スポーツメンタルコーチ
プレゼンの場や会議など、重要な局面であまり力を発揮できない、ということはありませんか? メンタルコーチとして多くのアスリートをサポートしてきた東篤志氏によると、そうしたときに思い通りの結果を出せるかどうかは、「心の整え方」にかかっています。いったいどうすれば、本番で結果を出せるよう心をコントロールできるのでしょうか。ポイントを教えていただきました。
能力を最大限に生かすには「フラットな心の状態」が不可欠
スポーツの試合に出場する、大学受験のテストに臨む、就職試験の面接を受ける、プレゼンや会議で発表をする、苦手な上司に大切な話を聞いてもらうなど、ここ一番で、質の高いパフォーマンスをしなければならない場面は数多くあります。
ところが、いざ「そのとき」になると、うまく頭がまわらなかったり、なぜか思い通りに体が動かなかったり……。結果として、実力の半分の力も出せなかったという方は少なくありません。
では、本番で結果が出せる人と出せない人の違いは、どこにあるのでしょうか。
実は、最も重要なのは「心の状態」。“ここぞ”というときに結果を出すには、いつでも「フラットな心の状態」でいることが欠かせません。
そもそも、「心」という器官は、体のなかにはありません。多くの方がご承知のように、心は脳がつくり出している状態にほかならないのです。脳のなかの「様子」が変われば、心の状態もそれによって変わります。
つまり、脳さえコントロールできれば、どんなに焦っているシーンでも、大きなミスを犯したときでも、心をフラットな状態に戻すことは可能なのです。
そして、心をつくり出している脳には「クセ」があります。そのクセを知っていれば、簡単に心をよい状態に整えることができます。
無意識の脳のクセ「意味づけ」から自由になろう
では、脳にはどのようなクセがあるのでしょう。
さまざまなクセがありますが、心に影響する脳の大きなクセとしては、「意味づけする」というものがあります。
野球を例にとって考えてみましょう。
ノーアウト満塁の場面では、多くのピッチャーは「まずい、これはピンチだ」と思い、焦ってしまうでしょう。しかし、「ピンチだ」とピッチャーが焦っているのは、脳がそのような意味づけをしたからにほかなりません。
このように、脳には目のまえの出来事に対して勝手に「まずい」「大変だ」「困った」などの意味をつけるクセがあるのです。これは脳の認知機能によります。そして、この「意味づけ」というクセはネガティブなほうに働くことが多いのです。
しかし、このような脳のクセがあることがわかっていれば、対策を取ることもできます。
まず、自分のおこなっている意味づけを認識し、そこから離れてありのままの事実を見たうえで、目的を達成するにはどうすべきかを考え、行動すればよいのです。
先ほどの例でいえば、ピッチャーは次のように考えればよいでしょう。
「自分は今、この状況に『まずい』『ピンチだ』と意味をつけているな。でも、塁に3人の走者がいて、あとアウトを3つ取ればよいという『事実』があるだけで、そこには本来、意味はついていないんだ。そうすると、今はただただキャッチャーのミットめがけて自信のある球を投げ込めばいいだけだ」
このように考えると「まずい」「ピンチだ」といった余計な考えをシャットアウトでき、脳がマイナスの方向に意味づけをするのをブロックできます。
脳に余計な意味づけをさせなければ、「ピンチだ」という焦りや不安が消え、冷静さを取り戻すことができ、ピッチャーの心はよい状態に整えられるでしょう。
心がよい状態になったら、今どうすべきかを考え、考えたことを冷静に実行します。落ち着いてボールを投げることで、試合に勝てる確率は上がります。
この方法が有効なのは、ピンチのときだけではありません。いついかなるときでも、出来事に意味づけをせずに、感情をわきにおいてまず、ありのままの事実を受け止めることが大切です。
こうすることで、余計な考えに揺さぶられることなく、心をつねによい状態に保ちつづけることができるのです。
