椎貝クリニック院長
「慢性腎臓病は不摂生が原因」の誤解
みなさんは「慢性腎臓病」という病気に対し、どのようなイメージを持っているでしょうか。世間では、「不規則な生活」や「食事の不摂生」などに原因があると思っている人が多いようです。
ある患者さんは、30代で「慢性糸球体腎炎」と診断されましたが、周りの人たちから「仕事が忙しくて暴飲暴食をしていたからではないか」「不摂生な生活習慣を改めないといけない」などと言われたそうです。
しかし、これはまったくの筋違い。腎臓病の原因は、食事や生活の不摂生とはほとんど関係ありません。決して「いいかげんな食事や生活を続けてきたからなる」というものではないのです。
強いて言えば、糖尿病性腎臓病の人の中には、「若い頃から乱れた食事や生活をしてきたために2型糖尿病になってしまい、そのせいで腎臓病も患うようになってしまった」という人もいるかもしれません。
ただ、そういうパターンの人はごく一部の人に限られます。おそらく、慢性腎臓病患者全体から見れば、「いいかげんな食事や不規則な生活をしてきたために腎臓病になった」などという人は、ほんの数パーセント程度にすぎないのではないでしょうか。
では、いったい何が原因なのか。残念ながら、慢性腎臓病が起こる原因はいまだに不明なのです。いろいろな仮説があり、世界中の多くの研究者が追究しています。そのために膨大な研究費が使われています。しかし、慢性腎臓病は減るどころか、世界中どこの国でも増え続けています。
若くて健康なスポーツマンタイプの人でもなりますし、日々健康的な食事と生活を続けてきたような人でもなります。みんな健康診断などである日突然、尿たんぱくが出ているのを指摘され、その量が増えて「eGFR(推算糸球体ろ過量)」が低下してくると慢性腎臓病と診断されるようになっていくわけです。
私も長年にわたって数えきれないほどの慢性腎臓病の患者さんとおつき合いしてきましたが、「なぜ、その方が病気になったのか」は、まったくわかりません。原因がわからない以上、いまのところ「病気になったのは、たまたま運が悪かったから」とでも考えておくしかないのです。
「たんぱく質制限はがんばるほどいい」の誤解
慢性腎臓病には「進行するタイプ(進行性の強いタイプ)」と「進行しないタイプ(進行性の弱いタイプ)」があり、全体の8割が「進行しないタイプ」です。
「進行しないタイプ」の人は、たんぱく質制限をする必要はありません。肉でも魚でも卵でも、普通に食べて問題なし。普通に食べていても腎機能が悪化することはありません。
一方、「進行するタイプ」の人は、ある程度たんぱく質制限をする必要があります。どれくらいの摂取量が適当なのかは世界の医療機関でも意見が分かれているのですが、私は、「進行するタイプ」の人に対しては、1日のたんぱく質摂取を「標準体重㎏当たり0・8g未満」に制限することを勧めています。
もっともこれは、「少なければ少ないほどいい」というわけではありません。むしろ、あまりにたんぱく質制限をがんばりすぎると、逆にリスクを高めてしまうこともあるので注意してください。
「たんぱく質制限のやりすぎで高まるリスク」とはいったい何なのか。それは体の筋肉量が落ちてしまうリスクです。人体のほとんどがたんぱく質からできていることからもわかるように、たんぱく質は人間にとって欠かせない栄養素。この重要な栄養素が不足すると、人の体は筋肉内のたんぱく質を分解して不足分を補おうとするしくみになっています。
つまり、あまりにたんぱく質制限をがんばりすぎて体内のたんぱく質が欠乏すると、このしくみが働いてどんどん筋肉がやせ細ってしまうようになるのです。
とりわけリスクが高いのは70代以上の高齢の方々。高齢になると、食欲がなくなり、体を動かさなくなるため、筋肉量がじわじわと減ってきます。そういうところへ、行きすぎたたんぱく質制限をすると、筋肉量をガクンと減らしてしまうことにつながりかねないわけです。
なかには、歩行が困難になるくらいに筋肉を落としてしまう人もめずらしくありません。
このように日常生活に困るほどの筋肉減少は「サルコペニア」と呼ばれていて、何も手を打たないまま進行させてしまうと「寝たきり」につながっていってしまうことになるのです。過剰なたんぱく質制限は、とくに高齢者では寝たきりのリスクを増大させることにつながりかねないわけです。
日本人の国民性は「まじめに一生懸命がんばる」です。何事においてもそうだと思いますが、「これをやるといい」と勧められると、がんばりにがんばって、ついやりすぎてしまう人が少なくありません。食事制限に関しても、やりすぎてしまう人が多いのです。
「がんばればがんばるほどいい」というわけではありません。進行タイプの方々の1日のたんぱく質摂取量の目標は、標準体重当たり0・8g未満であり、落とすのは、せいぜい0・6gまでが限度。それ以上、度を越えてがんばってしまうと、思わぬ落とし穴が待ち構えているということをしっかり心に刻んでおくようにしてください。
「漬物や味噌汁は食べられない」の誤解
慢性腎臓病の患者さんに対し、私のクリニックでは、1日の塩分摂取は「7g未満」にすることを推奨しています。「塩分7g未満」は腎臓病の進行を抑えるというエビデンスがあるので、「進行するタイプ」の人はこのレベルの制限がぜひ必要です。
ただし、これに関しては「進行するタイプ」の方だけではなく、「進行しないタイプ」の方にもなるべく守るようにとアドバイスしています。
なぜ、「進行しないタイプ」も塩分制限をしたほうがいいのか。その理由は、日本人はもともと塩分の摂りすぎの原因で、野放図に摂りすぎの状態を続けていると、腎臓病以外の病気のリスクを高めることも想定されるからです。
