うつは心のインフルエンザ。“何もしない時間”で回避する【佐藤優】

佐藤優

仕事で忙しいのはいいことのように思えますが、エスカレートすると時間に追われて仕事をこなすだけの状態に陥りがちです。それが負荷となり、やがてメンタルにも影響してきます。どうすれば時間の奴隷になるのではなく、自分が主人として時間を有意義に使えるようになるのか。そのポイントを、作家の佐藤優さんと共に考えてみましょう。

“ムダ”は新しいものの中にこそある

時間とは不思議なもので、苦手な上司につき合って飲んでいるときの1時間は長く感じますが、好きな相手と一緒にいるときの1時間はあっという間。主観的な時間の感覚というのは状況によって明らかに違います。

また、過ぎ去った時間は遡ることができず、不可逆的だというのも特徴。人は必ず死ぬという宿命を背負っている中で、時間をどう有意義に使うかは私たちの大きな課題です。

現代社会における時間について考えたとき、私たちは多くのことに追われています。特に一人ひとりが抱える仕事量は、おそらく過去100年のうちで最も多いかもしれません。

残業がかつてのように認められにくくなったこともあり、時間当たりの仕事量をいかに増やしていくかが求められています。

それには、ムダな時間を極力削ることが肝心です。意外に思うかもしれませんが、ムダとは便利なものとか、新しいものの中にこそあると考えられます。

外務省に入ったばかりのころ、研究開発プログラムをつくるために、理科系の人間は全員ベーシックというプログラミング言語を覚えさせられました。私も2カ月くらい学んだ記憶があります。ただ、ベーシックはすぐ他の言語にとって代わられました。

新しい技術やツールは、その後の環境の変化で不要になってしまうことも多いものです。むやみに飛びつくと、それに費やした時間がまったくムダになってしまいます。したがって、新しい技術や製品はある程度世間の評価が定まってからとり入れたほうがいい。さもないと、金銭的にも時間的にも意外な浪費を強いられることになります。

また、インターネットは時間をムダに費やしてしまうことの最たるものでしょう。つい、何の目的もなくサイトを徘徊してしまうことはないでしょうか。気分転換くらいならいいのですが、1日に2時間も3時間も漫然とやっているのは、やはりかなりムダな時間だと言えるでしょう。

そもそもネット上の情報は新聞や雑誌、書籍などからの2次情報がほとんど。しかもその2次情報からさらに記事をつくっている場合も多いので、デフォルメされていたり、誤って伝えられていたりする可能性が高いのです。その情報を企画書作成などの仕事で使うとなると、一つひとつ裏をとらなければなりません。その手間だけでずいぶん時間をとられてしまいます。

最初に「自分のための時間」を天引きしてしまう

時間をムダにしないために、1日を振り返ってどんなことにどれだけ時間を使ったか、ノートに書き出してみることをおすすめします。すると、自分では時間に追われてバタバタしているように感じていても、実はムダな時間が多いことに気づくはずです。

また、自分がやりたいこと、将来実現したいことも一度ノートに書き出すこともいいでしょう。英語をマスターしたい、ダイエットして体重を5キロ減らしたい、一戸建てを買いたい、海外旅行に行きたい……。

書き出すことで自分の志向が明確になります。それらを眺めているうちに、やるべきこととその優先順位がはっきりしてくるはずです。

そうは言っても、仕事が忙しくて自分の時間がなかなかつくれない、という人がいます。でも、私からしたらつくれないのではなくつくらないのではないか、と思ってしまいます。まずはスケジュール上で、勉強でもスポーツでも、あるいは旅行でも、自分がやりたいことの時間を確保してしまう。それに合わせて仕事のスケジュールを組むのです。

仕事の時間を確保して、余った時間で自分の時間をとろうとしても、忙しい人はいつまでたっても自分の時間を確保できません。

まず自分の時間を確保してしまえば、残った時間でなんとか仕事をこなさなければならなくなる。自然と、限られた時間の中で仕事を終える工夫や努力をするようになります。生産性も、仕事の質もむしろ上がるでしょう。

貯蓄をするには給与天引きで積み立てるのが一番確実な方法ですが、それと同じで、時間を先に天引きしてしまうのです。

「賢者の時間」を大切にする

ゲーデルの不完全性定理という科学の理論によれば、一つの系の中には必ず自己矛盾の要素がある。そしてその系の中にいる限り、その矛盾はわからないといいます。つまり、自分の立ち位置を現在の位置からズラして考えることができれば、自分をとり巻く世界や環境の矛盾が客観的に見えてくるわけです。

時間に追われ、情報の波にさらされている私たちは、むしろ日常から一時的に離れてみた方がいい。そうすることではじめて、当たり前だと思っていた日常のおかしさや矛盾点に気がつくことができるのです。

私自身、何もしない時間を大切にしています。本やパソコンを開くこともなければ、メールも見ません。その間は思索にふけったり、いろんなことを追想したりする。はたからは何もしていない無為な時間に見えますが、私にとっては最も有意義で贅沢な時間です。

