何が明暗を分けたのか?「パワハラで会社をやめた2人」のその後

ハラスメントに厳しい時代となったものの、「パワハラに悩んで退職を考えている」といった話は、いまだによく聞かれます。退職して少しでも楽になればいいのですが、必ずしもそうなるとは限りません。なぜ、同じような事例でも転職後に明暗がはっきり分かれるのか? 自衛隊初の「心理幹部」として多くのカウンセリングを行ってきた下園壮太さんに解説していただきました。

パワハラで会社をやめたAさん・Bさんの場合

AさんとBさんは30代前半の会社員で、勤務先は違えども、直属の上司から同じようなパワハラを受けていました。

上司は、事前に意見や状況を確認することなく、急に仕事を命じます。「すみません、今は、別件で手が塞がっているので、少し時期を後ろにしてもらえませんか」と言うと、「たいした売上も上げていないやつが、文句を言うなよな……」と周囲に聞こえるように嫌みを言います。

会議で難しい議案になると必ず指名し、「なんで黙ってるんだ?」と高圧的に責めます。同僚たちは、「マークされたね。でもいつかは終わるよ」と、遠巻きに見ています。

あるときには帰社しようとするところを呼び止められ、「おまえはこのチームのお荷物だ」と2時間、説教が続いたことも。

気にしないようにしよう、と思っていましたが、苦手意識が拡大し、上司の声がするたびに胃が痛むように。それから半年後、ついに会社に行けなくなってしまいました。うつっぽくなり、夜も眠れなくなり、辞表を提出することにしました。AさんもBさんも、新たな就職先を見つけました。

Aさんは、前の職場で有給休暇を消化し、失業保険をもらいながら体をしっかり休めました。新たな職場で、給料は下がったものの、「無理はしない」と自分に言い聞かせながら、仕事を覚えているところです。

自分は、ボロボロになる前にあの職場から離脱できてよかった、と思っています。前の職場で苦しみながらも数をこなした企画書作りを褒められたりすると、「あの苦労は、ムダなわけでもなかったな」と穏やかに振り返ることができています。

一方、Bさんは、やめたい、と思ったその日から「やめたら、なるべく日を置かずに新たな職場に行く」と必死に再就職先を探しました。キャリアの空白を避けたかったのです。実際に、退職した翌週から張り切って新しい職場に勤め始めました。

しかし、実は今でも対人恐怖を引きずっています。上司と接するときにも、何か自分の悪い部分が指摘されるのではないか、とビクビクしています。作った書類を何度確認してもミスが残っていそうで不安になる。そしていまだに、給料が下がったことを悔やみ、「過去を引きずる自分は負け犬だ」と自責感を強めています。

なぜAさんはポジティブな結果になったのか

同じようにストレスフルな経験をし、やめる決心をしたAさんとBさん。今の状況がこれほどまでに違うのは、どうしてでしょう。

Aさんはもともとの性格がポジティブで、Bさんはネガティブだから?

いいえ、そうではなく、たとえ同じ人でも、「やめる・やめない」で悩んだときの行動の仕方、とらえ方次第で、「やめる」を「殻を破る成長体験」(これをレジリエンスと呼びます)にできるか、「挫折」にしてしまうかという、目に見えない分かれ道があるのです。

ここに関わってくるのが、前回お話しした「エネルギーが減る」「自信がなくなる」「不安が大きくなる」という3つの要素です。

夜も眠れなくなるほど悩み、エネルギーが低下している状況であったのに、Bさんはすぐに再就職先で働きはじめ、疲労(エネルギーの損失)を充分にケアできていませんでした。

一方、Aさんは、自分が疲れていることを自覚し、休むことを重視しました。再就職のスタート時に、体を休めて、新たな環境にゆっくりとなじんでいこうと決めていたので、無理なく復活することができたのです。

Bさんが、休まず日を置かずに働きたかったのは、自信の低下によって不安が強くなっていたからです。再就職先が決まらない状態のまま宙ぶらりんでいるのは、プライドも許さなかった。そして、失った自信をすぐに取り戻したかった。

新しい職場で心機一転、一発逆転を狙ったものの、エネルギーが不足した状態ですから、意欲が上がらず、思考もネガティブなまま。うつ状態を引きずった状態ではパフォーマンスも発揮しにくく、「人は怖いものだ」「自分は弱い負け犬なんだ」という、うつ的な思考でとらえてしまうのです。

いつでも仕切り直しはできる

対処のコツを知らなかったがために、「経験」が後悔や挫折になってしまう、Bさんのような人はたくさんいます。

エネルギーも底をつき、自信をなくしているのに(だからこそ)、拡大する不安を打ち消すかのように一発逆転の行動を取る人がいます。今までの自分を何とか保っていきたいのです。

充分に考えずに退職したり、転職したり、起業を計画したり。資格の試験にチャレンジしたり、ハクをつけようと海外に武者修行に行く人もいます。あるいは、勢いで結婚したり離婚する人もいます。

