99歳の寂聴さんが、これからを生きる女性に「大切にしてほしい」こと

寂聴さんと瀬尾さん

「女に生まれたということは、私たちが選んだことではありません。女に生まれる前に私たちは人間であるということを忘れてはいないでしょうか。母である前に人間であるということを忘れてはいないでしょうか」。女として、自分をどう生ききるかを説いた1968年刊行のベストセラー『愛の倫理』。その新装復刊を記念して、100歳を目前に控える著者の瀬戸内寂聴さんと、66歳年下の秘書である瀬尾まなほさんに、当時と比べた現代女性の置かれた状況などについて語っていただきました。

愛について正面から書きたかった

瀬尾 この『愛の倫理』というタイトルは、先生が「つけたい」と、こだわったそうなんですけど、すごくインパクトのあるタイトルです。どんな思いを込められたんですか?

瀬戸内 今だったらね、かたすぎて売れないと思います。「愛について」とかにしたほうがよかったんじゃない(笑)。

瀬尾 (笑)。でも、そのときはなぜそのタイトルに……?

瀬戸内 この本では、愛についてまともに書きたかったんじゃないかしら。やっぱり、45歳のときで血が若いから、一生懸命書いてるなって思いますよ。

 今、私は、生涯を無傷で、平穏無事にすごす人妻のような生涯を、負けおしみからでなく、決して羨ましいとは思わない。今も尚、まだつづいている私自身の人生のぬかるみに、足を汚し、足をすくわれながら、私は「生きる」ということは、愛するために悩むことではないかと考えるようになっている。

 人間は無関係なもののためには悩まないし、腹も立てない。あらゆる錯覚をはぎとったうえで、夫を、恋人を、友人を愛し始めるときから、人は本当の生きる苦しみを味わうだろう。幸福とは、その苦しみに裏打ちされた傷だらけの愛を、自分の孤独の中にしっかり握りしめることではないだろうか。

(112~113ページを一部改変)

倫理観も時代と共に変化する

瀬尾 この本で、当時の男性が思い描く「理想の家庭的女性」という項目を読んだとき、正直驚きました。

理想の家庭的女性

1 ヒステリックでないこと
2 料理がうまいこと
3 素直であり、信じる能力を持つこと
4 理性的であるより感情的であること
5 掃除上手であること
6 批判精神があってはならぬ
7 視野はせまくなくてはならぬ
8 引っ込み思案でなければならぬ
9 セックスの要求の薄いこと
10 山内一豊の妻の精神を受けついでいなければならない

(17~25ページから抜粋)

「料理が上手い」とか、「掃除ができる」とかは今でも共通だと思いますが、「批判精神があってはいけない」「引っ込み思案でなければならない」「視野がせまくなくてはならない」なんて、人格にまで立ち入ってくる圧力のようなものをすごく感じました。

瀬戸内 やっぱり、当時は男性主義だからね。

瀬尾 女性は家庭という鳥かごの中にいて、夫の気に入るようにしなければいけない。当時はそんな考え方がすごく強かったんですね。

瀬戸内 だけど、それまでの女はなんだかんだ言いながら男に養われて、男が家族を養うものだって受け入れてたでしょ。家庭では男が力を持つものだって、決めてた。

瀬尾 たしかに、もし自分がその当時生きていたら……。みんなが白い靴下をはいていたら、きっとそれが当たり前のように自分も白い靴下を履くだろうし、当時の倫理観についても「そうであるべき」って自分も受け入れてたかもしれない。むしろ、それができている自分がすごい、ちゃんとしているっていう風に。そう思わざるを得ない環境だったのかな、っていう気持ちもあります。

瀬戸内 そりゃそうよ。戦前には姦通罪なんていう法律もあったんだから。だけど、今はそんなもの考えられないじゃない。そういうふうに、時代に合わせて道徳も変わっていくものよ。

※日本の刑法183条で定められていた法律。結婚している女性が夫以外の男性と性的関係を結ぶことを罰する内容で、姦通した女性と夫以外の男性が処罰された。日本国憲法制定直後の1947年に廃止。

