仕事上の小さな“侮り”ほど、後で大きな「落とし穴」になる【佐藤優】

佐藤優

順調に仕事をこなしているように見えても、ちょっとした油断が落とし穴となる―。マスコミから言われなきバッシングを受け、結果的に作家の道へと進むことになった佐藤優さんが、個人が油断せず組織で生き抜く方法、組織に足をすくわれないようにする方法を教えてくれました。

経理部はすべてお見通し

企画書やレポートなどの書類をつくる時、ネットで調べてその一文をコピー&ペーストするなんてことありませんか? けっこう日常的にやってしまうことかもしれませんが、厳密に言えばそれ自体が剽窃で、場合によっては著作権法違反などで問題になることだってあります。

そこまでではなくても、たとえばウィキペディアなんかで調べて、その情報をそのまま書類に転記してしまう。会議やプレゼン、印刷物などの公のものになって誤りが指摘され、「お前、これはどこで調べたんだ!」と上司に怒鳴られてからでは遅い。

情報が溢れ、便利になっている時代だからこその落とし穴。やはり電話で直接情報源に当たる、ちゃんとした出典に当たるなどして、裏をとるのを忘れないことが重要です。

ビジネスパーソンなら、仕事や会社の制度、仕組みを一通り覚える30代半ば過ぎくらいが最初の鬼門です。ここで「なんだ、仕事なんてちょろいものだ」と手を抜いたり、楽をしたりすることを覚えるとそこから伸びなくなる。

入社当初は仕事もソツなくできていた有望株が、30代半ばを過ぎてすっかり伸び悩んで目立たなくなってしまう場合は、この種の「侮り」による場合が多い。器用で要領のいい人物ほど陥りがちな落とし穴です。

一番危ないのは「会社なんてちょろい」と思ってしまう瞬間です。いまでこそ経理も厳しいのでそれほど見られなくなったかもしれませんが、ちょっとした小額の領収書のつけ替えは、皆さんも一度や二度は経験があるのではないでしょうか。

たとえば、得意先の誰かと親睦を深めるために飲む。建前上はプライベートで飲もうということになっているから、領収書を貰わず「いや僕のおごりで」と見栄を張る。ショットバーで2杯、計1600円。

1600円はちょっと痛い出費です。そこで、後日たまたまプライベートで寄ったカフェのレシートを仕事での打ち合わせにしたことにして、多少でも補てんする。 「本当はダメだけど、得意先との関係が深まれば会社の利益にもつながるわけだし……」。そんな理屈をつけて自分を納得させる。こんな経験があるかもしれません。

大切なのは、ここで「こんなのが通るのか。経理なんてちょろいもんだ」などと勘違いしないことです。会社の経理は毎日あらゆる領収書を見ていますから、前後の状況、書き方、字の癖などで直感的に「怪しい」とピンと来ます。その時通ったのは、騙されたのではなく会社の温情です。

それがわからず、次第に高額のつけ替えにエスカレートしていく。さすがにもはや見逃せないとなったら、経理としては動かぬ証拠を持っていますから、領収書の発行元に日付や金額を確認するでしょう。本気で追及されたらアウトです。

法律的に見ても、書き換えた段階で私文書偽造罪(刑法159条)、その領収書を経理に回したら偽造私文書等行使罪(同161条)、さらにそこでお金を受けとれば詐欺罪(同246条)になります。お灸を据えられるだけなら幸運です。会社をクビになったり刑事事件として訴追されることだってありえます。

自分の中の「侮り」に気づくには

こうしたことは自分の中の 「侮り」の気持ちが元になって起こります。これは人生の罠のようなもので、得意の絶頂の時、ツイている時、地位や権力を持った時──。そんな時に限って心の中にそっと忍び寄るものです。

怖いのは、自分の中の「侮り」の気持ちに、自分自身はなかなか気がつかないということ。たいてい何かトラブルやつまづきが起きてから、ようやく自分はあの時侮っていたなと気がつく。ですから「侮り」とは事後の概念なのです。

では、事前に自分の中にある「侮り」に気がつく方法はないのでしょうか? 「侮り」自体が事後の概念ですから、体験として学んだ時はすでに痛い目にあったあと。正直なところ難しいのですが、あるとすれば前述した代理経験を積むこと。つまり、侮って失敗した例を本で読むことが最もふさわしい対処法だといえます。

