思わぬ失言を防ぐには“教養”をつけるのが最も効果的だ【佐藤優】

佐藤優

政治家や要人が発した“ひと言”が思わぬ波紋を呼び、ペナルティを受けることが増えているようです。特に「ポリティカル・コレクトネス」(政治的妥当性)が厳しく問われるようになってきた昨今では、一般のビジネスパーソンであっても、モノの言い方には十分注意する必要があります。外交官時代に数々の政治家を陰から支えてきた佐藤優氏が、失言を防ぐための方法論を教えてくれます。

失言には二種類ある

日常の会話での何気ない一言が相手を不快にさせたり、怒らせたりすることがあります。たとえば「ご苦労様です」という言葉、本来は目上の者が下の者たちを気遣うときに使います。したがって、部下が上司に向かって「ご苦労様でした」と言うのは失礼です。

この場合、「お疲れ様」と言うのが正解です。たとえ本人に悪気はなくても、目上に向かって「ご苦労様」と言うと、「失礼なやつだ」「言葉の使い方も知らない人間だ」とマイナスの評価をされてしまいかねません。

これは比較的影響の少ない例ですが、ちょっとした言葉の使い方でそれまでの関係が台なしになったり、とり返しのつかない事態に陥ったりすることもありえます。人はなぜ失言してしまうのか、失言しやすい人とそうでない人の違いは何か、失言しないようにするにはどうすればいいのか、考えてみましょう。

失言には大きく分けて二種類あります。一つは無知からくる失言。物事を知らないばかりに誤解を招いたり、相手を怒らせたりしてしまう。先ほどの「ご苦労様」の例などが典型的です。こういう場合は、情報や知識を増やすことで自然に失言はなくなります。

外交官時代、僕は交渉相手の人物の情報をできる限り集めました。特に注意したのは相手がイヤがる話題や人物に関してです。その人の前ではタブーになる事柄を、極力事前に把握しておくようにしました。

この大切さを教えてくれた一人が故小渕恵三首相です。小渕さんはエリツィンやプーチンなどの要人と会談する前に、必ず「おい佐藤、べからず集をつくっておくように」と命じました。

公式の会談だけでなく、食事の席などでも思わぬ失言をしないように、相手がイヤがる話題や事柄を事前に調べておいてくれというのです。

実は、エリツィンはゴルバチョフを大変嫌っていました。ゴルバチョフが大統領だったころに左遷されるなど冷や飯を食わされたためです。ですから、彼は会話でゴルバチョフという言葉が出てくるだけで不愉快になる。あとはアルコール依存症の話などはタブーでした。これらの「べからず集」のおかげで、小渕さんは外交の席での失言はほとんどありませんでした。

これとは逆に、ある外務大臣がエリツィンと会談した際、不用意にもゴルバチョフを讃える発言をしてしまいます。エリツィンは不機嫌になり、交渉は不発に終わりました。

交渉でも接待でも、相手の喜ぶことを知ることも大事ですが、それと同じかあるいはそれ以上に、相手がイヤがる言動、不愉快になる話題は何かということも事前に知っておくべきです。相手に対する正しい情報と知識をできるだけ持っておくことで、余計な失言を未然に防ぐことができます。

もう一つは偏見からくる失言です。物事に対する見方や捉え方が偏っているために、独りよがりな判断をして失言してしまう。実はこちらの方が問題なのです。

単に情報や知識がないことによる失言なら、それを補えば繰り返さないですみます。ですが、偏見からの失言の場合そうはいきません。どんなに知識や情報を増やしても、偏った見方をしているために正しい判断ができない。それどころか偏りに拍車がかかってしまうわけです。

この種の失言は、本人が偏見を持っていることを自覚し、それを改める意識がなければ直りません。ある程度の年齢になり、立場もそれ相応になると、自分の非や誤りを認めるのはますます難しくなる。その結果、失言を繰り返してしまうことになります。

さらに偏見からの失言が問題なのは、それが差別につながりやすいからです。偏見が人種や国、文化や歴史におよぶと自然に差別意識が生まれます。それが不用意で心ない言動をとらせてしまう。そのような失言は相手を深く傷つけ、怒らせます。

差別をしない、差別をなくすというのは今や国際的なコモンセンスですから、政治家が偏見からくる失言をした場合、国際的な問題に発展することも少なくありません。

ロジックとレトリックを駆使する

外交の文書などでは、失言がないようにするための独自の言い回しがあります。たとえば宣戦布告などは、相手に直接「戦争するぞ」などとは言いません。「我々は貴国に対して自由行動をする権利を留保する」という言い方です。

外交の世界で自由行動をするというのは、戦争を意味する。またどこかの国の要請を拒否するときは、「要請に応じられない旨、通報する光栄を有する」など、いろいろな言い回しがあります。ストレートに「要請を拒否する」などとは言わない。

