危機を事前に回避するには“問題設定する力”が重要だ【佐藤優】

佐藤優

人は誰でもイヤなことから目を背けたいものですが、それが積み重なるとやがて“大きな問題”として自分に跳ね返ってくることがあります。つまり、初期段階で問題にどう対処するかで、その後の結果は大きく変わってくるわけです。元外務省主任分析官で作家の佐藤優さんが、問題の設定方法と向き合い方について教えてくれました。

小さな火花も荒野を焼きつくす

たいした問題じゃないとタカをくくっていたら、意外に大きな問題に発展してしまう。そんな経験をした人、けっこう多いのではないでしょうか。

たとえば最初は軽いクレームだと思っていたら、初動を誤ったばかりに相手を激怒させてしまい、その結果、菓子折りを持って上司と謝りに行く羽目になってしまった……。

特に外交の世界では、問題が大きくなる前に察知して回避することが求められます。相手が普段とは違う動きをしていたり、言動に違和感を覚えたりしたら、敏感に反応しなければなりません。つまり、問題をしっかり問題として認識する力が求められます。

私がした最大の失敗は、鈴木宗男事件に絡む背任容疑で逮捕される1年前、ある雑誌に私と鈴木さんの関係を批判する記事が出たときの対応です。

「鈴木宗男議員とくっついて、ノンキャリアの佐藤優が北方領土交渉でおかしなことをしている」というような記事でしたが、事実無根で、私は抗議もしませんでした。どうせこんないいかげんな記事は埋もれていくだろうと……。

ところが翌年、この記事がベースになってバッシングが広まっていった。今となってみれば、しっかり編集部に抗議すべきでした。マスコミなどで公に発表されたものに対して黙っていると、承認したのと同じことになる場合があります。

面倒でも弁護士を立てて正式に内容証明を送り、自分の考えを明らかにしておく必要があったのです。

最初に毅然とした行動をとれば、その後それに便乗した記事はまず出なくなります。初期の対応を誤ったばかりに、思いがけない事態に発展していってしまった例です。

毛沢東の言葉に「小さな火花も荒野を焼きつくす」というものがあります。小さな火花が大火災につながる。火が小さいうちなら消し止められても、ある程度広がってしまったらどうすることもできません。今後もしそういうことがあれば、面倒がらず抗議することにしています。

何を「問題」として設定するか

「これは問題だ」と認識するのに、みなさんはどんな基準を持っているでしょうか。実はこれ、非常に哲学的な命題でもあります。

たとえば、私たちは虹の色を7色として認識していますが、文化圏によっては3色だったり4色だったりします。また、イヌイットの言葉には「雪」という言葉がありません。「みぞれ雪」とか「粉雪」のような、細かく分節化された表現はあるものの、それらをまとめた「雪」という言葉はない。

ロシア語には「マルスカヤ・カプスタ」という言葉があります。マルスカヤは「海の」、カプスタというのは「キャベツ」。直訳すると「海のキャベツ」ですが、実はこれ、海藻すべてを表す言葉です。ワカメも昆布もヒジキも、すべて「マルスカヤ・カプスタ」。

つまり文化や環境によって人の関心が異なり、そこから認識の強弱が生まれる。何を問題として捉えるかは認識の問題ですから、文化の違いや生きてきた環境で、問題をどう認識するかということに差が出ます。

ですから自分がどんな認識の基準を持っているか、それが世の中や社会とどれだけ近いのか、あるいは離れているのかを客観的に知っておかなければなりません。

ただし、自分の中で客観性を保つことは難しい。時代の流れも価値観の変化も加速度的に速くなってきているため、年代による価値観のギャップも大きくなってきています。

たとえばオフィスで帰りがけの女子社員に「今日はやけに早いね。もしかしてデート?」とか、「最近きれいになったね? 彼氏ができたのかな?」なんて発言は、今の職場ではご法度。こういう言葉を問題発言として認識できるかどうか。

そういう中で問題を問題として認識するには、それなりの意識と訓練が必要です。パワハラやセクハラのように、本人は問題と意識していないのに、実は時代や社会は問題だと捉えていることがある。それに対応するには、常に意識の中で自分の感覚と社会の常識がズレていないか確認する必要があります。

イヤな問題こそ直視する

そうでなくても、人間は「問題」を直視したがらない生き物です。問題を見なければ怖くはない。本来敏捷なはずの猫が道路で車に轢かれるのは、恐怖のために目をつぶってしまうからだと言われます。しっかり目を開けて対応すれば十分回避できるはずのことも、見ないことで致命的な事態になるわけです。

こういうことは私たちの日常にもたくさんあります。健康診断に行かなかったり、痛くてどうしようもなくなるまで虫歯を放っておいたり、あるいは月末に来るクレジットカードの請求書を封も切らずそのままにしていたり……。目をそむけてしまっていること、思い当たりませんか?