現代の女性はもっと自由に動いていい

瀬尾 この本に、「生きて闘うことが人生」という言葉が出てきます。

 生きて闘うこと。それが人生だと思います。

 私の女学校の友人に、終戦後から二十年の間に四度結婚した人がいます。世間はよくも性こりもなくと嘲った時期がありましたが、四度めの結婚をして、四度めにようやくめぐりあった性のあう、そして真剣に一緒に暮すことに情熱を示す現在のご主人を得た後の幸福な彼女の毎日を見て、今では誰も笑う人はいなくなりました。

 自分が幸福になることに、あくまで貪欲だったその友人を私も尊敬します。

(162ページ)

瀬戸内 何をするにも女は闘わなければいけなかった。だから、私はすべてと闘っていたわね。

瀬尾 先生は現代の女性を見て、どのように感じていますか。

瀬戸内 私が百年近く生きてきて感じることは、ひと昔前の世代と比べたらね、もう今はほんとに女性が自由になりました。もう考えられないくらい、今の女性は自由です。よかったと思います。

瀬尾 でも自由になったらなったで、今度は「自分がどう生きればいいのかわからない」という女性が多いようです。先生からすると、「せっかく自由なのになんで?」というもどかしさを感じますか?

瀬戸内 自分の生きたいように生きられないないのはどうして? やっぱり経済的なことかしら?

瀬尾 そういうこともあったり、将来に希望が持てなかったり、ただただ不安だったり……。

瀬戸内 そう感じるのはね、いまの若い人たちが、本当に自分の自由さを認識していないから。なんでも自分の思うことをやったらいいのに。やる前に「もしかしたら、誰かになにか言われるんじゃないかしら」っておびえるんでしょうね。過去の倫理にひっぱられているからで、それは古臭いです。今の若い人たちはね、自分の思うことをどんどんしていけばいいと思います。

女性が本当に男性と対等なるには

瀬尾 また、女性が自我に目覚めることの大切さについても伝えてくれます。

 私は、理想としては女はあくまで自我をもって確立し、何よりも自立出来る経済的力を養い、実際に、経済的独立をすることこそが、結婚をするより重大な、意義のあることだと考えているし、世の中はどうしたってそういう方向にむいていくと信じている。

 けれども一方、まだ今の日本の社会情勢の中では、女が自立し、女が自活していくことが、どんなに辛い道であり、淋しい道であるかということも識っている。

 女は頼りになる男を愛し、その男の庇護の許に、精神的にも経済的にもまかせきって暮すのが一番楽な生き方であるし、女の幸福というのはそういう生き方だろうと考えている。けれども自分の半生をふりかえってみる時、私は私の思うような女の幸福、安穏な生き方から、次第に外れてくるにつれ、強固でゆるぎのない女の友情に恵まれて、摑みとってきたようにも思うのはどういうことだろうか。

(227ページ)

瀬戸内 いつの時代も、自我を持たなければ人を愛することなんてできません。自我っていうのは、自分を認識すること。自我がないまま男性と暮らしても、それは依存し従属しているだけ。自我があってこそ、人を愛することができるのね。

瀬尾 相手に依存して、自分のことをないがしろにするんじゃなく、自分自身の人生もしっかり生きるってことですね。

瀬戸内 夫に依存するような時代は、もう過ぎました。なぜかっていうと、夫に力がなくなったから。

瀬尾 ふふふ(笑)。

瀬戸内 だからね、昔は夫が妻や子供を養うのが当たり前だったけどね、今は養いきれないでしょ、力がなくて。それは時代が変わったから。女が男女同権を言えるようになってきたのも、女が経済的な力をつけてきたからだと思います。

瀬尾 そうなると、女も自分があってこそ、経済的に自分自身の足でしっかり立ってこそ、結婚をすべきなのでしょうか? 