このような言い回しを修辞やレトリックなどと呼びますが、私たちのコミュニケーションにおいても大切な要素です。つまり言い方ですね。モノを伝えるのに理屈、すなわちロジックだけではダメなのです。

たとえば相手に対していきなり「お前、ウソをつくなよ」と言ったらケンカになる。でも「お互い正直にやろうぜ」と言ったら角が立たないでしょう。言わんとしていることは同じですが、相手に与える印象はまったく異なります。

表現法や修辞法というのは、同じ物事を相手に伝えるのに、より相手が受け入れやすくする調味料のようなもの。料理に味つけが不可欠なように、コミュニケーションにもレトリックという調味料が不可欠なのです。それがなければ、見た目はどんなに立派でも、口に合わない、受け入れられないということになるでしょう。

ただし、表現ばかりに走って論理性がなくなると、これまた誤解のもとにもなります。かつて故渡邉美智雄政調会長がアメリカのクレジット経済を評した、「アメリカの連中は黒人とかいっぱいいて、『うちは破産だ。明日から払わなくていいんだ』。あっけらかのかーだよ」という発言が大問題になりました。

いかにも当時元気のよかったミッチー節ではあるのですが、勢いだけで真意がよくわかりません。文面だけ見れば侮蔑的な発言ととられても仕方がない。

実際、この発言がアメリカのワシントンポストにとり上げられ、差別的発言だと非難されました。おそらく渡邉さん自身にこの発言が差別に該当するという意識はなかったと思います。しかし、あまりに言葉足らずというか感覚的な表現であったため、相手には伝わりにくかったのです。

仮にもっと冷静に、論理的に言ったらどうだったか。「アメリカの信用経済、消費社会が異常に膨らんでいる。借金によって自分の欲望を過剰に満たすような経済はおかしいのではないか」と。

おそらく、渡邉さんが本当に言いたかったのはこのようなことだと想像します。実際、その後アメリカはサブプライムローンの破たんでその矛盾を露呈しました。同じ主張でも、片や国際的な反発を買って外交問題にまで発展するのに対して、一方は先見性のある意見となる。言葉の選び方や話し方ひとつでまったく違う結果になるのです。

最低限の論理性を保ちつつ、レトリックを上手に駆使する。このバランスをふまえて自分の真意を伝えるようにしましょう。当然失言は少なくなるはずです。

「教養」が失言をなくしてくれる

旧約聖書にある伝道の書「コヘレトの言葉」に、次のようなくだりがあります。「何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある。生まれる時、死ぬ時、植える時、植えたものを抜く時、殺す時、癒す時、破壊する時、建てる時、泣く時、笑う時、嘆く時、踊る時……」

物事には何をするにも時があり、その時を間違えてはいけない。さまざまなトラブルや厄災は時を間違え、失するから起きるのだと言います。失言も、時(タイミング)を間違えたときに起こる。黙すべきところで語り、語るべきときに言葉が足りないのです。

時と場所と言葉を選ぶ。これができれば失言はなくなります。適切な時と場所を選び、ロジックだけでなく最適なレトリックを交えて伝える。しかも偏った見方ではなく、バランスのとれた視点に立つ―。

結局、必要なのはそれらを総合して判断することができる「知恵」であり、さらに言うなら「教養」です。けっして知識の量や学歴ではありません。

では教養とは何か。古今東西の書物に通じることでしょうか? 絵画や音楽といった芸術に造詣があることでしょうか?

もちろんそういうことも必要でしょう。しかしもっと本質的なことを言うなら、僕は「偏りのないこと」と「やわらかい思考」だと考えます。さまざまな国家、人種、職業の人たちの考え方と生活を受け入れる偏りのなさ。そして、それらを理解するやわらかさ。それがあるからこそ、この世界の多様な存在とリアリティをありのままに認められる。

教養がある人かどうかを見抜くのは難しいことではありません。偏見と差別意識が少ないことをポイントに判断すればまず間違いない。東大を優秀な成績で出ていようとも、偏見と差別意識の塊のような人物を教養人とは言いません。

逆に学歴などはなくても、偏りのないフラットな目で世の中や人を見て、それらを受け入れる柔軟な精神の持ち主なら、僕はどんな職業であれ立場であれ教養人とみなします。

 

 

 

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佐藤優

PROFILE
佐藤優

1960年東京都生まれ。85年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館勤務を経て、95年、同省国際情報局分析第一課主任分析官。2002年、背任及び偽計業務妨害容疑で逮捕。09年、背任及び偽計業務妨害の有罪確定で外務省を失職。13年、執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失う。捜査の内幕を描いた『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)が05年に出版されると大反響を呼ぶ。『自壊する帝国』(新潮社)で第38回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞

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