資本主義社会の本質は『わらしべ長者』が教えてくれる【佐藤優】

佐藤優

思わぬ収入があった、無駄使いをしてしまった、将来に備えて投資をした――。私たちは日々お金に感情を動かされながら生活していますが、そもそもお金とは何でしょう? お金が多くあれば幸せになれるのか、なくても精神的な豊かさがあればいいのか。お金と密接なつながりがある資本主義社会というシステムについて、昔話を例にして、マルクスの研究家でもある佐藤優さんに教えてもらいました。

“移動”によって付加価値が生まれた

野村総合研究所の調査によると、日本における金融資産1億円以上の富裕層は133万世帯(2019年時点)。全世帯数が5402万ですから、約2.5%という割合です。40軒に1軒ですから、意外に多いような気もします。

お金持ちになる人と、そうでない人の違いとは何でしょう。その点で参考になる昔話に『わらしべ長者』があります。主人公の貧乏な男が一本のわらから物々交換を始めて、みかん、反物、馬、最後はお屋敷になって、幸せになるという物語です。

お互いの自由意思に基づいて商品を交換することを等価交換と呼びますが、これによって富を蓄積するのが資本主義経済の基本。主人公は、まさに資本主義の原理にのっとって富を増やしていくのです。

しかし、等価交換というならなぜわらが最終的に屋敷に化けたのか。それは、相手がどうしても主人公の持っているものが欲しいという特殊な状況だったからだと考えられます。のどが渇いていてどうしても水分が欲しい状況だったから、みかんと反物を交換できた。引っ越しでどうしても馬が必要だったから、馬と屋敷を交換できたわけです。

そういう特殊な状況でなければ、そのような価値が非対称な交換はできなかったでしょう。わらしべ長者の話は、そういう特殊な状況の人物にたまたま出くわすという「幸運」が前提になっているのです。ここから、お金持ちになる人とそうでない人の違いは、結局「運」だと言うこともできます。

ただし、主人公は旅をしていたというのがひとつのポイント。外に出ていろいろな人に会うことで、幸運に出会う確率が高くなったわけです。

主人公が貧乏から何とか抜け出したいと観音様に願を懸けたところ、「初めに触ったものを大事に持って旅に出なさい」というお告げがありました。表に出ると石につまずいて転び、その拍子に手にしたのが一本のわらしべだったのです。

旅に出ていろいろな状況の人に出会い、交換を繰り返す。これにより財産を増やしていくわけですが、これはつまり近代以降の商業活動そのものです。商業活動もまた、商品を持って自ら移動し、移動先でそれを欲している人に利益を加えて売ることで成立します。

たとえば、みかんが自分の周囲でたくさんとれたとします。地元にはたくさんあるので需要はありませんが、みかんがとれない場所に移動すれば高く売ることができます。商業活動では、このように移動することで商品の価値を上げるという行為が不可欠なのです。

日本で突出したお金持ちは排除される

もうひとつ参考になるのが『貧乏神と福の神』という話。

あるところに貧乏な農民の夫婦がいたのですが、一生懸命仕事をしたおかげで、だんだん暮らしに余裕が出てきます。ある年の暮れには自宅で餅をつき、お酒が用意できるまでになります。

そんな大晦日の夜、押し入れからシクシクと泣く声がします。見ると、薄汚い小さなお爺さんが一人。実はこの家に住んでいた貧乏神で、「あんたらがあんまり働くので、この家を出ていかなければならない、代わりに明日から福の神がくる」と言うのです。人のいい夫婦は、最後の夜だと一緒に酒を飲んで餅を食べます。

年が明けて福の神がやってきたのですが、こいつが太っていて、また態度が悪い。貧乏神を蹴飛ばして、「まだいるのか。出ていけ」と乱暴を働く。するとその夫婦は怒って、福の神を追い出してしまうのです。

結局、福の神を追い出したことで夫婦が金持ちになることはなかったのですが、貧乏神と仲よく、細く長く幸せに暮らしたという話です。

この話と先ほどのわらしべ長者の話は対照的です。わらしべ長者が交換を通じた価値増殖に基づく資本主義の話だとするなら、こちらは単純再生産の農村経済の話。旅をすることでお金持ちになるのに対して、ずっと同じ土地で農民として細々と暮らす。一気に大きく富を増やすのではなく、細く長く生活するエコ経済です。

夫婦がせっかくのお金持ちになるチャンスを逃すのも象徴的です。農民は、地域で突出した金持ちになることを望みません。そうなると周囲のやっかみなどでギスギスして、仕事も生活もしづらくなる。それよりは周りに合わせて、いい関係を保ちながら、心地よく長く生活を送ったほうがいいと考えたのでしょう。

みなさんはどちらの話に共感するでしょうか? 一本のわらが屋敷になる。そんな夢があってもいいとは思いますが、現実の生活を考えたとき、私は貧乏神と生きる選択をした夫婦のほうにシンパシーを覚えます。

大富豪という存在は商業から生じるものなので、欧米や華僑、アラブの世界の人たちにそれが多く見られるのです。その点で、歴史的に農業国家、農耕民族の日本は突出した大富豪が育ちにくい風土だと言えます。だから私たち日本人は、わらしべ長者より福の神を追い出してしまった夫婦にシンパシーを感じやすいのかもしれません。

