「マスク生活の違和感」にもかかわる!? “ニューロセプション”の重要性

「これといった原因はわからないけれど、なんとなく○○」と感じた経験は誰しもあるでしょう。そうした感覚は「ニューロセプション」と名づけられており、マスク生活の“違和感”とも関わっているようです。ナチュラル心療内科院長の竹林直紀先生に解説していただきました。

イラストレーション・カヤヒロヤ

「なんとなく○○」は自律神経と深い関係がある

私たちは生活のなかで、「なんとなく不安」「なんだか緊張する」「イヤ〜な感じがする」という感覚になることがあります。

「理由はわからないけれど、なんとなく……」です。その感じから不安や緊張がさらにふくらみ、体調不良やメンタルの乱れにつながることさえあります。

専門的な話になりますが、人間はふだん「なんとなく」ではなく、はっきりとした「感覚器官」を通して自分の周りや身体のなかの状態を知ります。

たとえば、沸騰したやかんに触れたとき、「熱」という物理的な刺激があります。その刺激にもとづく感覚情報に脳が反応して「熱い」と判断します。

受け取った刺激に対する意味づけをおこなうまでの、この過程を「知覚」(パーセプション)といいます。

人は、「熱い」「冷たい」「重い」「軽い」「固い」「やわらかい」などの知覚をもとに、刺激をもたらすものが何であるか、それをどうするか、解釈したうえで(この過程を「認知」という)、行動を決めていきます。

一方、精神生理学者のステファン・ポージェス博士が提唱したポリヴェーガル理論(自律神経は大きく3種類に分けられるという考え方。過去記事参照)では、人間は「無意識レベルの反射」をしている、と考えます。

「自分の周りは安心・安全か」「危険はないか」「生命の危機はないか」を察知し、それぞれの状況にいちばん適した神経が反応する、という考え方です。

意識的な「知覚」とは異なり、無意識的な「察知」である、ということから、ポージェス博士はこれを「ニューロセプション」と表現しました。「neuro(=神経)」と「perception(=知覚)」を組み合わせた造語です。

注目すべきは、このニューロセプションは、五感のうち、おもに「視覚」と「聴覚」による情報から大きな影響を受ける、ということです。

マスク着用習慣がコミュニケーションにもたらしたこと

2020年のパンデミックが、人々に不安や緊張をもたらしたいちばん大きな理由は、感染症が目に見えないことでしょう。見えない相手や未知のものに対しては評価や判断のしようがないため、不安が増大してしまうのです。

感染症から身を守る手段として、日本では、早い段階からマスクの着用が推奨されました。日本ではもともとマスク着用の習慣がありますから、欧米と比べると、あまり抵抗なく受け入れる人が多かったように思います。

しかし、マスクをすると、近くにいる人の「声が聴きづらい」「表情が読みづらい」といったことが起こり、聴覚・視覚からの情報をさまたげます。

じつは、こうした違和感が、自律神経に少なからず影響をおよぼしたと考えられるのです。

子ネコや子イヌがじゃれ合いながら、ときどき動きを止めて互いの顔と顔を見合わせているのを見たことがあるでしょう。あれは、「じゃれ合っているけど、本気の攻撃じゃないよね」と、顔と顔を見合わせることで互いに確認しているのです。

小さな子ども同士が遊んでいるときなども、同じようなふるまいが見られます。

顔と顔を見合わせるとき、「安心・安全だ」と察知するのがニューロセプションです

警戒しながら相手と向き合うときは闘争モードに入っていますが、ニューロセプションが「安心・安全だ」と合図を送れば、緊張状態がゆるんで打ち解け合えます。

不安と緊張で満たされたコロナ禍の日常こそ、ニューロセプションの働きが大切でした。しかし、マスクという、たった布1枚の壁が神経系を乱し、ニューロセプションの働きを低下させ、不安や緊張を増幅させた可能性があるのです。

「苦手な声」は「近寄らないほうがいい」の合図

ニューロセプションと自律神経はどんな関係にあるのか、さらに詳しく見ていきましょう。

電話の声を聴いただけで、相手の調子がわかることがあります。ポリヴェーガル理論では、「安心・安全か」の判断に、とくに重要な役目を果たすのが「聴覚」であり、トーンや雰囲気を含む「声の韻律いんりつ」がニューロセプションに大きくかかわると考えます。

