切れたら元に戻りづらい「集中の糸」をつなぐ秘訣とは
前回の記事で「集中力」について解説しましたが、環境を整えていざ集中状態に入れたとしても、その集中はいつかは切れるものです。そしてひとたび集中が切れると、再び集中状態に戻るのがとても難しかったりします。
たとえば、仕事の資料づくりに没頭し、キリのいいところまで終わったので、いったん休憩することに。ところが、お茶を飲んだり人と話したりSNS をチェックしているうちに、作業に戻るのがだんだん億劫になってくる。
そろそろ作業を再開しなくちゃ。でも今日はけっこうがんばったから、もうちょっと休んでもいいか。
そんなせめぎ合いを何ターンか繰り返した末になんとか同じ作業を再開したときは、休憩に入ってから相当な時間が経過していた。しかも、いざ再開したものの、どうにもやる気が乗ってこない…これと似たような経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。
キリのいいところで作業をやめたら、せっかくの集中もそこでプツンと切れてしまう。これを解消するには、いったいどうすればいいでしょうか。
答えは、「作業をやめるときは、あえて“キリの悪いところ”でやめる」ことです。
もう一度想像してみてください。あなたは大切な仕事の企画書をつくっているとします。複雑でボリュームも多いので、集中して作業をしているにもかかわらず、なかなか終わりません。
そこであなたはいったん休憩することにする。しかも、1枚目の終わりや項目の終わりといったキリのいいところではなく、思い切って“文章の途中”でやめてしまうのです。
すると、休憩しているあいだもその文章のことが完全には頭から離れず、「次はどんなふうに展開していこうかな……」と頭の片隅で無意識に考えてしまう。まさにパソコンのスリープの状態に近いかもしれません。表面上は停止しているように見えつつも、バックグラウンドでは動いている状態です。
そして、いざ作業を再開すると、頭の片隅で気になっていただけに、ごく自然にまた作業に向かえるし、中断前の集中状態にもすんなり入れるというわけです。
このように、やり切ったことよりも達成できていないことのほうが、より強い印象として残るという現象を、「ツァイガルニク効果」と呼びます。そしてじつはこれ、集中力が高いといわれる人ほど実行している方法でもあります。
どうにもやる気が出ないときこそ「とにかくやり始める」
とはいえ、やはり人間ですから、集中する以前にやる気が起こらないこともあります。デスクに向かう気がどうにも起こらない。ペンやキーボードに触る気がどうしても起らない…実は、これも脳の特徴を考えると当たり前のことなのです。
脳はとても洗練された器官のようですが、その重量の割には燃費の悪い臓器で、働かせるにはかなりの酸素や栄養が必要です。とくに何か新しいことをするときには、相当なエネルギーが必要となります。
だから、脳としては余計なエネルギーがかからないように、なるべくいましていることを変えたくない。いましていることをできるだけ継続しようとするし、逆に新しいことをしようとする際には何らかのブレーキがかかるようになっているのです。
逆に一度始めてしまえば、続けようという力が働くのです。つまり、始めてしまえば、その後は苦もなくやり続けられるということ。要はやる気を起こさせるには、“とにかくやり始めること”が何より重要なのです!
そもそも、なぜやる気が起きないのか。それは、まだ始めていないためにそのタスクの“魅力”がイメージできていないことが大きな要因です。だから「面倒くさいこと」や「大変なこと」といったハードルばかりが頭に浮かんできてしまうのです。
これを解消するには、その作業が意外に楽しいということを、身体の“末梢”から教えてあげることです。末梢とは、文字をタイプするときの「指」や、ものごとを見る「目」、身体を動かすときの「筋肉」や「皮膚」などのこと。まずはそれらの末梢を無理やりにでも動かしてみて、そこから作業の楽しさを脳に伝えるのです。
たとえば、「文章をタイプするのって、やり出すとけっこう楽しいものだな」とか、「繰り返し練習をするのって、やればやるほどクセになるな」といった感覚です。誰でも経験があるのではないでしょうか。
たとえやる気が起きなくても、まずは無理にでも始めてみて、手や目などの末梢から脳に作業の楽しさを伝える。そしていざやり出せば、脳がそれを続けるように働きかけてくれる。
脳の構造上、「やる気は、やり始めてから出る」ようになっているのです!
