「ブラック企業ならやめれば」と言う人が知らない“決断”の困難さ

転職や離婚など、人生には「やめる」か「やめないか」で迷う場面がありますが、決断には勇気がいるものです。なかには、「勤め先がブラック企業で、頭では辞めたいんだけど、なかなか動けない」という人もいます。それはいったいなぜでしょう。元自衛隊のメンタル教官で、メンタルレスキュー協会理事長の下園壮太さんにお話をうかがいました

「やめる・やめない問題」がこじれる3大要因

私たちは子どものころからずっと「やめたくなっても、あきらめないこと」が大事である、と教えられてきました。「やめたいときには、これまでがんばってきた積み重ねを振り返ろう、つらいからといってすぐにやめるような人間は、この先、何も乗り越えられない」というふうに。

だから、大人になっても、「いかに、やめたいという気持ちを打ち消すか」に思考を集中させてきました。

そしていったんやめないと決心したら、もうあとは振り返らない。「これからは、迷わずがんばるしかない!」と、ポジティブ思考で突き進むべきだとも考えがちです。

しかし、生きていると、「やめる」ことに直面せざるを得ない場面が訪れます。そして、実際は「やめること」とつきあうのは、本当に難しいことなのです。

私のカウンセリングでも、何かをやめることに苦しみ、やめたとしてもそのことを引きずるクライアントが本当に多い。「やめる」は人の悩みの一大テーマなのです。

カウンセリングをしていて感じるのが、「やめる・やめない問題」に悩む人のほとんどが、必要以上に自分を責めているということです。

「周囲の人たちは、自分と同じ状況でもがんばっている。なのに自分はこんなことも耐えられず、逃げたいと思うなんてダメな人間だ」というふうに。

でも、どうか自分を責めないでください。

その悩みがどのようなメカニズムで深まっているのかを、次の3つの要因に分けて説明しましょう。原因がわかれば、対処法も見えやすくなります。

1.エネルギーが減る
2.自信がなくなる
3.不安が大きくなる

「エネルギー」が低下していると、やめたくてもやめられない状態になる

 順番に説明していきましょう。1つ目の「エネルギーが減る」については、まず「エネルギー」の定義からお話しします。

【エネルギーとは】

エネルギーとは、平たく言うと「元気」のことです。人間が生き、考え、活動する際に必要な、根源的なパワーの源。基礎代謝量のように、普通に生きているだけで常にエネルギーは消費されていて、いつもよりも多く活動したり、ストレスを感じたりすると、エネルギーがより多く消耗されます。

一方、おいしいものを食べたり、お風呂に入ったり、眠って休息を取ることによってエネルギーは回復します。

重要なのは、エネルギーによって、人の感情や意欲、行動も多大な影響を受けるということ。また、「人はエネルギーを使いたくない」という強い傾向があることです。

エネルギーが低下しているとき、人はそれ以上のエネルギーの拠出をしたくありません。たとえ嫌な環境でも、その〝嫌さ〟にある程度慣れてしまっている部分もあるからです。嫌な上司がいても、その場さえやり過ごせばいいさ、というふうに対処している人も多いでしょう。

ところが、いざやめる決断を下してしまうと、状況は大きく変化します。周囲への根回し、新たな場を見つけるための行動……。これまでの生活にプラスアルファの大きなエネルギーが必要となってしまいます。

つまり、エネルギーに余裕があるときは「やめる」という決断ができる人でも、エネルギーが低下しているときは、やめたくてもやめられない状態になるのです。

もう1つ、エネルギーには要注意ポイントがあります。実は、そんなやめられない状態になっていても、本人は「エネルギーが減っている」という自覚がない、ということです。通常、エネルギーの低下は疲労感で自覚するものなのですが、疲労感は気力や気合いなどでかなり麻痺まひさせることができてしまうのです。

一方、本能的にはエネルギーレベルの低下を察知しているため、全力で変化を避けようとします。やめることを考えようとするのも嫌になったり、無気力になったり、行動を起こす意欲が低下したりします。

やめたい、でも、やめられない。2つの気持ちが葛藤することで、ますますエネルギーが削られ、うつ状態に陥ることもあります。

実際、パワハラで苦しんでうつ状態になっているのに、それでも(だからこそ)「やめられない」人が多いのです。

「やめたい」と思うことで、自信を失う

エネルギーの低下と並行して起こるのが、2つめの「自信がなくなる」です。自信について、私は以下のようなとらえ方をしています。

【自信とは】
自信とは、困難があっても自分は何とか乗り越えてやっていける、という心の支えとなるもの。大きく以下の3要素から構成されています。

第1の自信=〇〇が「できる」「勝てる」自信
第2の自信=自分の性能(ポテンシャル)、生き方についての自信
第3の自信=助け合える仲間や愛する人がいる自信

自分はできる(第1の自信)、自分は健康で今の生き方で大丈夫(第2の自信)、自分は周囲から認められ、好意を抱かれる(第3の自信)、という気持ちは、その人の生存を深いところで保障し、見えない部分で支え、勇気づけています。

エネルギーが低下してくると、頭が働かない、がんばりが利かない、疲れが抜けない、体調が悪くなる、イライラする――といった「症状」が出始めます。

仕事のミスなどにより第1の自信が低下し、自分を思うようにコントロールできないことで、第2の自信が崩れます。

それだけではありません。やめることが単なる二者択一の選択と違うのは、これまでずっとがんばってきた、エネルギーを注いできたあなたの人生を「否定する」ことにつながるということ。これが、第2の自信を大きく低下させるのです。