たとえば戦史物。あとは企業ノンフィクションのようなもの。いずれも一時の勝利に驕り高ぶって、手痛い敗戦や失敗を食らった実例です。企業であれば雪印乳業の話とか、潰れてしまった山一証券の話とかそれこそ枚挙にいとまがない。貴重な実例が人の歴史の中にはたくさんあるのですから、それに学ばない手はありません。

他にあるとすれば「人の忠告や批判をしっかりと聞くこと」ですが、もはやこれ自体が難題かもしれません。ならば、僕がおすすめするのは「内省ノート」です。人から忠告や批判を受けた時、その瞬間は感情的に腹も立つし、その言葉を受け入れることが難しいでしょう。ですが家に帰って一人になった時、ノートに相手の言葉を書き出してみる。書き出す行為自体で事態を客観的に、冷静にとらえる準備が整います。

なぜ相手がそのような言動をとったのか、自分なりに分析して書き出してみましょう。すると自分に対しての嫉妬からなのか、それとも誤解に基づいた発言なのか。そのいずれでもないとしたら、これはしっかり受け止める必要があります。

ある程度の年になると、人から注意されたり忠告されるということが少なくなります。あえてそれをしてくれる友人の場合は、嫉妬や誤解からというよりも、本当に自分に好意を持っていて、何とかしたいと考えるからこその言葉が多いはずです。

そのせっかくの好意に対して、たんに表面的に批判されたとか忠告されたとかいう感情的なレベルでの反応に留まっては、相手にも悪いし自分にとっても損ですよね。

「そうか、さっきは腹が立ったけど、もしかしたらあいつのいうことは当たっているかもしれないぞ」と少し考えてみる。「たしかに俺の中に慢心や驕りがあるとしたら……」などと冷静に自分を分析できれば上等です。

そして自分に侮りがあるとしたら、たとえばこういう部分かもしれないということを箇条書きにしてみる。ここまでできれば、もはや「侮る」ことはなくなるはずですし、これを習慣化することで、心の中の慢心に素早く気づけるかもしれません。

社内の“事情通”は意外に重要な人物

先ほど領収証の例を挙げましたが、それまでOKだった、あるいは暗黙のうちに認められていたことが、ある日あるきっかけを境にアウトになる。会社の組織においてはこういうことがままあるので、僕らはつねにその動きに注意を払わなければなりません。

よく指摘されるのは、会社内にやたらスローガンや注意書きが貼り出されるようになったら要注意だと。たとえば「コピーは裏紙を必ず使用!」「電気はこまめに消す!」なんて貼り紙、職場にありませんか? それまで貼っていなかったのに、ある日急に貼り出された、なんてことがあったら要注意です。

会社の経営状態や財務状況などによって、トップ自らが経理や庶務に対して強く方針を働きかける時があります。すると領収書でも勤務態度でも、いままでは認められたり大目に見られていたことが突然アウトになる。

超過勤務はダメとか、無駄を省くとか。コピーでも、カラーだとトナーがいくらかかるとかをうるさくいう。ゼムクリップは捨てずに使いまわすとかボールペンは使いきれとか、とにかく急に細かいことをいい出します。

要は社員一人ひとりにコスト意識を持たせ、それを徹底させるということ。そして会社が本気だということを見せるために、目立っている人物にターゲットを当てて注意勧告したり時には罰を与えたり、厳しい時にはリストラの対象になるということがあります。

経理や庶務、人事において、それまでの流れが変わる、潮目が変わる時がある。その瞬間が一番危険なので、日ごろから社内の動きにアンテナを張っておくことが大切です。

会社の中でも情報通とされるような人とコミュニケーションを頻繁にとる。経理や庶務の人たちとも日ごろから仲よくしておく。そうすれば「最近ちょっと気をつけた方がいいかもよ」と、そっとアドバイスしてくれるかもしれません。

 
PROFILE
佐藤優

1960年東京都生まれ。85年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館勤務を経て、95年、同省国際情報局分析第一課主任分析官。2002年、背任及び偽計業務妨害容疑で逮捕。09年、背任及び偽計業務妨害の有罪確定で外務省を失職。13年、執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失う。捜査の内幕を描いた『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)が05年に出版されると大反響を呼ぶ。『自壊する帝国』(新潮社)で第38回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞

人に強くなる極意 (青春新書インテリジェンス)

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  • 作者:佐藤 優
  • 発売日: 2013/10/02
  • メディア: 新書