現代は“恩知らず”な自己愛型人間が増殖しがちな理由【佐藤優】

佐藤優

実績を上げることのプレッシャーが強い最近の仕事環境では、自己愛で自分を守って上げる必要もあります。ただし、それが強くなりすぎると、やがて周囲から自己中心的な人物と見られてしまうことも……。作家の佐藤優さんが、人間関係における恩のやりとりについて教えてくれます。

本当の意味で自分を愛することができない

岡田尊司さんの『パーソナリティ障害』という書籍で、自己愛型パーソナリティ障害について触れられていました。簡単に言うと、自己愛が肥大化することで人間関係や社会生活に支障をきたしてしまう状態です。

厄介なのは、病気に限りなく近い〝性格〟ですから、こうしたら治るという処方箋がないことです。ウィキペディアによると、こういう自己愛型で自己中心的な人は、権力を求め、傲慢で、常に優越性を誇示したがる傾向があるというのです。

一見高い自尊心と自信を兼ね備えた有望な人物に見えますが、正常な人物との違いは、その自尊心と自信にほとんど裏づけがなく、もろく崩れやすいという点にあります。

つまり、自己の重要性に関する誇大な感覚がある。業績や才能を誇張し、十分な業績がないのに優れていると認められることを期待する。限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている。過剰な称賛を求める。対人関係で相手を不当に利用する──などなど。

この障害の原因の一つに、幼少期の親との関係があるといいます。まっとうな親の愛情を実感できずに育った子どもは、自分が愛される存在であるという自信が持てなくなります。つまり自己愛型と言いながら、本当の意味で自分を愛することができない人なのです。

深層心理で自分を許せない、受け入れられないからこそ、補償作用で自分を無理に愛そうとする。自分を理想化したり誇大化したりすることで、自らをだまして納得する。無意識でそのウソに気がついているからこそ、本当の自分の姿に向き合おうとせず、自分を少しでも否定しようとする人に対しては強く攻撃する。

こういう人は自己に執着していて、関心が自分だけに限られます。当然、他人の「恩」を感じる気持ちが希薄で、「恩を仇で返す」場合が多いのです。してもらって当たり前、他人が自分のために動くのが当たり前、自分の思うようにならないと気がすまない……。

今の社会はこういう人物をつくり出しやすくなっています。子どものころから競争を勝ち抜く中で、いつしか自分の力だけで生き残ってきたという錯覚や自負を持つようになる。周りは競争相手ばかりなので、自分で自分を愛さないと自我が保てない。そういう社会的環境も大いに影響していると考えます。

また、このような人物は平気で人を利用するので、短期的には営業などでも成果を上げて会社から評価されたりします。すると、評価された方は承認欲求が満たされ、その成功体験からますます自己中心的で利益中心主義な行動に走る。

逆に言うなら、自己愛型のパーソナリティは今の新自由主義の経済や社会システムに適応しています。ここが怖いところで、今の社会で活躍している人ほど、実はパーソナリティに歪みが生じている可能性がある。社会そのものが自己愛型になっているため、それに見合う人物が活躍できるからです。

社会の病理が個人の人格形成に影響し、病的な人格が生み出される。そして社会はさらに病的になる―。このような由々しきスパイラルが存在しているように感じます。

受けた恩は忘れがち

ただし、どんな人にも自分が与えたものは大きく感じ、受けたものは小さく感じる認識の非対称性があります。友人関係が長い場合でも、お互いがお互いに恩をかけたと思っていることはよくあるものです。

自分がしてあげたことの記憶だけが大きく残り、してもらったことはきれいさっぱり忘れているため、お互いが相手を“感謝の気持ちが足りない”と思っていることもあり得ます。

友人同士なら笑い話でも、それ以外の関係では笑ってすまされないこともあります。特にビジネスの関係になると、自己の利益を追求するあまり、意識しないうちに恩知らず人間になってしまう可能性があるので要注意です。