伝統的な子守唄は、「高周波」の歌声が多いそうです。高周波数の声とは、つまり女性の声ですから、子守唄のイメージとも重なりますね。

赤ちゃんや小さな子どもが、大人の男性を怖がることがありますが、あれは男性の「低周波」の声にニューロセプションが作動しているのだと考えられます。

大人であっても、苦手な声がある方もいます。「男性が喉の奥を鳴らすような低い声が苦手」「耳をつんざくような、女性の高い声が苦手」とか、「性別によらずとにかく大声で話されると、おびえてしまう」という人もいるでしょう。

このような声や話し方にかかわる好き嫌いは、ひとつには「本能的な反応」が考えられます。動物にとって、捕食動物の低いうなり声や、天敵の遠吠えを「危険信号」としてキャッチすることは、身を守る意味でとても重要です。

原始から、低周波の地響きや物音、エネルギーの強い音に対して敏感であるよう、本能として身体に備わっているのです。

もうひとつ考えられるのは、「経験のなかで獲得された反応」です。子どもの頃の怖かった体験を思い出させる音や、苦手だった人の声の周波数の一部と一致する人が現れると、脳が「危険」を察知します。

人と人が初対面で接する場合、相手が危険でないかを判断しながら、ちょっとずつ物理的な距離を縮めていきます。近づくにつれ相手の顔が見えてきますが、かなり接近しないと表情は読み取れませんね。

表情筋の動きで相手の情報が得られると、双方に(あるいはどちらかに)、安心感から笑顔が生まれます。さらに距離が縮まったら、挨拶や握手などの触れ合いで交流し、お互いが危険な存在でないことを確認できます。

このとき、声や話し方の聴覚情報が無意識下で処理されます。

それと同時に、「前にこういう雰囲気の話し方をする人に、とんでもない目に遭わされた」といった、これまでの経験の蓄積によるデータベース検索も、瞬時におこなっているのだと思われます。

もちろん、「この顔つきにはイヤな記憶がある」「こういう香水をつけた人にひどい目に遭わされた」といった聴覚以外の五感にかかわるデータ検索も、並行しておこなわれているでしょう。

「第六感」にもかかわるニューロセプションの働き

そうした作業は意識化されないため、「なんとなくイヤな感じ」を抱えて心がモヤモヤ、ザワザワしながらも、私たちは何かしらの行動をとります。

後で「なぜそうしなかったの?」「どうしてそっちを選んだの?」と尋ねられても自分でもよくわからない。「勘としか言いようがないけれど」という感じです。

ニューロセプションの働きには、五感に加え「第六感」(いわゆる「勘」)もかかわっていると考えられます。

第六感をつくり上げるベースは、五感を通じて体験してきた、過去のさまざまなできごと。「こういう状況ではこれまでこうしてきた」という記憶がもとになります。

そうした言語化できない感覚や、現代の科学では論理的に説明できない超心理学的な感覚も、ニューロセプションには含まれます。

視覚と聴覚では、視覚のほうが自分の意思で刺激を回避しやすいです。目を閉じる、顔をそむける、手で隠すなどして視覚を使わないことができます。

一方、聴覚は自分の意思とは無関係に、外から入り込みます。ですから、聴覚刺激で人はあっというまに不安や緊張状態に陥るわけですが、逆にいえば、「その声(音)がする方向に近寄ってはいけない」と身を守っているのです

ニューロセプションは無意識下でこうした作業をおこない、少なくとも神経系が解釈する「いちばん適応的な行動」をとれる状態に移行するために、働いています。

日常のなかでどれだけ五感を刺激できるか

ニューロセプションを支えているのは、五感をともなう体験です。

これまで見てきたもの、聴いたもの、触れたもの、香りをかいだもの、味わったもの、それらの感覚すべてがデータとして、私たちには蓄積されています。こうした五感データを使いながら、第六感も含めて、そのときどきの状況に適応したニューロセプションが働くのです。

まずはホリスティックケアの視点から、五感についてお話ししておきます。

「過去の経験」というデータストックがあっても、自分自身が五感とつながることができないと、ニューロセプションは作動しにくいでしょう。また、五感に新しいデータを入力したくても、自分自身が自然やこの世界そのものとつながれないと、難しいでしょう。

