医学博士
下半身の冷えは「病気」と「老化」のサイン
「老化は足(脚)から」とよくいわれる。膝や腰の痛み、足(脚)のむくみやこむら返り、しびれ、歩く速度が遅くなる……等々、50歳を過ぎたあたりから下半身の症状で悩む人が増えてくる。それは、年齢とともに下半身(腰、尻、太もも、
こうした下半身の症状が出てくるのと並行して、またはその前に、「脚が冷える」と訴える人が少なくない。人間の体重の約40%が筋肉で、その筋肉の70%は腰から下の下半身にある。しかも、筋肉は人体の最大の産熱器官であり、体温の30%近くを下半身でつくっている。
よって、年齢とともに下半身の筋肉量が少なくなってくると、下半身が冷たくなるわけだ。
1℃体温が低下すると、約30%免疫力が落ちるとされており、その結果、ガン(ガン細胞は35.0℃で最も増殖、39.6℃以上で死滅するとされている)、風邪、肺炎、リウマチなどの自己免疫疾患、うつ病、統合失調症など、漢方医学でいう「冷え」の病気にもかかりやすくなる。
体温の低下は、体内での血糖や脂肪、コレステロールなどの栄養物や、尿酸などの老廃物の燃焼、排泄を妨げるので、高血糖(糖尿病)、高脂血症(脂質異常症)、高尿酸血症(痛風)などを
よって、病気・老化を防ぐためには、日頃からウォーキング他の運動で足腰の筋肉を動かし、下肢や腰の弱りや冷えに効果のある根菜類(ゴボウ、人参、山芋など)を積極的に食べて、下肢・腰を温め、老化と病気を防いでいく必要がある。
1つでも当てはまったら要注意! 「ロコモチェック」
日本整形外科学会が2007年に提唱した「ロコモ」という概念をご存じだろうか。
〝locomotive syndrome〟(ロコモティブシンドローム。locomotive=運動の、移動の、syndrome=症候群)の略語で、「加齢に伴う筋力の低下や、関節や
日本整形外科学会が定めた「ロコモチェック」(略してロコチェック)の項目は次の7つで、1つでもあると「ロコモ」と診断される。
(1)片脚立ちでくつ下がはけない
脚力やバランス能力の低下(足腰の衰え)を表している。
(2)家の中で、つまずいたり滑ったりする
段差のない家の中でのつまずきは「足腰の衰え」を表している。
(3)階段を昇るのに、手すりが必要である
足腰の筋力の衰えのため、腕の力が必要となる。
(4)横断歩道を青信号で渡りきれない
青信号の点灯時間は歩行速度を秒速1mで設定されている。その時間で渡りきれないのは「歩行速度が遅い」=「足腰の衰え」を表している。
(5)15分くらい続けて歩けない
足腰の衰えのほか、心臓、肺の機能の低下を表している。
(6)2㎏程度の買い物が困難
肩、腕をはじめ上半身の筋力の低下を表している。
(7)家の中のやや重い仕事(掃除機の使用、布団の上げ下ろしなど)が困難
前かがみが必要な仕事がつらい人は足腰および上半身の筋力の低下を表している。
筋肉から分泌される、夢の「若返りホルモン」とは
筋肉、とくに脚(腰・尻)の筋肉が弱ると、スムーズな歩行ができなくなったり、膝や腰の痛みも生じやすく、運悪く、転倒、骨折(とくに大腿骨頸部)でもすると、寝たきりになり要介護生活が始まる……ということは想像に難くない。つまり「ロコモ」に陥ると、こうした状態を余儀なくされるリスクが高くなる。
さらに、近年、筋肉細胞よりマイオカインというホルモンが分泌され、種々の病気の予防や改善に役立っていることが明らかにされた。
〝myokine〟(myo=筋肉、kine=作動物質)は2005年にデンマークのコペンハーゲン大学のペデルセン博士が発見した「筋肉から分泌されるホルモン」で、夢の「若返りホルモン」とも呼ばれている。
現在、約50種のマイオカインホルモンが見つかっているが、主なものを列挙すると、
・IL‐6……糖尿病や肥満を防ぐ
・アディポネクチン……糖尿病や動脈硬化、高血圧、うつ病、ストレスに効果
・SPARC……大腸ガンを抑制する
・FGF‐21……脂肪肝を防ぐ
・アイリシン……認知機能を改善する
・IGF‐1……アルツハイマー病の原因物質を減らす
