生きる力がつく、幸福感がわく…「懐かしさ」を感じることの意外な効果

楽しかった出来事を「懐かしいなあ」と振り返っていたら、なぜか気分がすっきりしたという経験はないでしょうか? そのように過去を思い出すことは脳の健康につながるということが、じつは脳医学の研究でわかってきたのです。東北大学加齢医学研究所教授で医師の瀧靖之先生に、お話をうかがいました

「懐かしさ」が脳にいいことがわかってきた

私は、10代のころから過去を振り返り、昔を懐かしむことの好きな子でした。

10代の子にとっての「昔」というとおかしいかもしれませんが、高校生のころは祖父や祖母と遊んだ幼稚園時代を懐かしみ、大学生になって家を離れると、今度は生まれ育った家や、中学、高校時代の校舎、そしてそこで出会った人々のことを、折に触れて思い出していたのです。

もちろん、それがどういう効果をもたらすのかという意識があったわけではありません。しかし、大学受験のまっただなかのときや、医学部に入って大変なときなど、つらいときに昔を思い出して懐かしむことが多かったように記憶しています。

そして、「懐かしいなあ」という気持ちに満たされていくと、不思議なことにストレスが解消され、知らず知らずのうちに頭と心がスッキリして、勉強もはかどるようになるのです。

以前は、気にもとめなかった一種の習慣でしたが、脳医学者として多くの論文に目を通しているうちに、もしかすると、こうした「懐かしさ」の感情には、脳にとって何かしらの効果があるのではないかと思うようになってきました。

そこで、自分自身の体験や感覚をもとにして、さまざまな仮説を立てつつ、ほかの研究者の論文も調べながら長年考えてきました。そうして脳の研究を重ねるなかで、「懐かしさ」という感情が脳に対してどのようなよい効果をもたらすのかが、だんだんわかってきたのです。

過去を振り返ることで得られる、脳への4つの効果

これまでの研究によれば、過去を振り返って「懐かしさ」を感じることには、大きく分けて次の4つの効果があるとされています。

1.脳の健康を維持し、認知症の進行を抑える(介護への応用、将来の認知症リスク低減)
2.未来に向かって生きる力をつける(過去を振り返って人生を見つめ直すことが、未来へのプランニングになる)
3.ストレスを解消し、気分転換を助ける(メンタルヘルス)
4.幸福感が得られる(主観的幸福感)

それぞれについて、少し詳しく説明しましょう。

【効果1】脳の健康を維持し、認知症の進行を抑える

昔を懐かしむことは、実際に認知症の医療現場に「回想法」として取り入れられています。

回想法とは、昔を思い出させる写真や音楽、食べ物などを用い、それを見たり聞いたりした認知症の高齢者が回想をすると同時に、医師や看護師らがそれを受け入れることで、認知症の高齢者の心理的な安定や生きがいの創造をサポートする方法です。

現在では、認知症を発症した人だけでなく、軽度認知症患者に行われたり、うつ病患者や終末期医療の現場などでも使われています。

また、回想法の応用として、同年代の仲間たちが集まって昔のことを語ることで、脳を活性化して認知症のリスク低減に役立てるという試みもあります。

実際、さまざまな研究から、昔を懐かしむことで脳の健康を維持し、認知症の進行を抑える効果があることがわかっています。

さらにいえば、効果3で説明するように、昔を懐かしむことにはストレス解消の効果もあります。認知症の発症リスクとして、ストレスは大きな要素の1つとされています。これもまた、将来の認知症リスクを減らすことにつながります。

【効果2】未来に向かって生きる力をつける

過去を振り返ることは、後ろ向きの行為どころか、むしろ未来の自分のプランニングに関連していることが、解剖学的にも明らかになっています。

というのも、過去を振り返るときに使われる脳内のネットワークと、未来のプランニングをしているときに使われる脳内のネットワークは、かなり重複しているということがわかってきたのです。

具体的にいうと、過去の記憶を詳しく思い出そうとしているときには、脳のなかでも前頭葉ぜんとうよう側頭葉そくとうよう領域、後部帯状回こうぶたいじょうかいなどの領域がよく働きます。こうした領域は、未来に起きるであろう出来事や将来の自分の姿を想像するときに働く領域と共通しているのです。
このことから、過去を振り返るという行為は、同時に未来に向かって生きる力をつけるポジティブな行為ではないかと推測されるのです。

興味深い話があります。肉体的あるいは精神的なショックで、記憶喪失になったという話はよく耳にするでしょう。あるケースでは、事故によって脳の前頭葉や側頭葉を損傷してしまった人が、過去の記憶を思い出すことができなくなっただけでなく、未来の自分自身の姿を想像できなくなってしまったというのです。

不思議な話に聞こえるかもしれませんが、このこともまた、過去に対する回想は、未来をつくり上げることに深くかかわっていることを裏づけています。

【効果3】ストレスを解消し、気分転換を助ける

過去を振り返ることにストレス解消や気分転換の効果があることは、私自身の体験からも理解できました。
受験勉強に限りませんが、1時間、2時間と頭を酷使していると、だんだん集中力がなくなって、イライラしてきます。そんなとき、自分の頭のなかで昔のことをしばらく思い出すと、それが気分転換になって、「さあ、また再開しよう」という気分になるのです。

とくに私は、数学から歴史へ、英語から物理へというように、勉強する科目を切り換えるときに活用していました。今も、仕事の内容を別のことに切り換えるときに、昔のことを思い出しています。

