約束は二重構造。雑用ができない者に大きな仕事は来ない【佐藤優】

佐藤優

「約束を守ること」は仕事の基本ですが、最近はこれがないがしろにされているような雰囲気もあります。一方で、約束を厳格に守ろうとしすぎると、人間関係において弊害が出てくることも……。外交官として要人と渡り合ってきた佐藤優さんが、約束と信頼の関係について教えてくれます。

約束は二重構造になっている

外務省に勤務していたころの私は、けっしていい上司じゃなかったかもしれません。ウソをつくような部下や見込みがないと思った部下は、できる限り他の部署へ回しました。冷たいようですが、外交の仕事は非常に危険が伴います。

一人でも約束が守れないような人物がいると、チーム全体のパフォーマンスが一気に落ちる。不信感や疑心暗鬼がチームに広がると、仕事全体がダメになる可能性があるのです。とび職の人は高いところで上手に仕事ができない人とは組みたがりません。命がかかっているからそこはシビアです。

それと同じことが、やはりギリギリの判断が必要な現場では起きる。単にロシア語が未熟だとか、仕事に慣れていないというのなら教育するのは比較的楽です。しかしウソをつかないか、信用できるかという人間性の根本的な部分を矯正するのは大変です。とてもそんな時間的余裕はないというのが本音でした。

そういう部分を見分けるのは毎日の生活習慣や態度です。大きな仕事でどんな華々しい成果を上げるかということとは別に、毎日の小さなことに対して、いかにまじめに向き合っているか。ちょっとした約束事をきちんと守っているか。そういうところが重要です。

上司に頼まれた雑用をこなしていくことが評価になって、今度は大きな仕事を任される。小さな頼み事や約束をおろそかにしているうちは、大きな仕事を振られることはまずありません。

つまり、約束というのは二重構造になっています。小さな約束事があって、それらを包み込むように大きな約束事がある。小さな約束を守っていくうちに信用を獲得して、さらに大きな約束事ができるようになる。

実はこの構造を逆手にとっているのが詐欺師です。彼らはまず、小さな約束を守ることで相手を信用させます。たとえば最初にターゲットから1万円を借りる。1週間後に返すからという約束通り、1週間後に1万1000円にして返す。同じように、10万円を借りて1週間後11万円にして返す。

ターゲットは詐欺師を信用すると同時に、利子がついてくるので欲も出てきます。そこで、最後に100万円を貸してくれと頼む。お願いされた方は「10万円も利益が出るのか」と欲が出てしまう。そこで、借りたところで“ドロン”する。

小さなところで信用させておいて大きくダマすのが詐欺師の手口。逆に言えば、小さな信用、ささやかな信頼感がどれだけ人間関係に影響をおよぼすかということです。その心理を詐欺師は巧みに突いてきます。

言質をとらせない

約束を守る人間になる方法の一つは、できない約束をしないこと。仕事でも、いつまでに仕上げますと約束したものの、明らかに日程的に無理があることがあります。それで結局、期日に遅れてしまえば信用を失ってしまいます。

一方で、あまり守りに入ってしまうと自分の成長がストップする。約束を破らないことを優先するあまり、大変な仕事や面倒なことの約束を避けてしまうのです。行動全体が保守的になって、失敗しない、安全な選択しかしなくなります。

こうなると、やはり人生全体がつまらないものになってしまう。ときには自分ができるかどうかギリギリのラインで何かに挑戦する姿勢が必要です。筋トレと一緒で、毎回3%くらいの背伸びをして自分に負荷をかけないと、能力はどんどん縮んでしまいます。

できない約束をしないことと関連していますが、自分から話しすぎないということも大きなポイント。あえてすべてを話さないわけです。たとえばA社が複数社から見積もりをとったとします。A社の担当者が見積もりを出した会社の担当者に「今のところ御社が一番安い値段をつけている」と言ったとします。今のところ一番安いと言っただけで、契約するとは言っていません。ただし、聞いた相手はほとんど契約成立したものだと想像するかもしれない。

事実を述べる範囲を限定して、あとは相手が勝手に想像し判断するのを待つというテクニックです。あくまで状況証拠から相手が勝手に判断したという形をとります。こちらははっきり言ったわけではないので責任はない。もしかすると、その時点では一番安くても、あとからもっと安い見積もりを提示する会社が出てくるかもしれませんから。