塩分摂取が多すぎると、「脳卒中になりやすい」「血圧が下がりにくい」「胃がんになりやすい」など、少なくとも3つのリスクがあります。
それに、「進行しないタイプの慢性腎臓病」の方々も、これ以上進行しないというだけであって、「健常な人よりも腎臓のろ過機能が落ちている」のは事実で、腎機能が正常な人より脳卒中や心筋梗塞にかかりやすいのです。
もっとも、「進行しないタイプ」の方に関しては、必要な食事の注意はほとんど「塩分制限だけ」のようなもの。この点だけ気をつけていれば、あとは好きなものを食べて、普通の人と変わらない食生活を送っていけるのです。
では、1日7g未満にするために、どのような工夫をして塩分を控えていけばいいのでしょうか。
まず、みなさんに心得ておいてほしいのは、「〇〇は塩分が多いから、絶対に摂らない」と決めつけないことです。慢性腎臓病の患者さんには「味噌汁は塩分が多いから絶対に飲まない」「漬物は塩分が多いから絶対に食べない」といったように、特定のメニューを食卓から排除してしまう人が少なくありません。しかし、こういう姿勢はやめたほうがいいと思います。
なぜなら、人が健康を維持していくには、味噌や漬物も必要なものだから。とりわけ、この両者は「発酵食品」であり、発酵食品が私たちに多くの健康効果をもたらすことは多くの研究で証明されてきています。そんな有用な食品を「塩分が高いから」といって、「あれもダメ」「これもダメ」と排除する必要はまったくないのです。
私は、味噌汁や漬物をやめるよりも、「おいしく減塩するための工夫をする」ことをおすすめしています。たとえば、汁ものはだしを濃くとると、塩分の使用量を少なくできます。
だしは昆布、花カツオなどでとります。昆布だけちょっと良いものを選んでください。漬物の場合、塩の代わりに酢やレモン、香辛料などを用いて塩分量を減らしていくのもおすすめ。塩分の高い漬物も、酢漬けにしたりピクルス風にしたりして工夫すれば、(同じ発酵食品でありながら)塩分をかなり減らすことができます。
塩分制限に関しては、「あれもダメ」「これもダメ」という後ろ向きの考え方でやるのではなく、このようにさまざまな減塩の工夫を凝らしながら、「あれも食べられる」「これも食べられる」という前向きの考え方で実践するように方向転換していくといいのです。
「水をたくさん飲まなきゃダメ」の誤解
「腎臓が悪いなら、水を多めに飲まなきゃ」と主治医に言われたことがあるのではないでしょうか。しかし、「腎臓病なら水を飲め」という対策には、医学的根拠はまったく存在していません。
それに、水を飲んで腎機能がよくなることもありません。どうも、「水をたくさん飲むと血液が薄まる→血液サラサラになって腎臓の負担が軽くなる」といったイメージで信じ込んでしまう人が多いようなのですが、水を飲むことで腎臓の負担が軽くなることはありません。
そもそも、腎臓が1日に排泄する老廃物の量は、たんぱく質などを食べた量で決まります。水を多く摂れば多少尿量が増えはしますが、それは入った分の水を排泄するためであり、基本的に腎臓が排泄する老廃物の量は変わりません。
そのため、普段からたくさん水を摂りすぎていると、逆に、行き場を失ってあふれた水分が体内に滞ってしまうようになります。そして、これによって発生するのが「水貯留」、すなわち、むくみです。
慢性腎臓病の人には水貯留を起こしてしまう人がたいへん多いのですが、これは水分の排泄能力が落ちているのに加え、「腎臓病なら水を飲め」という〝間違った常識〟を鵜呑みにしてしまったことがかなり影響しているようです。
おそらく、みなさんの中にもむくみを気にしている方が少なくないと思いますが、そういう方は日々の水分摂取量を一度見直してみることをおすすめします。
また、高齢になると、心臓の弁が動脈硬化を起こし、ポンプ作用がうまく働かず、うっ血性心不全になりやすくなっている人が多く、このような人の水負荷はとても危険です。1日の水分摂取量の目安は、およそ700〜1200㎖。これは成人なら誰しもだいたいこれくらいは摂っているごく一般的な量です。
慢性腎臓病の人にとって、「水の飲みすぎはNG」なのですが、これは「水を飲まなくてもいい」ということではありません。私たちの健康維持のため、適量の水分摂取はとても重要なこと。
とくに、夏場の暑い季節は小まめな水分摂取を心がけることが血中尿素の上昇を防ぐためにも熱中症を防ぐためにも大切です。「飲まなくても平気」と水分摂取を怠って、「脱水による腎機能低下」や「熱中症」を引き起こしてしまったらたいへんです。
つまり、「飲まなくてもいい」ではなく、あくまで、「飲みすぎ」をやめて「ちゃんと適量を飲むようにしなさい」ということ。その点をくれぐれもはき違えないようにしてください。
1938年東京都生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業。医学博士。
ドイツ・ミュンヘン大学医学部生理学研究所留学、東京医科歯科大学第二内科講師、JAとりで総合医療センター院長を経て、現在、椎貝クリニック院長。腎臓病専門医。日本腎臓学会名誉会員。2013年、瑞宝小綬章受章。50年以上前から透析ありきの日本の腎臓病治療に疑問を持ち、腎臓病の進行を抑える「CKD(慢性腎臓病)保存療法」を開発。ステージ5(末期腎不全)でも透析回避する人が続出している驚異の治療成績から、椎貝クリニックは「透析を避けたい患者の駆け込み寺」として知られる。著書に、『腎臓病の話』(岩波新書)、『腎臓の透析は、私が止めてみせる!』(たちばな出版)などがある。
椎貝クリニック
http://www.shiigai-clinic.jp/