戦争は平等を実現する手段!? 大格差時代を生き抜くには【佐藤優】

佐藤優

コロナ禍で日々の暮らしにも困る人が増える一方、高級品の消費はそれほど落ち込んではいません。以前より格差が拡大してきていると感じている人も多いのではないでしょうか。作家でマルクスを長年研究している佐藤優氏は、資本主義では必然的に格差が拡大するものだと言います。格差のメカニズムについて説明してもらいました。

国家体制の違いで貯蓄率が変わる

少し前まで、日本人は貯蓄好きな国民とされてきました。ところが、今や貯蓄率で見ると日本は先進国の中で最低ランク。2017年の調査では、日本の貯蓄率は2.3%です。アメリカの6.7%、イギリスの4.2%、ドイツの9.9%、フランスの13.8%に比べてかなり低い数字になっています。

ちなみに1970年代は20%台、1980年代は10%台でした。バブル崩壊後の経済の低迷、非正規社員の拡大、少子高齢化などの影響が重なっているのでしょうが、これほど短期間にお金に対する向き合い方が変わった国というのも珍しいかもしれません。

お金に対する考え方や向き合い方というと、ラテン系の国は貯蓄率が低い、アングロサクソンは投資好きなどと、国民性や民族性に左右されるものと考えられがちです。しかし、その国がどういう体制なのか、どういう国家を目指しているかということの影響のほうが大きいのです。なかでも一番影響を与えるのは社会保障と税金です。

米国などは政府を極力小さくして税金を少なくし、その分自由な経済活動をすることに最大の価値を置いています。

そういう社会では競争と自己責任が前提で、社会保障や福祉にはそれほど頼れません。そうなると当然自分頼み、お金頼みになります。米国人のマインドは、自立して成功しお金を稼ぐこと、それを投資で増やすことを最も重視しています。

これとは逆に、社会保障を徹底的に充実させる代わりに税金が高いのが北欧の国々です。たとえば、スウェーデンでは一定以上の年収の人は所得税率50%、消費税率25%です。それでも、手厚い社会保障があるため国民が文句を言うことはありません。教育費は、誰がどんな大学や大学院に行こうが一切かからず、医療にかかる費用も原則無料。失業しても1年間は高額な失業保険が下ります。

高福祉社会では貧富の差が小さく、将来の不安が少ないので貯蓄性向は低くなります。また、家族との関係やコミュニティのつながりを重視するため出生率は高くなります。

面白いのは、スウェーデンの企業でもよく労働者を解雇しますが、高額な失業保険が下りるため、クビになった当の本人はそれほど気にしません。その間にじっくり別の会社を探すのです。

国民のお金に対する意識は、このように国家の体制、特に税金と社会保障のあり方に大きく関係しています。

3分の1もの家庭が「貯蓄ゼロ」

日本人の貯蓄額はいったいどれくらいでしょう。金融広報中央委員会の「家計の金融行動に関する世論調査」(2014年)によると、二人以上世帯における金融資産保有額の平均は1182万円(単身者世帯は774万円)となっています。そんなに貯蓄しているのかと驚かれるかもしれませんが、これはあくまで平均の数字。分布に偏りがあるデータに関しては、平均値が必ずしも全体の傾向を示さないのです。一人でも貯蓄額が突出していると、それに全体が引っ張られてしまうからです。

こういう場合は中央値を見るのが鉄則ですが、この調査の中央値は400万円。さらに、単身者世帯の中央値は74万円と極端に低くなっています。

大きな問題は、金融資産非保有世帯、つまり貯蓄ゼロの世帯が全体の3分の1も存在するという事実です。ぜいたくや浪費をして貯蓄できないというのではなく、おそらく子供の教育費などでお金がかかり、貯蓄をしたくてもできない状況なのでしょう。

米国の私立大学授業料は、学校によっては年間500万円もかかります。日本の場合、初年度の入学料、授業料合計の平均は国立大学が約82万円、公立大学が約94万円、私立大学文系が約115万円、私立大学理系が約150万円となっています。

すでに、大学の学費はここ20年で2倍というペースで上昇してきていますが、財務省などを中心に、国立大学の学費をさらに上げようとする動きも強くなっています。そのうち日本の学費も米国並みに高額になるかもしれません。そうなると、大学に行けるのは高額所得者層の子供に絞られるようになるでしょう。

3分の1の家庭で貯蓄ゼロになるほど家計に余裕がないのが現状ですが、できれば貯蓄は年収の2倍の金額を持っていたいところです。何かあったときでも、それで何とか2年間は生活できる。年収300万円なら健康保険や税金を引かれた手取りが約230万円だとして、460万円の貯蓄を目指しましょう。

支出を何とかやりくりして毎月2万円を浮かし、積み立て貯蓄をする。ボーナスなどで6万円をプラスして年間30万円貯蓄すれば、7年で210万円、15年で450万円になります。