外交の世界では、このように相手に判断させることで、こちらの責任を追及されないようにする言動が非常に多いです。特にロシアは、このような情報の流し方が上手でした。

すべてを話してしまうと、それが結果として約束を破ったことになる可能性もあります。軽率にいろいろなことを口にすると、思わぬ失敗をすることがあるのです。

低信頼社会は発展しない

近代以降の法治国家は、約束を守るということが大前提にあるわけです。それがあるからこそ、社会や経済が発展したといえます。約束をしても、あとで都合が悪くなったら無視して反故にしてしまえばいい。そういう社会では契約も人間関係自体も成り立ちません。それはもう何でもありの無法地帯で、とうてい社会とはいえない状況です。高度な経済活動や社会活動はできないし、発展どころか混迷、蒙昧の世界です。

ソビエトが崩壊してロシアに変わったころ、国全体がそんな空気になったことがあります。信用すべき基準や規範を失った民衆は、まず自分の利益を守り、それを最大化することに集中してしまう。すると、約束をしっかり守るという意識が希薄になります。

そうなると、もはやビジネスはできません。貸したお金は返ってこないし、話していることはみんな都合のいいウソばかり。こうなったら契約は成立しません。書面を交わしても、それが履行されるかはわからないわけですから。

社会にこのような不信感が広がると、経済活動も社会活動も非常にやりにくくなる。こういう国には外国からの投資も企業進出も進まないので、経済的にますます遅れていく。

社会が成長し資本主義がしっかり根づくには、お互いの信頼感、信頼関係が一番重要です。そこからすべてが生まれる。私たちのこの高度に発達した消費社会も、元を正せば信頼と信用という非常にプリミティブな人間関係の真理に裏打ちされているのです。約束を守るということは、社会と経済の基礎でもあることを心にとめておきましょう。

約束を超えた信頼関係を築く

約束を守ることは大切ですが、だからといって日本も欧米型の契約社会になればいいとは思っていません。契約書がなくても約束がしっかり履行される関係、社会であることが望ましいのですが、やはり日本も欧米並みの訴訟社会になりつつあるのか、一昔前よりは契約書を書くことが求められるようになりました。

契約書を交わすことでしっかり約束を確認することも必要だとは思いますが、同時に、人とのつながりにおいてはどこか大まかな部分があってもいい。日本人や日本社会の約束を守る民度の高さは、まだまだ誇れるものがあるのです。

たとえば日本には商店街があって、そこには昔から地域に根づいたお店がたくさんありました。電器店も必ず地域に一つはあったものです。家電が故障したら飛んできて直してくれる。ときには無料で、しかも保証期間など関係なし。

一方で、次に買うときも近所の電器屋さんで買うという暗黙の了解がある。契約書を交わすわけではありませんが、信頼をベースにしたつき合いになります。それが面倒だと感じさえしなければ、利用者にとっては地域の電器店の方が重宝することが多いはずです。

残念なことに、最近は地方でも量販店の勢いが強く、そのような地域に根差したお店が少なくなっています。量販店では商品は多少安くなるかもしれませんが、アフターフォローという点でフレキシブルな対応は望めません。保証期限もきっちりと守らなければならない。

欧米的な契約というのは、短期的な視点での利益を考えるうえでは合理的だと思います。ただし同じ地域に20年、30年住んでその地域で暮らすという長いスパンで考えると、商店街の電器店のような緩くてフレキシブルな関係の方が、結局はお互いに得をするということもあります。

日本人はそのような地域社会、コミュニティを上手につくってきました。一見、約束事があいまいに見えますが、そのあいまいさこそ高度な約束の形です。

なんでも書面にきっちり表すのが必ずしもいいのではない。どこかぼやかす余裕が、実は長く関係を続けるうえでは必要になります。欧米型の契約社会になりつつある今こそ、“約束しないことのよさ”を再確認する必要があるのではないでしょうか。

 

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佐藤優

PROFILE
佐藤優

1960年東京都生まれ。85年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館勤務を経て、95年、同省国際情報局分析第一課主任分析官。2002年、背任及び偽計業務妨害容疑で逮捕。09年、背任及び偽計業務妨害の有罪確定で外務省を失職。13年、執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失う。捜査の内幕を描いた『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)が05年に出版されると大反響を呼ぶ。『自壊する帝国』(新潮社)で第38回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞

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