努力は必ずしも報われない。不条理を受け入れる力を持とう【佐藤優】

佐藤優

上に行くほどイスが少なくなっていく社会や会社の仕組みから考えると、私たちのほとんどは、いつかは敗者となって競争から降りることになります。そうなったとき、私たちは自分をどう納得させて別の道を歩んでいくべきなのでしょうか。理不尽と戦って外務省を去り、その後は作家として地位を確立している佐藤優さんにアドバイスしてもらいました。

集団があるところに競争はある

職場で同僚などが自分より早く昇進したとき、誰だって先を越されたように感じて焦ります。人間はどうしても自分と他人を比較してしまう動物で、人が集まれば競争心理が働く。

それを喝破して経済・社会の原理の中で解読したのがマルクスです。彼は『資本論』で「たいていの生産的労働では、単なる社会的接触が競争心や活力(アニマル・スピリッツ)の独特な刺激を生み出して、それらが各人の個別的作業能力を高める……」と述べています。

アニマル・スピリッツという表現からは、人も動物と一緒だということがわかります。人が集まると競争心が触発され、その結果として能率が上がる。たとえば一人12時間働くとして、12人が一つに集まって仕事をした場合と、それぞれ別々に12時間ずつ、計144時間労働した場合では、生産性は前者の方がはるかに高くなります。

たとえばアルバイトなどで食品の袋詰めなどをみんなで一斉にやるとき、一人作業が速い人がいると、みんなそれに負けじと手早く作業しようとする。そして、いつの間にかみんな競争に参加している。資本家側はこういう人間の心理、集団心理を巧みに利用しながら生産性を上げようとするわけです。

最近はテレワークという勤務形態も増えてきましたが、競争心をあおるという点では弱い。人間が動物であり集団をつくる生き物である以上、競争心はなくなりません。競争心があるからこそ、企業全体のパフォーマンスも上がるわけです。

そしてその競争心や功名心、他人と比べる気持ちが自分自身の成長を促したり、経済や社会を発展させる原動力にもなっていると考えます。

「ズルさ」のすすめ

資本主義を採用する今の世の中では、気がつくと人はいろいろな競争やゲームに参加させられています。他人と自分を比べて、少しでも上に行きたい。それが人間の本性でもあればなおさらです。

そこでがんばることも大切ですが、あえて競争から離れるという決断が必要なときもあります。誰もが役員や事務次官になれるわけではない。どこかで見切りをつけるべきときが、必ず訪れるのです。

今のビジネス社会で、まともに競争して勝ち残るのはほんの一握り。組織の頂点を目指すのであれば、勝つ人間は最終的に一人しかいません。

もちろん、それがモチベーションの最大のものであり続けるなら、その選択も自由です。しかし冷静に考えると、競争から降りてまったく違った価値観と人生の目標を定めた方が、より有意義に人生を送ることができることもあるはずです。

一番よくないのは、出世競争に敗れたからと自暴自棄になって会社を辞めること。特にあなたが正社員なら、今の労働環境ではそれだけでとても有利です。いい意味の「ズルさ」が必要になってきます。

たとえ出世のラインから外れても、そこそこの立場で仕事ができるなら60歳までは居続けましょう。そして同時に、会社の価値観とは別のライフプランを明確に築く。違うコミュニティの活動をしたり、趣味を生かしてそれを副業にしたりする。将来の独立を目指すなら、計画的に勉強したり資格をとったりしてスキルを磨くことも必要です。

その際に大事なのは、最低限の人間的な尊厳を保てる範囲でということ。会社に居続けるといっても、自分よりずっと年下の社員に「○○さんコピーとって」なんてぞんざいに扱われ、それでも歯を食いしばって我慢するなどというのは精神衛生上よくありません。

ラインから外れたとはいっても、その道で何十年も仕事をしてきた経験とスキルで、やっぱり周囲から一目置かれるような存在でありたい。仕事もできて人間的にも信頼されている。主流から外れていても魅力的な人物として人望も厚い。

そんなトップを目指さない働き方こそが、大多数の私たちが目指す理想像なのかもしれません。

世の不条理を黙って受け入れる

そもそも、身をすり減らしてでも競争の中でがんばる背景には、どこかに「がんばれば報われる」「努力は必ず実を結ぶ」という思い込みがある気がします。その考えの中には精神主義的な欺瞞がある。

宗教的なエピソードに触れると、実はこれとは逆のことが多いと思い知らされます。

たとえば有名なカインとアベルの話。あるとき二人は神ヤーヴェに捧げものをします。農耕で生計を立てているカインは収穫物を、羊を放牧して生計を立てているアベルは羊の初子を。ところが神ヤーヴェは苦労して収穫したカインの収穫物には目もくれず、アベルの羊の肉を喜びます。嫉妬に駆られたカインはアベルを誘い出し、殺害してしまいます。

