り、どこにぶつけていいかわからない悲しみといった心の澱が庶民の中に溜まっていたはずです。そんな気持ちを昇華しカタルシスを得ることで心を柔らかくするのが芸能や芸術、文芸の役割でもあった。

ですから自分が怒りにとり憑かれた時、あるいはとり憑かれそうになったら、これらの素晴らしい先達の遺産に触れないでおく手はありません。もちろん古典だけでなく、先ほども触れたように、最近の若い人の作品にも、よいものがたくさんあります。

 

 
PROFILE
佐藤優

1960年東京都生まれ。85年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館勤務を経て、95年、同省国際情報局分析第一課主任分析官。2002年、背任及び偽計業務妨害容疑で逮捕。09年、背任及び偽計業務妨害の有罪確定で外務省を失職。13年、執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失う。捜査の内幕を描いた『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)が05年に出版されると大反響を呼ぶ。『自壊する帝国』(新潮社)で第38回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞

人に強くなる極意 (青春新書インテリジェンス)

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  • 作者:佐藤 優
  • 発売日: 2013/10/02
  • メディア: 新書