健康診断などは、悪い結果を見るのがとにかくイヤだと先延ばしにする人がたくさんいます。しかし、本来なら早期発見で対処できたものが、先延ばしにしたことで気づいたときはもはや手遅れ、なんてことも起きる。

年金の問題はこれからイヤでも直面しなければなりません。今の若者は年金だけではとうてい老後を暮らせない。老後に必要な金額を計算して民間の年金保険に入るか、海外のファンドで高利回りを狙うか―。

介護だって大変な問題です。親の介護はもちろん、自分の介護が必要になることも考えておくべきでしょう。有料介護施設のパンフレットなどに目を通しておき、入所金やその他の費用がどれくらいかかるか、ざっくりとでいいので頭に入れておくことも必要です。

「最悪のシナリオ」を書き出してみる

少なくとも私たち自身は、問題や危機に対して少しでも正面から向き合えるよう、日ごろから備えておくべきです。それには、起こりうる問題を一度ノートに書き出してみることをおすすめします。

たとえば健康の問題です。家族の誰かが倒れて入院したらどうなるか。保険や手当はどうなっているか。両親が倒れたり最悪亡くなったときどうするか。あるいは会社が倒産したり、解雇されたらどうなるか。

なんだか暗くなりそうですが、あくまでシミュレーションとして淡々と紙に書き出すのです。問題が明確になれば、どうするべきか、何が必要かが自然と見えてきます。可視化するだけで、ずいぶん問題に対する気持ちや向き合い方が変わるはずです。

そして、いざ問題が起きたときもノートに書き出します。その問題がどういうものなのかを見極め、今後どうなる可能性があるか、いくつかのストーリーでシミュレーションします。大切なのは自分が考えられる最悪のシナリオ、つまり悲観論で考えることです。

実はこのことこそが危機管理です。考えうる最悪の事態を想定し、それに対するイメージを膨らませて対応策を考える。危機管理の本質というのは、問題から目をそらさず、それを問題として認識することにあります。

問題は三つのカテゴリーに分ける

問題に向き合う際に大切なのは、問題自体を大きく三つに仕分けること。それは、「1.解決可能か 2.解決不可能か 3.解決できなくても緩和することは可能か」という3つ。それによって対処の仕方が決まってきます。

ちょっと深刻な話になりますが、たとえばガンだと宣告されたとします。そこで落ち込んで判断停止してしまうのが一番よくないパターンです。ガンとはいえ、今の医学からすれば早期発見なら十分に対処が可能。ガンでも解決可能な場合が十分あるのです。

ある程度進行していても、手術でどれくらい治る可能性があるのか、あるいは化学療法でなんとか治療ができないか調べる。それぞれの状況で選択は変わってきます。

残念ながら解決不可能、もはや末期だったらどうするか? せめて痛みだけでも緩和すべく疼痛ケアをするか、できるだけ多くの親しい人に会うか、延命治療で少しでも時間を稼いで遺言をしっかり書いておくか──。結局、死の問題とどう向き合うかということは避けて通れません。

普段から少しずつそれを意識して生きるか、あるいはまったく準備せず、ある日突然襲ってくる問題の前でパニックになるか。死は選択の余地がなくても、生き方の選択はできます。死を考えることは生を考えることそのものです。

何か問題が起きたとき、しかもそれが深刻な問題であればあるほど、その問題を先の三つのカテゴリーに分ける。解決不可能なのに時間を浪費して心身をすり減らしたり、解決可能なのに「もうダメだ」と判断停止したりする愚は避けなければなりません。

いざというときこそ感情的になるのではなく、冷徹に問題を見極める力が必要です。直面している問題は、はたして解決可能なのか不可能なのか。あるいは完全解決は難しいにしても、何かしらの緩和が期待できる問題なのか。いずれかを判断します。

それだけで、その後の対応が的確になるはずです。

 

 

 

PROFILE
佐藤優

1960年東京都生まれ。85年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館勤務を経て、95年、同省国際情報局分析第一課主任分析官。2002年、背任及び偽計業務妨害容疑で逮捕。09年、背任及び偽計業務妨害の有罪確定で外務省を失職。13年、執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失う。捜査の内幕を描いた『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)が05年に出版されると大反響を呼ぶ。『自壊する帝国』(新潮社)で第38回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞

「ズルさ」のすすめ

「ズルさ」のすすめ

  • 作者:佐藤 優
  • 発売日: 2017/09/01
  • メディア: Kindle版