いざ、やり始めてみてもどうしても気分が乗ってこない場合は、心からそのタスクがイヤだという可能性が高いので、誰か得意な人に任せてしまうか、あるいは思い切って仕事を変えることを検討するのも、長い目で見れば得策かもしれません。
「とにかく手を動かし始める」には、「◯◯をしたときは、××をしないと気持ちが悪い」というようにクセづけするのも効果的です。
たとえば「コーヒーを淹れたら、必ず企画書づくりを始める」とか、「◯◯の音楽をかけたときは、部下の書類をチェックする」などです。ぜひ、自分ならではの「開始のルール」をつくってうまくやる気を引き出してみましょう。
何をするにも億劫なときは、セロトニン不足を解消しよう
最後に、“食べ物”のことにも触れておきましょう。
特に理由がないのに、そこはかとなくやる気が出ないというのは、もしかしたら脳の神経伝達物質である「セロトニン」が不足しているのかもしれません。
セロトニンには精神のバランスを安定させる働きがあり、これが不足すると、“うつ”っぽくなることがあります。何かこれといった原因があるわけではないのに、気持ちがふさぎ気味で、何をするにも億劫……そんな状態です。
男女で比較すると、男性より女性のほうが脳内のセロトニン合成量が少ないことがわかっています。女性のほうが不安を感じやすかったり、うつ病になりやすいのも、セロトニンの合成量が少ないことが大きな一因だといわれています。
では、セロトニン不足を防ぐにはどうすればいいでしょう。そこで目を向けたいのが“食べ物”です。
セロトニンを合成する際の原料となるのが、アミノ酸の一種である「トリプトファン」です。そしてこのトリプトファンは“必須アミノ酸”と呼ばれ、体内では合成することができません。だから食べ物から摂る必要がある。つまり、セロトニンを合成するには、トリプトファンをきちんと食事で摂ることが必要になってきます。
そんなトリプトファンを多く含むのが、たとえばカツオやレバー、パスタ、チーズといった食べ物。トリプトファンはアミノ酸の一種だけに基本的にタンパク質に多く含まれます。ただ、タンパク質以外でも、落花生やごま、ホウレン草、豆もやしなどにも多く含まれています。
トリプトファンを摂ったほうがいいといっても、体重60キロの成人で120ミリグラム摂ればいいというレベルなので、それほど大量に摂取しなくてはいけないという話ではありません。ただし、不眠がちだったり、心配ごとがあってどうにもやる気が出ないときなら、標準量の10倍くらいは摂ってもいいと推奨する人もいます。
ちょっと気をつけたいのが、低タンパク質ダイエットや糖質制限ダイエットです。低タンパク質ダイエットをするとトリプトファンが不足しがちですし、トリプトファンをはじめとするアミノ酸が筋肉に取り込まれるには炭水化物が必要なので、炭水化物を摂らないと、いくらトリプトファンを摂取しても身体に吸収されません。
過度の食べ物制限は避け、できるだけバランスのよい食生活を心がけたいものです。
手っ取り早く「やる気スイッチ」を入れるには?
ただし、トリプトファンは確かに食べ物から摂り入れられますが、そこから実際にセロトニンが合成されるまではしばらく時間がかかってしまいます。
そこでセロトニンを手っ取り早く脳内に分泌させるのに有効なのが、“湯船につかること”です。なぜ、入浴でセロトニンが増えるのかはまだハッキリとはわかっていませんが、〝心地よいと感じること〟がセロトニンの分泌に必要なのではないかともいわれています。
食べ物の話に戻ると、“甘いもの”にもセロトニンを増やす効果が期待できます。一般的に男女で比べると女性のほうが甘いものが好きだといわれますが、これはそもそも女性はセロトニンの合成量が少ないために、つい甘いものを食べたくなってしまうのが一因です。
実際に疲れていたり気持ちが落ち込んでいるときに甘いものを食べると、ちょっとホッとした気分になりますよね。
ここぞというときは、甘いものをちょっと口に入れてリフレッシュする。これもやる気や集中のスイッチを入れる1つの手助けとなってくれるでしょう。
1975年生まれ。東京都出身。脳科学者、医学博士、認知科学者。東日本国際大学教授。東京大学工学部応用化学科卒業後、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所ニューロスピンに博士研究員として勤務後、帰国。現在、脳や心理学をテーマに研究や執筆を行っている。著書に『脳科学からみた「祈り」』(潮出版社)、『努力不要論』(フォレスト出版)、『サイコパス』(文藝春秋)、『キレる!』(小学館)など多数。テレビのコメンテーターなどで活躍中。