「間宮海峡」を発見した間宮林蔵が、その後“密告者”と呼ばれた事情

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日本最北端の稚内には、樺太を望見している探検家・間宮林蔵のブロンズ像がある
間宮林蔵(1775~1844年、享年70)――江戸後期の幕府の御庭番、探検家。常陸(茨城県)の貧農の子。間宮海峡を発見したことで有名。幕府隠密として各地の探索やシーボルトの摘発も行った。

伊能忠敬に測量術を学び蝦夷を探検

ある出来事をきっかけにその人に対する世間の評価が百八十度変わってしまうことがある。

江戸の後期、樺太を探検した間宮林蔵がその好例だ。探検を終えた林蔵は一躍、人気者となり武家・庶民を問わず尊敬されるが、ある事件を契機に世間の冷たい視線を浴びることとなる。一体、林蔵に何が起きたのだろうか。

間宮林蔵は安永四年(一七七五年)、常陸(茨城)の貧農の子として生まれた。早くから数学の才能を発揮し、それが認められ江戸に出る。林蔵は伊能忠敬に師事し測量術を学ぶ。二十九歳のとき、西蝦夷を、三十五歳で樺太を探検する。この樺太探検で当時は半島だと思われていた樺太が島であることを確認した。

文政四年(一八二一年)、蝦夷地は幕府直轄領から松前藩の管轄となる。林蔵は翌年、江戸に帰り、勘定奉行配下の三十俵三人扶持の普請役となった。このとき四十八歳。百姓の身分から異例の出世だった。

江戸に戻った林蔵は諸大名や有力幕臣などに招待され、まさに時の人となる。そんな林蔵に近づいてきた人物の中に、ドイツ人医師シーボルトがいた。シーボルトは蝦夷地と樺太の地理や民情に興味を持ち、その探検談を林蔵から聞こうとしたのである。このことが、のちのシーボルトの運命を変えることになった。

文政十一年八月、五年間の任期を終え、オランダへ帰ろうとしていたシーボルトの荷物の中から、国外への持ち出しが禁止されている日本地図、葵の紋服など数点が発見される。このためシーボルトは幕府からスパイ容疑で厳しい取り調べを受けることになる。

薩摩藩の探索では忍者もどきの活躍も

取り調べの結果、シーボルト自身は国外永久追放処分となり、シーボルトにそれらの物品を贈った蘭学者、医者らも身内を含めて厳しい処分を受ける。これが世に言う「シーボルト事件」である。実は、この事件を幕府に密告した人物こそ、間宮林蔵なのだ。

事件以来、林蔵は世間から「卑劣な密告者」のレッテルを貼られてしまう。林蔵はそれを知ってか知らずか、この事件後、幕府の隠密へと転身する。探検で培った知識と行動力が買われたものであろう。林蔵の隠密活動で明らかになっているのは、薩摩藩の密貿易探索と石見(島根県西部)浜田藩の密輸事件摘発である。

特に薩摩藩を探索したときは忍者もどきの活躍をみせている。他国者の流入を警戒する藩の目をあざむくために林蔵は隣国の者になりすまし、鹿児島城下の経師屋( 襖などを表具する商売)に弟子入りする。

そして親方に従って城内に入ると、自分の名札を襖の中に隠してきたという。のちにこの名札は重い意味をもってくる。

「密貿易に関してはすべて調査済みである。嘘だと思うなら、城中のこれこれの部屋の襖紙を破ってみるがよい。そこに隠密の名札が隠されているはずである」

そう言って、幕府は薩摩藩を脅した。つまりこの名札は、遠国といえども幕府の監視の目は絶えず光っているのだということを証明するうえでの重要な小道具となった。薩摩藩はこのときの幕府の脅しに屈し、十万両の上納金(詫び料)を差し出している。

「間宮海峡」はシーボルトが命名

薩摩から戻った林蔵は働きが認められ、二十俵の加増を受ける。林蔵六十一歳のときだ。のちに林蔵は隠密という役目の苦労をこう語っている。

「探偵をしていると様々な人物になりすます必要が出てくる。これまでに一番困ったのは乞食になったときだ。身に着るものは薄く、手荷物も持ってはいけないため、自分はつねに路費百両ほどを所持していたが、それを隠すのに困ったものだ」(小宮山綵介『間宮林蔵遺事追加』)

弘化元年(一八四四年)二月二十六日、林蔵は江戸・深川の住まいで縁者に看取られ、七十年の生涯を閉じる。士分は自分一代と考え、後継は置かなかったが、幕府は林蔵の生前の忠勤ぶりを評価し、相応の人物を選んで間宮家を存続させた。

シーボルト事件でミソをつけ、後半生を隠密として過ごしたこともあり、同時代の伊能忠敬と比べると間宮林蔵の人気は低い。

しかし、林蔵が偉大な探検家であることは疑いのない事実である。後年、樺太とアジア大陸の間の海峡が、シーボルトによって「間宮海峡」と名付けられ、世界に広まったことは歴史の皮肉と言うべきだろう。

 

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