「孤独は人を賢者にする」という言葉があります。昔から偉大な思想や哲学、文学や芸術のひらめきは、孤独な思索や時間の中から生まれました。

自分の内側を見つめることで発見されるもの。それは自分の外側の雑多な情報を追っているだけではけっして得られない輝きを放っています。偉人や天才と呼ばれる人は、そのことをよく知っています。

ただし、このことはけっして一部の天才だけの特権ではありません。私たちは誰もが自分と向き合う孤独な時間の中で、それぞれに発見できるものがあるのです。自分が望んでいるものは何か? 自分にとって大切ものは何か? 自分は何者なのか?

ところが、現代はなかなか孤独の時間、すなわち「賢者の時間」を持つことができない時代です。目先の仕事に追われ、騒音のように鳴り響く雑多な情報につい目と耳を奪われてしまう。あわただしい時間の中でいつしか自己を失い、自分の頭で考え判断する力を失ってしまうのです。

休むことが人と文化を発展させる

キリスト教では、日曜日は安息日で仕事をしてはいけない日です。神がこの世をつくったとき、7日目に休まれた。そして天と地と、草木や動物、人間といった自分の作品をあらためて見直して、「これでよし」と満足した。ですから私たち人間も、休んで自分を振り返る時間が必要なのです。

ところが、日本人には休んではいけないという強迫観念がある。古い書物を読むと、昔の武士も農民も、特に決まった休日はなかったようです。もっとも武士の1日の労働時間は短く、せいぜい4時間か5時間。ただし農民は朝から晩まで農作業や雑役でずっと働いていたようです。

かつて太平洋戦争のときに賛美されたのが、「月月火水木金金」の精神。1週間のうち1日の休みもなく訓練や仕事に励む。そうすることで国も軍隊も強くなるのだと。我を忘れて一心不乱にとり組むというと一見美徳に聞こえますが、まさに「忘我」であって、自分の時間、自分の内面を見つめる時間がないということでもあります。

そこから、「がんばればなんとかなる。なんとかならないのは努力が足りないせいだ」という精神主義への道のりはすぐです。戦争で敗れたのは軍事力、技術力云々の前に、そんな思想や哲学で敗北したのだと私は考えています。

うつ病は心のインフルエンザ

“成功した人”が努力した人だという点に間違いはありませんが、努力すれば成功するというのは間違っています。つまり、努力したからといって必ずしもすべての人が成功するわけではないのです。

成功するには時の運、人の助け、環境などなど、さまざまな条件が重なる必要があります。ところがマスメディアは成功した人だけをクローズアップしますし、成功者は自分がしてきたのと同じような努力を強要しがちです。

昨今、うつ病にかかる人は多いですが、これは力を抜くことができない、自分を休ませてやることができない人が増えているせいでもあります。

精神や肉体が悲鳴をあげているなら、ときにはズル休みしてもいい。あえて休んで仕事や情報を遮断することで、内面の声に従うべきです。あなたが1日や2日休んだからといって、会社が回らないわけではないでしょう。

あえてその選択ができずに肉体と精神をすり減らし、決定的な病に陥ってしまう。肉体的な病気であればまだ完全に回復する可能性は高いですが、精神的な疾患となると、これは厳しいものがあります。

うつ病は心の風邪と言われますが、実際は風邪どころではなくインフルエンザ。下手をすると死に至るのがインフルエンザですが、うつ病だって重くなったら自殺などに追い込まれてしまいます。

そうでなくても、一度かかるとちょっとしたことで再発します。完治には膨大な時間と労力がかかると思ってください。まさに、人生で最も時間をロスするのがうつ病のような精神にかかわる病気。これはもう、かかってしまってからでは遅いのです。

時間の主人になるにはどうすればいいか? 私たちをとり巻いているさまざまな「つくられた時間」「仕掛けられた時間」から、一歩身を引いてみる必要があります。

そのためには休む。孤独な自分だけの時間をつくる。そして自分の内面を見つめ、自分がやってきたことを振り返る。そうすれば、自分にとって何が最も大切か、自分は何に時間を使うべきかが自然と明らかになるはずです。

ただやみくもに走り続けるだけではダメ。神が世界を眺め回して「これでよし」と言ったように、私たちもときには立ち止まり、私たちの時間と人生を振り返って、「これでよし」と言う時間が必要なのです。

 

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佐藤優

PROFILE
佐藤優

1960年東京都生まれ。85年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館勤務を経て、95年、同省国際情報局分析第一課主任分析官。2002年、背任及び偽計業務妨害容疑で逮捕。09年、背任及び偽計業務妨害の有罪確定で外務省を失職。13年、執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失う。捜査の内幕を描いた『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)が05年に出版されると大反響を呼ぶ。『自壊する帝国』(新潮社)で第38回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞

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