脳医学的にいうと、ストレスがかかることで記憶をつかさどる脳の海馬かいばの神経新生(神経細胞が分化して増えること)が低下して、記憶力が落ちることが知られています。つまり、ストレスがかかった状態のままでは、いくら勉強しても記憶力が低下して、覚えるべきことが頭に入ってこないのです。

長時間、休まずに仕事を続けていると、だんだん能率が下がっていくのも同じような理屈だと考えられます。

そんなとき、「懐かしさ」の感情を利用してストレスを下げることができれば、気分転換ができて物事が頭に入りやすくなるわけです。

世の中には、記憶術をうたった本をよく見かけます。もちろん、そうした記憶のツールを否定する気は毛頭ありませんが、それ以前の段階として自分自身の感情やメンタルを整えることが先決だと私は思っています。いくら記憶術のテクニックを知っていても、ストレスがたまっていて脳の状態が低下していれば、思うように覚えることはできないのです。

まずは、自分を整えるというのが本質ではないでしょうか。

ストレスがかかって海馬の機能が落ちると、記憶力が低下するだけではありません。海馬の前に位置する扁桃体へんとうたいという器官の機能も落ちてしまいます。扁桃体は私たちの感情をつかさどる重要な器官です。

つまり、ストレスがたまると、記憶力が落ちるうえに感情が平坦化して、喜怒哀楽を表現する力が弱ってしまうわけです。これは、とくに高齢者にとって重大な問題であり、感情の起伏がなくなり認知症のリスクが高まってしまうので要注意です。

【効果4】幸福感が得られる

美しい風景を目にしたとき、おいしいものを食べたとき、かわいいペットを抱きしめたとき、私たちは「ああ、幸せ!」と感じます。

このように、自分自身が幸せだと感じる状態を、「主観的幸福感」と呼びます。私が昔を振り返って感じるのも、そうした幸福感です。

心理学では、「客観的幸福感」と「主観的幸福感」という区別があり、客観的幸福感というのは脳波や神経の状態などの生理学的な指標によって幸福度をとらえるものをいいます。それに対して、この主観的幸福感は文字通り、自分自身が「私は幸せだ!」と自ら感じている状態をさしています。

脳医学では、この主観的幸福感が高いほど、ストレスが解消されて脳が元気になるということを裏づける研究が数多く報告されています。

そうした研究の1つ、2019年、京都大学の佐藤わたる特定准教授と河内山こうちやま隆紀たかのり研究員らのチームによる調査では、成人51人の幸福度を質問用紙に記入してもらい、全員に対して脳の血流をfMRI(機能的磁気共鳴画像法)という装置で計測しました。

その結果、主観的幸福感が高いと感じている人ほど、ネガティブな状態のときに活発になる脳の領域が、あまり働いていないことがわかりました。同時に、ネガティブな状態のときに働く脳の領域と、感情の処理をする領域の結びつきが強いこともわかりました。

これは、主観的幸福感が高い人ほど、ネガティブな感情をコントロールする力が高いことを示しています。主観的幸福感が高いほど、面倒なことやつらいことが身にふりかかっても、それを乗り越える力を持ち、脳を元気にしていくことができるのです。

ものは記憶をよみがえらせる大切な手がかりになる

過去を懐かしむために大切なのは、無意識の記憶を意識下に戻すための「手がかり」です。それがないと、記憶の底に沈んでいるような何十年も前のことは、思い出そう、思い出そうとしても、そう簡単に思い出して懐かしむことはできません。

昔を思い出す手がかりとしては、同級生のひと言や昔の写真、懐かしいお菓子、プラモデル、本、料理の味や香りなど、形のあるものでもないものでも、どんなものでも懐かしさの感情が湧くきっかけになりえます。

心理学では、そうしたきっかけになる物事を、「キュー」と読んでいます。キューとは、英語できっかけや手がかりという意味。私たちは、キューとなる何かに触れることで、それにかかわる出来事や人物などの記憶がよみがえってくるのです。

例えば、昔の写真を見たときに、そこに写っているものを思い出すだけではありません。そのころに住んでいた家、よく食べていたもの、よく遊んでいた人、好きだった子など、さまざまなことを思い出すきっかけとなるわけです。

さらにそこから、学校の給食のこと、友だちと秘密基地をつくったことなどが、まさに芋づる式に思い出されて、限りなくノスタルジアの世界が広がっていきます。

懐かしさの感情で脳を元気にしたければ、ストレスがたまったと感じたらすぐ、懐かしさにひたることをおすすめします。

キューになるものは、昔のアルバム、古い町並みの写真集、旅行のお土産など、周囲にいくらでもあります。今では、ネットで古い写真をいくらでも探し出すことができますから、ノスタルジアを活用しやすい時代になったと思います。

また、外出しているときのために、スマホやパソコンに昔の写真を入れておいて、気分転換にすぐに見られるようにするのもいいかもしれません。

 

PROFILE

瀧靖之

東北大学加齢医学研究所教授。医師。医学博士。1970年生まれ。東北大学大学院医学系研究科博士課程修了。東北大学加齢医学研究所機能画像医学研究分野教授。東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター副センター長。MRI画像を用いたデータベースを作成し、脳の発達や加齢のメカニズムを明らかにする研究に従事。

回想脳 脳が健康でいられる大切な習慣

回想脳 脳が健康でいられる大切な習慣

  • 作者:瀧 靖之
  • 発売日: 2021/03/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)