日常を送りながら五感を使っていくために必要なのが、「グラウンディング」と「センタリング」という、心と身体の状態です。

グラウンディング……地に足をつけること。過去でも未来でもなく「今ここ」に意識を向ける。エネルギーが高まり、自分に必要なものが引き寄せられる。

センタリング……自分の中心軸をもつこと。迷いがなくなり、周囲に振り回されなくなる。自分に不要なものが明らかになる。

常に意識をグラウンディング&センタリングすることで、五感のデータストックを増やしたり使ったりすることがスムースになります。

地に足をしっかりつけ、1本の木のようにすっと空に向かって伸び、自分の中心を意識します。身体を使って意識するのがベストですが、イメージするだけでもけっこうです。

五感のデータストックを増やしていく基本をお伝えしました。次に具体的な方法を紹介します。

【オリジナルのパワースポットをたくさんもつ】

日常のなかで手軽にリフレッシュでき、エネルギーチャージできる自分用の「パワースポット」を見つけましょう。職場の近くや通勤途中の駅、テレワークの方は自宅内や近所などで、ほっとできるお気に入りの場所を探してあらかじめ決めておき、午前中のストレスをリセット、帰宅前に再リセット、といったように活用します。

●自分用パワースポット探し(候補)

・カフェ、レストラン
・駅のベンチ
・コンビニなど店舗の店員さん
・池、川、海、橋、ボート
・職場や自宅の近所の公園
・職場の好きな場所(窓辺、屋上)
・街路樹の好きな木
・(テレワークの方は)自宅内で落ち着ける場所
など。

【耳の柔軟性を高めて聴覚を磨く】

ポリヴェーガル理論では、ニューロセプションと密接に関係した聴覚の働きを強調します。聴覚を鋭敏に保つには、中耳ちゅうじの「アブミ骨筋」という小さな筋肉の柔軟性を高めておくことが重要なのだそうです。

そこで効果的なのが、抑揚のあるメロディを聴くこと。抑揚のある韻律が刺激となり、アブミ骨筋をゆるめたり緊張させたりします。それによって、より柔軟に、周囲の状況の変化に適応できるようになるのです。

好きな音楽なら何でもよいのですが、インストゥルメンタルよりも人の歌声が入ったものがおすすめといわれます。

また、歌唱という行為は自分の声を聴くため、耳のアブミ骨筋がゆるみますし、声を出すために息を吸い、吐きます。呼吸が浅いと息が吸えず声が出ませんから、おのずと腹式呼吸のトレーニングにもなります。

・鼻歌

・CDに合わせて歌う

・車のなかで大音量で歌う

・気分転換のカラオケ

など、楽しみながら日常の習慣にしてみてください。

 

■おもな参考文献
ステファン・W・ポージェス『ポリヴェーガル理論入門:心身に変革をおこす「安全」と「絆」』花丘ちぐさ訳、春秋社、2018
津田真人『「ポリヴェーガル理論」を読む:からだ・こころ・社会』星和書店、2019
竹林直紀『薬にたよらない心療内科医の 自律神経がよろこぶセルフヒーリング』青春出版社、2015

 

PROFILE
竹林直紀

ナチュラル心療内科 院長。1957年生まれ。愛知医科大学卒業後、関西医科大学、九州大学で心身医学の研修をおこなう。98年から米国サンフランシスコ州立大学ホリスティック医療研究所に2年間留学し、薬を使わない最先端の医療を学ぶ。帰国後、関西医科大学心療内科でホリスティック医学、統合医療の研究をおこなう。
2005年、神戸・三宮にホリスティックな統合医療施設として「ナチュラル心療内科クリニック」を開院。2009年から、薬を使わない自由診療の統合医療クリニックに。2019年12月から「ナチュラル心療内科」と名称を変更して新大阪駅前に移転。バイオフィードバック、マインドフルネス瞑想、分子栄養療法、臨床アロマセラピーなどによる統合医療を実践している。
著書に『薬にたよらない心療内科医の 自律神経がよろこぶセルフヒーリング』(小社刊)など。 

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