瀬戸内 そんなこと言ったって、世の中まだそこまではいってないんじゃない。男が女を養うなんていうのは過去のことで、女も一緒に働いてやっていくのが当たり前、ってことにはなってる。けれどね、いざ結婚するときは、「果たしてこの人は家族を養えるか」ってことが、第一でしょ。

瀬尾 理屈のうえでは、まだ男性が養うって感じですよね。

瀬戸内 だから、やっぱり自分が一人前になって立ち上がらないと対等に戦えないじゃない、すべてと。昔は女を養えないのは頼りない男で、一人前に見られなかった。だけど今は、女の方が優れていたら、女が男を養ったってちっともかまわない。女に能力があればどんどんその能力を発揮して、男と対等に働く時代よね。

瀬尾 やっぱり思うように生きるには、女性も強くなければいけない。

瀬戸内 そりゃそうよ。男を頼りにするっていう、そういう時代は過ぎたわね。

まだまだ厳しい女性を取り巻く環境

瀬尾 外国では女性が政治家として活躍したり、大統領になったりするなかで、まだ日本ではそういう雰囲気はないですよね。

瀬戸内 そうそうそう。遅れてるね。だから、政治家から「女がいたら会議が長くなる」なんて言葉が出てくるのよね。

瀬尾 はい。

瀬戸内 やっぱり、男の根本にそういう差別があるんですよ。

瀬尾 先生は、女性として生きることの厳しさを知りながらも、女性としての自分を肯定して生きている印象があります。

瀬戸内 それは、女性として生まれたからしょうがない。

瀬尾 女性として生きるなかで、自分の「核」のように大事にしているものがあったら教えてください。

瀬戸内 そりゃあ、そんな格別なことだと思わないけど、私の中では男女は同権だから、「女だからこうして生きないと」みたいな気持ちは一切ない。それはずっと変わらないわね。

自由だからこその苦労がある

瀬尾 結婚、恋愛、仕事において、性のあり方は変化してきていると思います。最近は女だから、男だからってはっきり分けられないじゃないですか。男は女と結婚するとも、今はもう決めてない。これから女性のあり方がさらに多様化してくると、選択肢が増える分、迷うこともさらに増えるのではないでしょうか。

瀬戸内 そりゃそうでしょうね。たとえば女が女を愛するなんて、昔はとっても「考えられないこと」だった。でもこれからは、女同士で結婚したって、男同士で結婚したってかまわないという時代になりそうだものね。

瀬尾 そういう時代になっていくと、いろいろな生き方ができるようになるかもしれません。

瀬戸内 ただ子どもの問題があるわね。同性同士だと子どもができないから。それから一夫一婦っていうのがね、やっぱり崩れていくんじゃないかしら。

瀬尾 今までではあり得なかったようなことが、これからどんどん受け入れられていくんでしょうね。では最後に、これからの時代を生きる女性に向けて、先生から何かメッセージはありますか?

瀬戸内 時代とともに、恋愛のかたちもどんどん変わります。だから、今の時代に生きる若い人に「こうしなさい」とはいえないし、私自身が決まりをいろいろ破ってきたけど、私を見習えとは言えない。経験者として言いたいのは、決まりを破るには非常に大きな、想像以上の苦労があるってことかしらね。

瀬尾 それでも、やっぱり自分がしたいように突き進む、自分の思うように生きるっていうのは、女として生まれたからには、やってもいいと思いますか?

瀬戸内 思うように生きると、思うように生きなかった人に比べてね、たしかに苦労がある。でも、その苦労が怖くなければ、自分の思うように生きた方が後悔しない人生になる。それは間違いないと思いますよ。

寂聴さんと瀬尾さん

 

PROFILE
瀬戸内寂聴

1922年、徳島県生まれ。東京女子大学国語専攻部卒業。60年『田村俊子』で、田村俊子賞受賞、63年『夏の終り』で女流文学賞受賞。73年、中尊寺にて得度。92年『花に問え』で谷崎潤一郎賞、95年『白道』で芸術選奨文部大臣賞、2001年『場所』で野間文芸賞、2011年『風景』で泉鏡花文学賞を受賞。2006年に文化勲章受章。『現代語訳源氏物語』『奇縁まんだら』など著書多数。徳島県立文学書道館館長、宇治市源氏物語ミュージアム名誉館長。

愛の倫理

愛の倫理

  • 作者:瀬戸内 寂聴
  • 発売日: 2020/11/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)