などである。
マイオカインは特に下半身の筋肉から分泌されること、分泌期間は4ヶ月くらい……等々が明らかにされている。
よって、種々の病気の予防や改善には、足腰など下半身の筋肉を主に鍛えること、それを継続的に続けることが大切であることがわかる。
「歩くスピード」が病気や死亡率のリスクを左右する
ロコモチェックの(4)に「歩くスピード」がロコモかどうかの判断基準の一つになっているが、「歩くスピード」は脚(腰・尻)の筋力・筋量に関係しているので、病気や死亡のリスクを端的に予見する指標にもなりうるのである。
平均的な歩行速度は、1秒=1.3m(1分=約80m)で1時間に4.8㎞である。
「それより遅いと、転倒する確率が4倍になり、逆に1秒間で2m歩ける人は転倒確率が5分の1に減る」というデータがある。
「アメリカ老人病学会報」(2007年11月号)に患者の体調がよくなって歩行速度が速くなると、死の危険は反比例して低下する」と発表されている。
アメリカのピッツバーグ医科大学で、65歳以上の3万4000人を対象とした調査で、「秒速1m以上の人は、それ以下の人より長生きする」こともわかっている。
同じく、ピッツバーグ医大のステファニー・ストゥデンスキー博士が「高齢者500人の日常の歩行速度を測定した後、9年後に同じ人たちの健康状態を調べた」ところ、「歩くスピード」の違いにより、
歩くスピードが遅かった人……77%死亡
歩くスピードが中程度の人……50%死亡
歩くスピードが速かった人……27%死亡
という結果が得られた。
また、同じくアメリカで看護師8万人を8年間追跡調査した研究がある。
歩くのが遅い(時速3.2㎞未満)
歩くのが普通(時速3.2㎞以上4.8㎞未満)
歩くのが速い(時速4.8㎞以上)
に分けて比較したところ、遅いを「1.0」とした場合、次の表のような結果が得られている。
歩くスピードと病気のリスク(アメリカでの調査より)
また、1日の「歩数」の多い人ほど「死亡リスク」が低下することも明らかにされている。
71歳の日本人高齢者419人に、万歩計を持たせて、7日間連続で「歩数」を測定し、「1日の平均歩数」が、
(1)4503歩未満 (2)4503〜6110歩 (3)6111〜7971歩 (4)7972歩以上
の4群に分け、平均9.8年間追跡調査がなされた。
その結果、(1)の「4503歩未満」のグループに比べ、(4)の「7972歩以上」のグループでは、「死亡リスクが54%以下」という結果が得られた(2018年4月23日、公衆衛生学〈オープンアクセスジャーナル〉)。
ウォーキングする時にぜひお奨めしたいのは、「万歩計」をつけることだ。
カナダの大学の研究者たちが、「運動嫌いの人たち106名を集めて万歩計を与え、12週間にわたり、ただそれだけを身につけて、毎日の歩数を記録してもらう」という実験をした。
この106人の人たちは、はじめは意識的に歩こうとするつもりはなかったが、万歩計を持っているだけで、歩く歩数がこれまでの1日平均「7029歩」から「1万480歩」に増えたという。
毎日3400歩増えたことで、3ヶ月で平均「1.5㎏」の体重減少、「1㎝」のウエスト(胴回り)の減、1分の心拍数(脈拍数)の「4」減少(心機能が強くなったことを示す)という好結果が得られたという。
1948年長崎市生まれ。医学博士。長崎大学医学部卒業、同大学院博士課程修了後、スイスのベンナー・クリニック、モスクワの断食道場、コーカサス地方の長寿村などで自然療法や断食療法、長寿食などの研究を行う。現在はイシハラクリニックの院長の他、健康増進を目的とする保養所を伊豆高原で運営。また、テレビ、ラジオなどのメディアや講演でも活躍中。先祖は代々、鉄砲伝来で有名な種子島藩の御殿医。
著書は『「減塩」が病気をつくる!』『高血圧の9割は「脚」で下がる!』(いずれも小社刊)、『「食べない」健康法』『「体を温める」と病気は必ず治る』など300冊以上にのぼり、米国、ロシア、ドイツ、フランス、中国、韓国、台湾、タイなどで合計100冊以上が翻訳されている。