「やめる」が、組織からの離脱、人間関係からの離脱を伴うときには、第3の自信まで脅かされます。

3つの自信低下の中でも、特に「これまでの努力には意味がなかったんだ」と感じる第2の自信低下は、まさに自己否定。そんな思いをするくらいなら……と、やめる決断にブレーキがかかるのです。

「もっと事態が悪くなるかも」という不安

エネルギーと自信の低下に伴う(やめるに対する)ブレーキ。しかし、このままでいるのもつらい。どうやってこの先やっていけばいいのだろう、と悩みに悩むと、強まってくるのが、3つめの「不安の拡大」です。

不安という感情についても、ここで簡単に説明しておきましょう。

【不安とは】

不安は、あなたの命を守ろうとしている感情です。

突然ですが、私は人間を理解するときには「原始人だったころ」をイメージする、という方法を取っています。文明が発達し生活は便利に快適になったとはいえ、人間の体の機能や感情は、原始人のころからさほど変わっていないからです。このように、原始人に当てはめてみる考え方を、「原始人モード」と名付けています。

では、原始人モードで「先が見えないことに不安を感じる」とは、どういうことでしょう。

人は、大きい体や速く駆ける脚、鋭い牙や爪、硬い甲羅こうらを持たない代わりに、「我が身に起こり得るリスクを予知する力」を身につけました。湧き上がる不安に対処する行動を取ることによって、危険を避け、生き延びる能力を身につけてきたのです。

つまり、不安はあなたに降りかかるこの先のリスクを避けようとする、大切な予知能力とも言えます。ただ、不安は生きるか死ぬかの必死の行動を生むので、現代人にとっては、少し過剰発動気味になりがちです。

「やめる・やめない問題」を抱えているときには、不安が高まりやすくなります。

エネルギーを失い、自信も失っているあなたは、原始人モードでは、敵からの攻撃を非常に受けやすい状態、つまり、命の危機にさらされています。そこで、感情はいつもより強く不安を発動し、あなたを守ろうとするのです。

今の苦しい状態が続いたらどうなるのか、不安は悲惨な未来イメージを次々と見せてきます。今の状況を続けるときの苦しいイメージだけでなく、やめたあとの悲惨なイメージまでも想像させるのです。

選択に対し非常に慎重にさせる。私はこれを「すくませる」機能と呼んでいます。原始人モードでは、命がかかっているから、当たり前と言えば当たり前です。情報が少ない原始時代は、軽はずみに決めて行動するリスクより、今、何とか生きていられるにしばらくひっそりと身を潜めておいたほうが、生き延びる可能性が高かったのでしょう。

ただ、この状態は現代人にはとてもつらい。いっそう、「決められなくなる」からです。しかし、不安にただ揺さぶられるままでは、「怖いからやめたい、でも怖いからやめる決心もつかない」というふうに、葛藤は続くばかりです。

3つの要因が絡まり合うと問題が肥大化する

やめたい、と思う。たまたまエネルギーが少ないときには、すぐに決心がつかない。これまでの自分の生き方、努力を否定するのもつらい。やめたあと、うまくやれるかという不安も大きい。だからすくんでしまう。

とりあえず現状の苦しさを我慢する生活が長引くことで、ますます疲れてくる(エネルギー低下)。また、決められない自分に自信を失う(自信低下)。こうしてどんどん決断が難しくなる一方で、現状を続ける苦しさも時間とともに限界に近づいていく。

誰かが決めてくれるわけでもない状態だと、こんな大ごとを一人で決断するのが怖くなる。そうなると、次は「動かないことへの理由探し」をするようになります。

ここまでがんばったんだから、とか、ここまで続けたものをやめるのはもったいない、という考えが強くなります。そして、動かない状態が固定化するのです。

このように、「エネルギーの低下」「自信の低下」「不安の拡大」という3要素が、まさに三つどもえになり、時間とともに雪だるまのように拡大していくのが「やめる・やめない問題」なのです。

その人が悩んでいることは、周囲から見れば、軽く「やめればいいじゃん」ですむようなことかもしれません。やめたほうが絶対に楽だ、あなたなら次の道も見つかる、何より、今、すごく苦しそうじゃないか、と周囲は繰り返しあなたを説得するかもしれません。

しかし、現場にいる本人には、まったく違う景色が見えているのです。エネルギーが低下し、自信もなくなり、不安でいっぱいの人は、ブラック企業であっても、そこを途中でやめることが「死んでしまう」くらい怖い。だから、やめられません。

やめられない人の苦しさの本質がおわかりいただけたでしょうか。

「今はそれほど悩んでいない」という人もいるでしょう。しかし、苦しさをごまかし、疲労をため、課題を持ち越していくと、いくら精神的にタフな人でも葛藤が大きくなり、「やめる・やめない問題」が人生の大問題に肥大していく可能性が大きい。

焦って結論を出す必要はありません。「やめる・やめない問題」は雑に決めるべきではない。これまでの道をしっかりと振り返り、計画を立てて、徐々に徐々にプロセスを進めていくべき課題であることを、まずは頭に叩き込んでください。

 

PROFILE
下園壮太

1959年鹿児島県生まれ。メンタルレスキュー協会理事長。防衛大学校を卒業後、陸上自衛隊入隊。初の心理幹部として多くのカウンセリングを手掛ける。その後、自衛隊の衛生科隊員(医師、看護師、救急救命士等)やレンジャー隊員等に、メンタルケア、自殺予防、コンバットストレス(惨事ストレス)コントロールの指導、教育を行う。2015年8月に定年退官。現在は講演や研修、著作活動を通して独自のカウンセリング技術の普及に努めている。

自衛隊メンタル教官が教える心をリセットする技術

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