作家・僧侶・保護司
人を認め、最善の道に導くのが真のリーダー
リーダーの一言で人生が変わることがある。励ますか、認めるか、慰めるか、あるいは寄り添うか。琴線に触れれば奮起し、懐疑すれば心はすぐに離れてしまう。上から目線であってはならない。
相手の人格を認め、相手にとって最善の道に導く――これが真のリーダーなのだ。
そのためには、リーダーに対する
だが何より大切なことは、自分の思いをいかに言葉に託すことができるか。リーダーに問われる「メッセージ力」である。
何を考え、何をどうしようとしているのか。リーダーの仕事観や人生観、価値観は言葉になって初めて理解される。この人なら、という信頼も、この人について行きたいという感激も、この人のようなリーダーになりたいという願望もすべて、言葉が媒介する。
人間関係が会話で成り立つものである以上、自分の思いをどんな言葉に託せばいいのか、どういう伝え方をすればいいのか、それによって相手をどうしたいのか。励ますのか、慰めるのか、奮い立たせるのか――このことを真剣に考えるのは、リーダーたる者の責務でもあるのだ。
以下、それぞれの分野で名を成したリーダーの言葉を厳選して掲載する。顔を思い浮かべながら、彼らの言葉に耳を傾けていただきたい。
手柄をとるなどもってのほか。「譲る」器があるか
事は十中八九まで自らこれを行い
残り一、二を他に譲りて功をなさむべし。
――坂本龍馬(幕末志士)
下働きは部下、手柄は自分で、失敗したらすべて部下のせい。そんな上司が少なくない。部下は自分を支えるために存在する――そう思っているからだ。ここに勘違いがある。部下に支えられて自分があるのだ。
幕末の志士・龍馬は時代を超えて人気だ。その下で働いてみたいと思う理想のリーダーの一人だ。だが、何をなしたのか問われると答えに窮する。薩長同盟に奔走し、大政奉還への道筋をつけた。
龍馬の船中八策が「五箇条の御誓文」として新政府に受け継がれる。龍馬がいなければ明治維新は成らなかった。裏舞台で汗をかきながら功を譲る――ここに龍馬が人を惹きつける理由がある。
人間心理に通じた田中角栄は官僚に花を持たせた。角栄が発案し、根まわしをし、手柄は手足になって動いた官僚のものにした。だから官僚たちは心酔し、神輿として担ぎ、角栄は政界をのし上がっていく。
人間には自己顕示欲がある。手柄を自慢したい。称賛されたい。だが、自慢の一言によって部下の気持ちは離れていく。リーダーの器は、「手柄を譲る」にあるのだ。
特長を尊重するのが“テディ”のリーダー観
リーダーとボスの違いは何かと問われれば、リーダーの仕事は開かれているが、ボスの仕事は隠されている。
リーダーは導くが、ボスは強いる。
――セオドア・ローズベルト(アメリカ合衆国第26代大統領)
ローズベルト(ルーズベルト)は1901年――20世紀最初の年に大統領になった。カウボーイ的な男らしさと、強いリーダーシップ。19世紀から20世紀初頭にかけ、アメリカの発展に寄与する。軍人、作家、狩猟家、探検家、自然主義者としても知られる。
熊のぬいぐるみで人気のテディベアは、セオドアの愛称「Teddy(テディ)」に由来する。大統領に就任した翌年のことだ。熊狩りに出かけて瀕死の熊に遭遇。〝テディ〟はスポーツマンシップに反するとして撃たなかった。
このエピソードから「テディベア」が生まれる。ローズベルトはそういうリーダーだ。
リーダーは先頭に立つ。背を見せる。どこへ向かって何をしようとしているか、背後に続く部下たちにすべて見せる。だから部下たちは全幅の信頼を置く。これが「導く」だ。
しかしボスは違う。姿を見せないで、部下の背後から怒声を浴びせる。何をしようとしているのか意図を隠してしまう。部下は疑心に足をすくませ、組織は弱体化する。
誰しも
下を尊重すると同時に、組織のため、適材を適所に置いて使うということでもあるのだ。
人生を真摯に見つめたジョブズの想い
墓場で一番の金持ちになることは私には重要ではない。
夜眠るとき、我々は素晴らしいことをしたと言えること、それが重要だ。
――スティーブ・ジョブズ(アップル社共同創業者)
ジョブズは妥協を許さない。「できないはずがない。君ができないなら他の人間にさせるだけだ」――激しい叱責と、容赦のない人事異動。甘さは微塵もない。それでも部下の信望を集めた。2011年、56歳の若さで死去。彼のリーダーとしての魅力とは何だったのか。
アップルを巨大IT企業に育てたジョブズは一貫して、私たちはいかに生きるべきかを、ビジネスという場において熱く語り続けた。「お金が目当てで会社を始めて成功させた人は見たことがない。まず必要なのは、世界に自分のアイデアを広めたいという思いなのだ。それを実現するために会社を立ち上げるのだ」。
利潤追求を離れて会社は成立しない。それでもジョブズは、お金が目当てであってはならないと信念を説く。
「私は才能をバックアップする」「即戦力になるような人材なんて存在しない。だから育てるんだ」――この言葉に奮い立たない部下はいない。「毎朝、鏡の中の自分に問いかけてきた。〝もしも今日が人生最後の日だとしたら、今日やろうとしていることをやりたいと思うだろうか?〟と」。この言葉に誰もが胸を抉られるだろう。
ジョブズの言葉が琴線に触れるのは、人生を真摯に見つめた彼の生き方にある。「この人ならわかってくれる」――リーダーの魅力はこの信頼感なのだ。
体験からにじみ出たリーダーの言葉には重みがある
勇者とは怖れを知らない人間ではなく、
怖れを克服する人間のことなのだ。
――ネルソン・マンデラ(南アフリカ共和国元大統領)
仕事に、将来に、人間関係に、そして生きることに確信が持てなくなったとき、不安は懐疑に変わっていく。「このままの人生でいいのか」――自問は、恐怖の引き金になる。
マンデラは反アパルトヘイト(南アフリカ共和国の人種隔離政策)の闘士だ。国家反逆罪で終身刑を宣告され、過酷な重労働で胸と目をやられる。獄中で死を待つのだ。私たちなら絶望と恐怖で足が震える。これまでの生き方に後悔もするだろう。
だがマンデラは恐怖を認めた上で、これを克服する人間こそが「真の勇者」だと気づく。
獄中で勉強をはじめた。大学通信教育課程で学士号を取得し、体制側である白人との交渉に備えて語学も学んだ。死ぬまで獄中にいる身に交渉する日など来ないだろう。それでも絶望と怖れを克服する証として勉強を継続するのだった。
投獄から26年後、国際世論の高まりを受けて解放され、のちアパルトヘイトは撤廃される。ノーベル平和賞を受賞し、曲折をへて76歳で大統領に就任した。
怖れを克服するのは簡単ではない。だが、恐怖も希望も、
体験からにじみ出たリーダーの言葉には
1950年、広島県呉市生まれ。作家・僧侶(浄土真宗本願寺派)。拓殖大学卒業後、週刊誌記者などを経て現職に。保護司、日本空手道「昇空館」館長の顔も持つ。アウトローの世界から政治家、仏教まで、幅広いジャンルで人間社会を鋭くとらえた観察眼と切れ味のよい語り口には定評がある。