「過去」「結果」「常識」「他人」にとらわれない
心を揺さぶる原因はさまざまありますが、多くのケースで共通するものとして、「とらわれること」があげられます。とくに、結果を出さなければならないような極度に緊張する場面では、その場面特有のとらわれの対象というものがあります。
その対象とは、大きく分けて「過去」「結果」「常識」「他人」の4つです。これらから自由になることは、心を整えフラットに保つことに欠かせません。
① 過去にとらわれない
現在の自分は、過去によってつくられています。失敗も成功も含めて過去の経験を積み重ねた結果が、今現在の自分です。その意味では、私たちは、過去から自由になることは難しいかもしれません。
しかし、本番で力を発揮するには、ひたすら今現在に意識を集める必要があります。30秒まえ、1分まえ、あるいは1年まえという「過去」に起きたことにとらわれることなく、目のまえで起きている今現在の事象や状況にのみ心を向け、「今どんな心で何をするか?」 にフォーカスすることが必要なのです。
「今ここ」に集中すること、それが自分の集中力を最大限に高め、質の高いパフォーマンスをすることにつながるからです。本番という「期限つき」の時間のなかで、これができる人だけが結果を出せます。
過去の出来事は変えられません。その過去にとらわれ、縛られることほど心を揺さぶって本番発揮力を削ぐものはないでしょう。
② 結果にとらわれない
試合や仕事に臨むときに結果を出しにいこうとするのは当然ですし、「勝とう」「実績を上げよう」という「結果への強いこだわり」を否定するつもりはありません。けれど、勝つという結果にのみ、とらわれている人もまた、心を揺さぶられやすくなります。
つまり、結果を出したいときこそ、結果だけにこだわってはいけないのです。
どういうことでしょう。
本番で力が発揮できる方の多くが、実は、勝つことだけを目標にはしていません。
目指すものは人それぞれですが、結果自体ではなく、そこにいたる過程を大切にして自分のベストを尽くそう、自分のプレーしている姿を見てもらって誰かを勇気づけたい、育ててくれた親へプレーを通して感謝の気持ちを伝えたい……こんな人が多いように思います。
このようなことを胸に本番に臨む人たちは、負ける不安や恐怖に心を揺さぶられることはほとんどなく、集中力を切らすことなくプレーに専念できます。
勝つことに縛られていないぶん、のびのびと、楽しく、自然体で本番の試合や仕事などに没頭できるのです。その結果、本番でのパフォーマンスが上がります。
逆に、結果にこだわりすぎると、失敗を恐れてプレーが消極的になったり、試合などであれば大差がついたとたんに、一気に気持ちが萎えて力が出なくなって諦めてしまったり……と、結果が出ないことも多いのです。
また、「勝つこと」「よい結果」だけを喜びにしていると、たとえ試合などに勝ったとしても、その喜びは一時的なものでしかありません。
次の勝ちのために、翌日からまたハードな練習が始まり、次に勝っても、その次に勝っても、その次の次に勝っても同じことのくりかえしです。勝ったときの一瞬の喜びだけでは、頑張りつづけるのは難しいものです。結果にこだわりすぎるアスリート、ビジネスパーソンのなかには燃え尽きてしまう人も多くいます。
本来は結果だけでなく、そこへ向かうプロセスや物語に価値や喜びがあるはずなのです。
③ 常識や既成概念にとらわれない
何事においても、「基本」を学び、「型」を身につけることは大切です。それぞれの分野で「常識」とされてきたことには、それなりの必然性や合理性が認められる場合も多くあります。
けれど、基本や型や常識、あるいは、「こうあらねばならない」「こうすべきだ」といった考え方にとらわれすぎることもまた、パフォーマンスの質を下げることになります。
あることにとらわれ、縛られていると、誰もが生まれながらに持っているクリエイティビティ(独創性)も想像力も解き放つことができず、そのため自由な発想も生まれにくくなるのです。