何かあったとき、それでしばらくの間食いつなげるお金は絶対に必要です。突然のリストラにあっても、その間に次の職を探すことができます。

これから格差はますます広がる

3分の1の世帯が貯蓄ゼロでありながら、全世帯の貯蓄平均値が1000万円以上。これが何を意味するかというと、貯蓄ゼロの世帯がたくさんある一方で、とんでもないほど金融資産を増やしている世帯があることです。

まさに二極化が進んでいるのです。マンションや高級外車などの高額消費は衰えを見せないなか、家族を抱えた一般サラリーパーソンは、昼食がワンコインどころか一日の小遣いが500円。300円の牛丼に、コンビニの100円のドリップコーヒーという毎日です。この違いはどうして起こるのでしょうか。

かつてない量的緩和で物価を上昇させ、デフレ脱却を目指したアベノミクスですが、円安と株高は達成したものの、今のところ肝心の賃金上昇にはつながっていません。

近代経済学では、市中にお金を流せば物価が上がり、企業業績が上がっていずれは賃金に跳ね返ると考えられています。しかし、マルクスは「貨幣退蔵」という言葉で、それが簡単にいかないということを150年も前に指摘しています。

大量に刷られたお金はどこかでせき止められ、全体に行き渡らない。せき止めるのは誰かといえば、内部留保する企業や個人です。この滞留が起こるため、いくら貨幣量を増やしてもなかなか市中には浸透していきません。

また、余ったお金が投資に回される場合でも、株やFX、不動産投資など金融経済のほうに流れていき、実体経済になかなか向けられないという状況もあります。

日経平均株価は30年ぶりに3万円台を回復しましたが、株価が上がったことの恩恵を受けられる人は、いったいどれだけいるでしょうか。いくら一般投資家が増えたといっても、株をやっている人はほんの一部。株価上昇で利益を得ているのは、多くの株を保有している一部の資本家(機関投資家)や富裕層だけでしょう。

株価が上昇して景気がよくなれば会社も潤い、それが賃金に反映されることがあるかもしれません。しかしそのタイミングはかなりあとになるでしょうし、その恩恵がおよぶ範囲も限られたものです。

コンビニで昼食をすませる人とポルシェを買っていく人の二極に分化される背景には、このような事情があるわけです。

大多数の日本人はさほど賃金が上がった実感もなく、物価上昇だけは感じているという状況ではないでしょうか。新自由主義的な経済が進めば進むほど、この二極分化はより鮮明になっていくはずです。

格差縮小には戦争しかない⁉

『21世紀の資本』の著者であるトマ・ピケティ氏と対談した際、彼と私の立場の違いが明らかになりました。

ピケティ氏は過去200年の資本主義国家のビッグデータ分析によって、資本主義国家において格差は常に拡大するということを証明しています。資本主義が格差を拡大してきたことに関しては同じ意見ですが、彼の説が近代経済学の「分配論」に基づいているのに対して、私はマルクス資本論の「生産論」に基づいた解釈をしています。

生産によって得た利潤を資本家と労働者が分配する(できる)という大前提に立つのが「分配論」。格差が広がっているのは、その分配がしっかりできていないからだというわけです。

それに対して「生産論」では、分配は資本家と地主の間、もしくは産業資本家と金融資本家の間でのみ行われるもので、最初から労働者は排除されている。労働者がどんなに一生懸命働こうが、それによっていくら利益を上げようが、賃金は最初から決められているとします。

つまり、資本主義経済における労働者は構造的に搾取されており、必然的に格差は広がっていくというわけです。

立場の違いはあれ、格差が広がっていることに議論の余地はありません。

ところが、その格差が縮小した期間がこれまで2回だけあるのです。それは第一次世界大戦期と第二次世界大戦期です。戦争には莫大なお金がかかります。近代の戦争は挙国一致の総力戦で臨まないと負けてしまうので、お金持ちからお金を奪取して軍備に回します。国家の緊急事態なので、お金持ちだけ例外的に優遇する余裕がなくなるわけです。

戦争によって格差が小さくなるというのは、何とも皮肉なことです。人類は平和の中で経済発展を維持しつつ、平等を実現するという課題をまだ達成していないのです。

現実には、経済の発展には戦争がつきまといます。たとえば、第一次世界大戦の敗戦国ドイツでは賠償金が払えずに激しいインフレが起こり、経済が逼迫したことでナチスが台頭する素地をつくってしまいました。それが第二次世界大戦の引き金になったわけです。

米国の場合、これまでニューディール政策によって世界大恐慌から脱したと考えられていましたが、実は第二次世界大戦にまつわる生産拡大で経済が回復したと見るのが現在の定説です。日本があれだけ早く戦後復興できたのも、朝鮮戦争の特需があったからなのです。

 

 

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佐藤優

PROFILE
佐藤優

1960年東京都生まれ。85年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館勤務を経て、95年、同省国際情報局分析第一課主任分析官。2002年、背任及び偽計業務妨害容疑で逮捕。09年、背任及び偽計業務妨害の有罪確定で外務省を失職。13年、執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失う。捜査の内幕を描いた『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)が05年に出版されると大反響を呼ぶ。『自壊する帝国』(新潮社)で第38回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞

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