とはいえ、受けた恩をそのまま相手に返せる場合とそうでない場合があります。たとえば親は子どもに無償の愛を注ぎ、子どもにかかった養育費や労力を計算して返済を求めたり、見返りを要求したりはしません(もちろん例外もありますが)。

同じことは仕事の人間関係でも言えます。入社したてでまだ仕事を覚えきれていないころは、上司や先輩からいろいろ指導してもらって一人前になっていく。

そのような上からの恩に対して、必ずしも全部上に返す必要はありません。今度は自分が上の立場になったとき、下の人間に同じようにしてあげることがお返しになる。その連鎖がうまくいっている会社や組織はやはり強いです。

人間は誰かの役に立っているという実感や、誰かのために無償でも何かをしたいという、経済合理性とはかけ離れた論理で動くことがあります。むしろその方がモチベーションが高くなり、しかも長続きするようです。

受けてきた恩を実感し直そう

米ハーバード大学の調査で面白いことがわかりました。かつて同大学の学生だった約300人を75年間追跡調査したのです。すると60歳くらいの年齢になると、マザコンの傾向のある男性の方が、そうでない男性より平均して約9万ドル(900万円)も年収が高いという結果が出ました。

マザコンというとマイナスのイメージが強いですが、成功者でも若いころに母親の苦労を見て、将来は絶対に楽をさせたいとがんばったという人物がいます。まさに親の無償の愛に何とか応えたい、報いたいという思いが強いモチベーションになり、結果として社会的に成功することができたわけです。

人間が自分のためだけにがんばれることはたかが知れています。自分以外の家族や子ども、知り合いや友人たち―。そういう人たちとの関係の中で、恩を与えたりそれに報いたりしながら生きる人たちの方が、がんばりがきいて結果として成功するし、その方が幸せな生き方だと言えるのではないでしょうか。

新約聖書の福音書「使徒言行録」におけるパウロの言葉が印象的です。

「あなた方もこのように働いて、弱いものを助けられるように、また『受けるよりは与えるほうが幸いである』」(20章35節)

「受けるよりは与えるほうが幸い」という言葉には、深くて重いものがあります。今の時代は、少しでも多く得られるほど幸福になれるという考え方が大勢です。まさに、「受けることが幸い」だとしている時代のように思えます。ですがイエスは、それより「与える」ことの方が幸福だというのです。

それには、ビジネス以外での人間関係をできるだけたくさん持つことをおすすめします。家族はもちろん友人、趣味のサークル、地域のコミュニティ……。それがビジネスとは関係なければ、なんでもいいのです。

そこで経済合理性から外れた人間関係をつくる。そのつながりの中でお互いが持ちつ持たれつの関係であることを知る。お互いにもらったり与えたりして、支え合って生きていることが実感できる。それを体験から学んだ人は、人生でつらいことがあっても強く生きられるはずです。

私たちの存在は、多くの関係性を抜きに考えられません。人間社会も自然の森羅万象も、すべてが関連し合っています。どれ一つとっても完全に独立して存在するものなどない。

私たちをとり巻くこの世界が一つの系になっているわけです。今のビジネス社会で生きていると、私たちはえてしてそんな単純な真理さえも見えなくなり、自分ひとりの力でがんばり、何かを勝ちとったかのような錯覚に陥ってしまいます。

しかしそれは人間がつくり上げた社会や経済といったルール上の、ごく限られた世界での話です。「恩に報いる」などというと大仰に聞こえますが、その関係性に気づくことで、私たちの気持ちも行動も自然に変わっていくのではないでしょうか。

 

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佐藤優

PROFILE
佐藤優

1960年東京都生まれ。85年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館勤務を経て、95年、同省国際情報局分析第一課主任分析官。2002年、背任及び偽計業務妨害容疑で逮捕。09年、背任及び偽計業務妨害の有罪確定で外務省を失職。13年、執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失う。捜査の内幕を描いた『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)が05年に出版されると大反響を呼ぶ。『自壊する帝国』(新潮社)で第38回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞

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