本番で「準備してきたことだけ」をすればいいのなら、ある意味、簡単です。けれど、いざ本番となると、思いもかけないことが起きます。とくにスポーツなどは「筋書きのないドラマ」などといわれるように、想定外のことが起きないことなど、ほとんどありません。
そのような想定外のことや、不測の事態、状況の変化などに対して、すばやく機転をきかせて乗り切ることは、結果を出すために必要不可欠な要素です。そして、機転というものは、自由な発想やクリエイティビティ、判断力が瞬間的に結合したときに生まれます。
常識や既成概念に縛られたり、とらわれたりすることの少ない人ほど、クリエイティビティや想像力を発揮できます。本番で想像力を存分に発揮できるからこそ、不測の事態にも臨機応変に対処でき、その結果、本番発揮力も高くなるのです。
④ 他人にとらわれない
本番まえや本番中には、他人の言動がいろいろと気になるものです。
善意からか、悪意があってか、あるいは深く考えもしないで、ふと不安になるような言葉を投げかけるチームメートや相手選手がいたり、また、グループ面接や試合などでは、ライバルと自分を比較して弱気になってしまったりすることもあるかもしれません。
このように、他人の存在やその言動にとらわれて心を揺さぶられていては、よいパフォーマンスなど期待できません。本番発揮力を高めたければ、日頃からつねに「自分起点」で考え、行動することが重要です。
「起点」とは、物事の出発点。したがって、自分の意思や考え、想いを出発点として行動することが、自分起点での行動ということになります。
他人の言動などにとらわれて影響を受けてしまえば、「他人起点」で行動することになります。すると、自分が最高の調子で本番を迎えていても、他人の出方や他人の調子によって、自分の調子が悪くなってしまうことがあります。他人の調子や言動は、自分の力ではコントロールできません。自分でコントロールできるのは、自分の心や行動だけです。
大事な場面で、自分がコントロールできないものにとらわれることほど、怖いことはないでしょう。
また、自分でいかようにもコントロールできる「心」や「行動」に注力すれば、もしその行動の結果、失敗したとしても、その失敗を受け入れて、それを糧に成長することができます。
しかし、他人にとらわれていれば、自分が起点で考え行動するのでなく、他人に動かされることになり、そのため、失敗したときも他人のせいにしがちで、失敗からの学びも少なくなってしまうのです。最高のパフォーマンスをしつづけるために学びを得るという観点からも、他人にとらわれない姿勢は重要です。
ここ一番という大事なときほど、過去の失敗が脳裏に浮かんだり、目のまえの勝敗に揺さぶられたりしてしまう方は、自分で意識していなくとも、過去や結果などにとらわれている可能性があります。
まず、そのことを認識し、ここぞというときに何かに揺さぶられたり、とらわれたときは、意識を今、自分ができることに100%集中させるようにしましょう。
それだけで、パフォーマンスの質は驚くほど上がります。調子が悪いときもあると思いますが、そんなときは、「今の状況で出せる力の100%を出せればいい」と、肩の力を抜いて考えてみてください。
1982年5月生まれ。日本体育大学卒業。小学校1年生から野球をやっていたが怪我が多く、幼いころから整骨院に通っていた。整骨院で体や心のケアをしてもらった経験から、能力を発揮しきれないアスリートのサポートをしたいと真剣に考えるようになり、柔道整復師の資格を取得。整形外科リハビリ科、整骨院グループ院長、幹部として勤務後、2012年に独立。都内、神奈川県内に整骨院、パーソナルトレーニングジムを6店舗展開。現在は、スポーツメンタルコーチ、メディカルコンディショニングトレーナーの傍らリーダー養成講座やスポーツメンタルに関するセミナー・講演活動も行っている。スポーツクライミング日本代表選手、プロ野球選手、Jリーガー、バレエダンサー、プロボクサー、経営者など多くのサポート実績がある。