人間関係を迷いなく捨てられるか

大金持ち、富豪と呼ばれるようになるには、何かを捨てる覚悟が必要です。特に一代で一気に上り詰めるような人は、ときに貧乏時代の友人や人間関係を捨てなければなりません。お金持ちになったとたんに嫉妬やお金の貸し借りなどが出てきて、お互い貧乏だったころの気楽な関係は続かないものです。

逆に言えば、お金持ちになれる人は過去の人間関係をスパッと断ち、どんどん新たな関係を築く強さがあるような人です。貧乏神に情けなどかけず、新たに福の神と縁を結ぶような思い切った判断や行動がとれるかどうか。

おそらくビル・ゲイツにしても、ロックフェラー、カーネギーにしても、富豪と呼ばれる人たちは人生のどこかで必ずその選択をしているはずです。基本的に、お金持ちというのは友だちを必要としません。

資本家や大富豪は、人間関係を友情、親愛の観点からではなく、ビジネス上の観点からとらえます。経営者としてマネジメントをするために、冷徹に人を見極めなければならないからです。

マネジメントというと聞こえはいいですが、要は人をどうやって効率的に働かせて、そこから利益を出せるか。自分は働かずに人を働かせるわけですから、おのずと人を見る視点が決まってきます。すなわちこの人物は使えるか使えないか、稼げるか稼げないか。端的に言うなら、人に値札をつけるのが経営者の仕事なのです。

ですから、彼らがチャリティーや社会貢献という言葉を使うとき、必ずしも純粋な意味で言っているとは限りません。あくまでも社会からスポイルされないための方便として、なかば戦略的に使っていることが多いのです。

大富豪になるには、お金のためにいろいろなものを捨てる覚悟と冷徹な目が必要です。ときにはリスクをとって冒険したり、ずる賢く立ち回ったり……。富豪の伝記には、若いころ苦労した話や人を助けた美談などが出てきますが、おそらくそんなに美しい話ばかりではないはずです。だからこそ、彼らは伝記でいい話を残したがるのかもしれません。

光が強ければ、できる影もまた強くなります。ロックフェラーにしてもカーネギーにしても、彼らの人生が華やかであるほど、ダーティな部分、闇の部分も深いのでしょう。

これから必要な「お金」のとらえ方

資本主義が発達した今の世の中では、いろいろなものが商品化、サービス化されているため、お金があればほとんどのものが手に入ります。購買意欲をあおる商業主義やコマーシャリズムは、より巧妙な仕掛けを張りめぐらせています。

それだけに拝金主義やマネー万能主義が幅をきかせがちですが、だからこそ私たちは現実を直視し、お金に対するある種の「見切り」と「見極め」をする必要があるのです。

自分は資本家ではなく、労働力を売っている立場であるという「見極め」。だからこそ収入には限界があるという「見切り」。

この「見切り」と「見極め」は、諦めや絶望ではありません。むしろこれからのお金に対する向き合い方、つき合い方は、その見極めから始まります。その見極めがあるからこそ、お金とある程度の距離を保ちながら、いい関係を築くことができるのです。

人生の幸福度は、けっしてお金をたくさん持っているかどうかでは決まりません。お金がある人は、得てしてそれを自分の努力のたまものだと考え、自分の力とお金に頼る。お金に群がる人を見て人間不信に陥り、信用できるのはお金だけだと考えてしまう。それは、けっして幸せな生き方だとは言えないはずです。

中途半端にお金を持つより、家族や友だち、地域のつながりなど、強いコミュニティを持っているほうが、ずっと強いセーフティネットになります。

ある調査によると、人がホームレスになってしまう理由は、金や働く場があるかないかということより、身近に助けてくれる人や支えてくれる人がいなかった、つまり親密な人間関係が周辺になかったという原因の方が多いそうです。奥さんや子供、あるいは親友という密な人間関係がないために、フッとそちらの世界に行ってしまうのでしょう。

私たちはお金の大切さを知ると同時に、その限界も知らなければなりません。

年収数千万円も稼がなくても、いや、むしろそちらを目指さないからこそ、私たちは幸せを求めることができるともいえます。身の丈に合った稼ぎと生活で幸せを得るためのお金との向き合い方があるはずです。

そのためには、今のお金の本質や世の中のカラクリを知ると同時に、最低限、資本の論理に食い物にされたり、騙されたり借金返済に追われたりしないよう、マネー防衛学、マネー衛生学を知っておくべきです。

 

 

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佐藤優

PROFILE
佐藤優

1960年東京都生まれ。85年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館勤務を経て、95年、同省国際情報局分析第一課主任分析官。2002年、背任及び偽計業務妨害容疑で逮捕。09年、背任及び偽計業務妨害の有罪確定で外務省を失職。13年、執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失う。捜査の内幕を描いた『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)が05年に出版されると大反響を呼ぶ。『自壊する帝国』(新潮社)で第38回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞

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  • 作者:佐藤 優
  • 発売日: 2015/10/02
  • メディア: 新書