株式会社日本産業カウンセリングセンター理事長
イラスト・波打ベロ子
「行為者」「被害者」「がんじがらめになる人」の心得
パワハラやセクハラは、最近では多くの人が気をつけているハラスメントです。会社では女性社員には間違っても手を触れないとか、若い社員を人前で「ダメじゃないか!」などと叱責しない、といった具合に気をつけている人も少なくありません。
しかし、「ハラ」とつくハラスメントは、一説には100種類以上もあるとさえいわれています。テクハラ、エイハラ、パタハラ、メシハラ、リスハラ、ジタハラ、コロハラ......。こんなにあると、どんな言動をしてもハラスメントだと言われそうで、何もできない気がしてきますが、本当に気をつけたいのは、たった3つの点だけです。
1. 知らずに行為者になっていないか
どんな言動がハラスメントなのかを事前に知っておけば、注意した言動がとれます。怖いのは、知らずにハラスメントの行為者になっていないかどうかという点。
「そんなんじゃ嫁に行けないぞ」というのは、昔なら問題化しませんでしたが、現在はシンハラ(シングル・ハラスメント)。パソコンの操作を聞かれ、「課長、そんなこともできないんですか!」と言えば、これはテクハラ(テクノロジー・ ハラスメント)になります。
どんな言動が相手を傷つけるハラスメントになるのか、これまで知らずにやっていたことも多いはずです。まずは、人が何に不快と感じるかを知ることが大切なのです。
2. ハラスメントを受けたら泣き寝入りしない
逆に、自分が毎日ハラスメントを受けているのに、我慢していないでしょうか?3.過敏になってコミュニケーション不足
何を言っても、何をしても、パワハラ、セクハラと言われそうで、若い人とは付き合えない─そんなふうに思っていませんか?ハラスメントが「ある企業」と「ない企業」の違い
ハラスメントというと、ワンマン社長の中小企業なら日常的にパワハラがあふれ、一部上場の大企業ではパワハラといった問題はない、などと思っていないでしょうか。
実はパワハラやセクハラといったハラスメントは、会社の大小に関係なく、いたるところで噴出しています。
企業で起こるハラスメントは、従来の上司が部下に「働け! 成果を出せ!」と号令をかけている際に起こりがち。一方で、会社の目標が掲げられ、社員一丸でプロジェクトに取り組むスタイルであれば、パワハラは起こりにくいのです。
なぜなら、組織や社員一人ひとりの目標が一致していれば、努力や苦労は働く意欲になり、上司の言葉はパワハラではなく叱咤激励になるからです。もちろん、モチべーションを上げれば何をしても許されるわけではありません。
会社では、上司から部下へというトップダウンの上下関係があります。このとき、ハラスメントがある会社では「部下なんだから上司の命令を聞け」という意識があります。ところがハラスメントがない企業では、上司が部下に「一緒にやろう!」と仕事上で立場は違うけれどパートナーとしての意識があります。
従来型の日本の組織では、パワハラが生まれやすい土壌があるため、根本的に変えていく必要があるのです。
知っておきたい「パワハラ」と社会の動き
パワハラの基本は、職場で立場の強い者が弱い者に対して行う嫌がらせの言動ですが、実は最近ではもっと範囲が広がってきています。
職場だけでなく、一般社会でも立場の強い者が弱い者に対して行う嫌がらせ全般を、パワハラとして認識されるようになってきているのです。店舗や企業で、客が店員や社員に嫌がらせ行為をすれば、これもパワハラです。
ただし、これらをもっと細分化して「モラハラ」や「カスハラ」と呼ばれることもあります。
多くのハラスメントの根底にはパワハラやセクハラがあります。そのハラスメントを、する側とされる側、状況などによって細分化したものが、現在ではさまざまなハラスメントとして認定されているわけです。
ハラスメントの境界線はどこにある?
厚生労働省のリーフレットには、ハラスメントにならない例も掲載されています。
たとえば、パワハラとみなされる身体的な攻撃では、殴打や足蹴り、物を投げつけるといった行為はハラスメントですが、不意にぶつかってしまったのはハラスメントになりません。廊下ですれ違いざまに相手の肩や背中にパンチすれば、これはハラスメントですが、狭くてすれ違えず、誤って背中を押してしまったら、これはハラスメントではありません。
仕事のミスを、社員がいる前で大声で叱責したら、これはハラスメントとみなされますが、遅刻が多いことを何度も注意しても改善されない社員に、少し強めに注意しても、これはハラスメントとは認められません。
また、ハラスメントかどうかというのは、同じ言動でも受けた側がハラスメントだと感じればハラスメントで、そう感じなければハラスメントにはならないのです。
これがハラスメントの難しいところ。自分だったらハラスメントとは感じないから、と判断してやった言動が、相手にとってはハラスメントだと訴えられ、降格や左遷の対象になってしまうことさえあるのです。
ただし、被害者と行為者とされた人の主張が真っ向から違っているような場合には、平均的な男女の感じ方を参考に判断されます。
株式会社日本産業カウンセリングセンター理事長。埼玉大学卒業。教職を経て1976年日本産業カウンセリングセンター設立。企業でのカウンセリングのほか、メンタルヘルスの相談、管理者の対応相談、官公庁・大学などでの講演、研修に従事。労働省(現厚生労働省)セクシュアル・ハラスメント調査研究会委員などを歴任。臨床心理士。
主な著書:『こうして解決する! 職場のパワーハラスメント』経団連出版。『言いにくいことを伝える技術』PHP研究所。『パワハラ・セクハラ・マタハラ相談はこうして話を聴く-こじらせない! 職場のハラスメント対処法』。<改訂増補>『パワハラ・セクハラ・マタハラ相談はこうして話を聴く -こじらせない! 職場のハラスメント対処法』経団連出版。監修:『マンガまるわかり ハラスメント』新星出版社。