カインは一生懸命作物を育て収穫したにもかかわらず、神に無視されてしまう。その不条理から殺人という罪を犯してしまいますが、神自体が不公平で、努力をしても必ずしも報われないことが暗示されています。

同じ旧約聖書の「ヨブ記」にも、信仰心の篤い人物が不条理な仕打ちにあう話があります。ウツという地にヨブという人物がいました。神ヤーヴェを信仰してまじめに働き、7人の息子と3人の娘、そして土地と財産に恵まれました。

あるときサタンが非の打ちどころのないヨブに嫉妬して、「信仰心が篤いのは子宝や財産に恵まれているからだ。それらを奪ったらきっと信仰心を捨て、神を呪うに違いない」と神をけしかけます。

こともあろうに神はサタンの挑発に乗ります。「お前たちの好きなようにやってみろ。ただしヨブの命だけは奪ってはならない」と。サタンは嬉々としてヨブの持っていた土地を奪い、家畜を全滅させ、しかも10人の子どもすべてを殺してしまいます。悲嘆にくれるヨブ、ところが神を呪うと思われた彼の口から出たのは次の言葉でした。

「我は裸で母の胎より生まれた。また裸でかしこに帰ろう。主が与え主が奪われたのだ。主の御名は誉ほむべきかな」

裸で生まれたのだから裸で死んでいくのが当たり前。命も財産も主が与え主が奪うのだというのですね。神の悪口を言うどころか神を賛辞したわけです。

しかし、そこはサタンだけあってすぐには引き下がりません。「きっと悪い病気になれば神を呪うはずだ」と、またも神をけしかけて今度は悪性の皮膚病を全身に患わせます。当時皮膚病は最も忌み嫌われており、社会的に排除されることを意味していました。

度重なる不幸にもかかわらず、ヨブから出た言葉は最初のものとまったく同じもの。完全にサタンの敗北が決定しますが、これで終わりません。ヨブの3人の親友が訪ねてきて、これだけの厄災にあうのはきっとお前の信仰心が足りないせいだというのです。財産をなしたときに多くの人から搾取したのではないか。自分の罪を認めて懺悔するべきだと、口を極めて責め立てます。

人生最大のピンチのときに、親友たちに助けてもらえるどころか非難されてしまう。信じていた人たちに裏切られ、突き放されるわけですから、ある意味、これは悪魔の仕打ちよりひどい。それでもヨブの神への信仰は揺るがず、結局は神が顕現してヨブは助かり、財産も元の2倍になり、長寿をまっとうします。

この話のポイントは神が因果応報を否定していること。どんなに信心が篤く非の打ちどころのない人物でも、災難にあうことがある。神の意思は人間が考える因果律を超えたところにあるわけです。

大切なのは「いかに負けるか」

宗教的な話を知るほどに、世の中は不条理なものだと思い知らされます。そうでなくても自然と対峙して生きている人たち、たとえば農家の人たちなどは日々その不条理と向かい合っています。

苦労して稲を育て、いざ刈り入れというときに台風がきてすべての苦労が水の泡になってしまう。大きな実がなったと思ったら、大量に虫が発生してみんな食べられてしまう―。

どんなに努力をしたからといって必ずしも報われるわけではないことを、経験で感じているはずです。

自然もまた人知を超えたものをもたらしますが、だからといって努力をしなくていいということではありません。「人事を尽くして天命を待つ」というように、やれるだけはやるが、あとはもう神のみぞ知るということです。

人間の努力や思いなどを超えた現実がある。そういう超越的な力や存在に触れると、人間同士が競争に明け暮れたり、ちょっとした差に嫉妬したりすることがいかに虚しいものか、本能的に感じられるのではないでしょうか。

結局、人生にとって大切なのは、「いかに負けるか」ということなのかもしれません。自分を見失わないように、上手く負けることができるか。

相手に勝とうとするのがアニマル・スピリッツなら、負けることから新たな自分だけの人生のテーマをつくりだす力こそ、ヒューマン・スピリッツだと言えるでしょう。

 

 

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PROFILE
佐藤優

1960年東京都生まれ。85年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館勤務を経て、95年、同省国際情報局分析第一課主任分析官。2002年、背任及び偽計業務妨害容疑で逮捕。09年、背任及び偽計業務妨害の有罪確定で外務省を失職。13年、執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失う。捜査の内幕を描いた『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)が05年に出版されると大反響を呼ぶ。『自壊する帝国』(新潮社)で第38回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞

「ズルさ」のすすめ

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