しかし、大概の場合、エネルギーがすぐに尽きてしまい、準備も充分でないためにうまくいかず、見切り発車をした自分に対して後悔し、いっそう自信をなくしてしまうのです。当然、新しい物語も紡げません。

ただ、もしあなたが今挫折して、Bさんのように後悔ばかりしているとしても、対処のコツを学ぶことで、現時点から変わっていくことができます。どんなときでも遅くはない、ということも、私はよくクライアントにお伝えしています。

「自分は不幸だ」と思ってしまうとき、自分を責めてはいけない

一方、やめられないままで動けず、苦しんでいる人もいます。悩んでいるけれど、「やめる」行動までは起こしきれない状態です。

パワハラ上司、精神的・肉体的暴力を振るう配偶者など、ストレス源が常にそばにある環境にいるということは、常にネガティブな刺激を受け続けていることを意味します。相手に怒りをため、今日も嫌なことばかりだった、と不平不満がつきまとう。だんだん、被害者意識がふくらんでいきます。

「私は不幸だ」という物語を作り、周囲に愚痴は言うけれど、原因が取り除かれないのでいつまでたっても悩みは解決しません。

そこは割り切ってうまく気晴らしできる人もいます。環境に多少苦しさはあっても、文句を口に出してしまえば気がすむ、本人はたいして悩んでいない、というケースもあります。同じストレス源でも、人のエネルギーもとらえ方もまったく異なりますから、誰もがうつっぽくなるわけではありません。

しかし、不満が大きくなるとそれを抑え込もうとするエネルギーも相応なものが必要となるので、時間とともに知らないうちにエネルギーが削られていきます。状況を打開できずに不満を言っている自分に対して自己嫌悪し、自信が持てなくなる。

かといって環境を変えるという未来も、不安が強いので選択できない。苦しさが増して、イライラし、家庭内はもちろん、職場での人間関係も崩れてトラブルメーカーのようになってしまう人もいます。

そうなると「私は世界一不幸だ」という物語に発展していることもあります。

エネルギー、自信、不安の状態が悪化すれば、「やめる・やめない問題」はこじれ、さらにこの3つの要素が悪化します。逆に3要素のうち1つでも改善すれば、ほかの要素も改善する、つまり、3要素は相互関係にあるのです。

ならば、難題である「やめる・やめない問題」に取り組むためには、まずは体制作りが重要である、ということ。エネルギー、自信、不安の3要素をケアし、動けない自分を責めてさらに動けなくなる、という悪循環を止めましょう。

あなたが決断するときにも、その後行動するときにも、この3要素がどっしりしているほど、物事はうまく運ぶでしょう。この3要素が改善して、はじめて「新しい物語」が紡がれていくからです。

「新たな物語」を作ることで、人は回復していける

「やめる・やめない問題」で悩んでいると、「悩んでいるうちに目的を見失ってしまう」ことがあります。

人は、葛藤するうちに、だんだんその道を歩みはじめた当初の目的も、今向かおうとしている目的地もわからなくなってくるのです。言い換えるなら、「自分は何を大切にして、生きていきたいのか」といった物語が、まったく見えなくなる。

私は、その人の生きる目的となるような価値観を「物語」と呼んでいます。

例えば、うつ状態の人に対して医師は「うつ病ですね。休職が必要です」と診断名を告げ、薬を処方するかもしれません。それはそれで正しいことです。

しかし、心が弱っている人をサポートするときに充分な手法とは言えません。なぜなら、本人が医師の言葉を受け取ったときに感じている「私はうつになってしまったんだ、ダメになってしまったんだ」という気持ちに対して、何のサポートもできていないからです。

私は、カウンセラーとして心を扱うときに最も大事なのは、これまでの物語では「挫折」に当たる体験をし、自信を失ったクライアントの「新たな物語作り」をお手伝いすることだと思っています。

その物語は、クライアントに希望を与え、素直に受け入れられるものである必要があります。ですから、例えばうつの方に対しても、「あなたの心が弱いとか、壊れているとかではなく、ただ、がんばりすぎた結果、今、そういう症状が出ているだけですよ。休めば元通りになりますよ」とお伝えするのです。

すると、クライアントはいたずらに自分を責めずに「そうか、休んでみよう」と思うことができ、うつのときに最も必要な「休息」を取れるようになります。

「うつ状態は心の弱さが原因ではない。知らない間にがんばりすぎた結果の心身の消耗によって、うつの症状が出ているだけ。休めば元に戻れる」という新しい物語を作ることができると、人は休もうと思えるし、回復していける。その先も見通せるようになるのです。

 

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PROFILE
下園壮太

1959年鹿児島県生まれ。メンタルレスキュー協会理事長。防衛大学校を卒業後、陸上自衛隊入隊。初の心理幹部として多くのカウンセリングを手掛ける。その後、自衛隊の衛生科隊員(医師、看護師、救急救命士等)やレンジャー隊員等に、メンタルケア、自殺予防、コンバットストレス(惨事ストレス)コントロールの指導、教育を行う。2015年8月に定年退官。現在は講演や研修、著作活動を通して独自のカウンセリング技術の普及に努めている。

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