菅政権が空虚なグリーン政策の前に本当にすべきこと【浜矩子】

子ども

菅義偉首相は「成長戦略の柱に経済と環境の好循環を掲げて、グリーン社会の実現に最大限注力してまいります」と所信表明で発言している。だが、何十年後の遠い目標について語る前に、もっと身近にすべきことがあるのではないか? 菅政権の政策を舌鋒鋭く“スカノミクス”と批判するエコノミストの浜矩子氏が、グリーン化政策の矛盾を指摘していく。

今は環境のために経済を調整すべき時だ

「我が国は、2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわ
ち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを、ここに宣言いたします」(所信表明)
「2035年までに、新車販売で電動車100%を実現いたします。(中略)CO2(二酸化炭素)吸収サイクルの早い森づくりを進めます」(施政方針)などと、各種の実に意欲的なグリーン化目標を掲げている。

そのこと自体には、特に文句をつける筋合いはない。地球温暖化防止は、トランプ前米国大統領が何と言おうと、待ったなしだ。しっかりした現状認識を持っている政策責任者なら、経済社会の「緑化」は、当然、意欲的に取り組まなければいけない喫緊の課題だ。

だが、このテーマへのスカノミクス的アプローチには、一つの大きな問題がある。それが、前記の通り、グリーン化への対応を「成長のための」取り組みとして位置づけている点である。この点において、奸佞首相は実に明確だ。まずは、次のように言っている。

「菅政権では、成長戦略の柱に経済と環境の好循環を掲げて、グリーン社会の実現に最大限注力してまいります」(所信表明)

「○○と○○の好循環」 という言い方は、 安倍政権のチームアホノミクスから受け継いだものだ。チームアホノミクスは、まず「成長と富の創出の好循環」を生み出すと宣言するところか らスタートを切った。

民主党政権下の「縮小均衡の分配政策」をかなぐり捨てて、拡張主義路線をひた走ろうというわけだった。ところが、これが少々受けが悪くなってきたとみるや、 「成長と分配の好循環」という言い方に切り替えた。「縮小均衡の分配政策」批判を展開していた者たちの変わり身のちゃっかり度にびっくりしたものである。

成長戦略になったグリーン化政策

そして、今度は「経済と環境の好循環」になった。この好循環論には、何とも強い違和感を覚える。なぜなら、今日の地球環境の危機は、地球経済の走り過ぎがもたらしたものだ。地球経済があまりにも多くのエネルギーを消費し、あまりにも多くの温暖化ガスを排出してきた。

だから、地球の調子が狂った。地球環境が耐えられる領域を超えて、地球経済が膨張してきた。 地球経済が地球をはみ出した。そのことが、厳しい異常気象の出現をもたらしている。これが、今日的現象の問題点だ。

それなのに、経済と環境の好循環という言い方をするとは、どういう神経か。今は、環境のために経済を調整しなければいけない時だ。ところが、「経済と環境の好循環」を何と、「成長戦略の柱に掲げ」るというのである。あくまでも、「成長戦略の柱」として、「グリーン社会の実現に最大限注力してまいります」なのである。

菅首相は、さらに次のように続けている。

「もはや、温暖化への対応は経済成長の制約ではありません。積極的に温暖化対策を行うことが、産業構造や経済社会の変革をもたらし、大きな成長につながるという発想の転換が必要です」所信表明)

これには、誠にたまげる。温暖化に歯止めをかけるために、いかにして、経済成長を無理なく制限するか。それが問われているのに、さらに一段と「大きな成長につながる」ことを目指して「積極的に温暖化対策を行う」のだという。気は確かかと思えてくる。

次のくだりもある。

「環境関連分野のデジタル化により、効率的、効果的にグリーン化を進めていきます。世界のグリーン産業をけん引し、経済と環境の好循環をつくり出してまいります」 (所信表明)

もう一つのご執心アイテムであるデジタル化も駆使し、「グリーン産業」に経済成長をけん引する役割を果たさせようとしている。「グリーン産業」には、地球環境の改善のために働いてもらわなければならないのである。成長けん引役を無理やりに担わされてはたまらない。

「成長につながるカーボンプライシングにも取り組んでまいります」(施政方針)というものある。成長につながらなければ、カーボンプライシングには関心無し、ということらしい。

さらには、次の通りだ。

「世界的な流れを力に、民間企業に眠る240兆円の現預金、更には3千兆円とも言われる海外の環境投資を呼び込みます。そのための金融市場の枠組みもつくります。グリーン成長戦略を実現することで、2050年には年額190兆円の経済効果と大きな雇用創出が見込まれます」(施政方針)

とうとう、「グリーン成長戦略」という言葉が飛び出してきた。これには軽いめまいを覚える。

確かに、新しい分野での新しい試みは、結果的に経済成長効果をもたらす面がある。だが、それはそれだ。予め成長効果を狙ってグリーン化を進めるというのは、いかにも本末転倒だ。むしろ、無理のあるグリーン化構想が成長効果をもたらしても、そのことで環境への負荷がかえって高まるという皮肉な展開がないのか、慎重に吟味を心がけるのが筋ではないのか。

いま本当に必要なのは分配政策

今の日本は、個人金融資産が1900兆円に達するという豊かさの極みに達している国だ。だが、今の日本はこの大いなる富の分かち合いが下手クソだ。こんなに豊かなのに、この豊かさのただ中にいながら、6人に1人の子どもがお腹一杯ご飯を食べられない状態で日々を生きているのである。「子どもの貧困対策」を政策が「社会全体」に丸投げしていて許されるはずがない。

人類がコロナの襲来を受けている今、その中で最も深刻な窮地に陥っているのが、経済社会的弱者たちだ。貧困世帯。長期失業者。非正規雇用者。障害者。様々な弱者たちが常にも増して苦しんでいる。この状況下で政策の最高責任者に就任したのであるから、彼らを救済するための施策に力の限り取り組んで然るべきだ。ところが権力の絶対化を目指す奸佞首相は、彼らに目を向けない。彼らに言及さえしない。

「豊かさの中の貧困と格差と弱者切り捨て」を是正するために必要なのが、分配政策だ。今の日本に必要なのは、成長のためのグリーン化でも、成長のためのガバナンス改革でもない。この大いなる豊かさの再分配だ。そのための税制改革や社会保障改革である。

ところが、 スカノミクスのショッピングリストのもう一つの不在項目が、まさしく、分配政策なのである。おどろくべきことに、奸佞首相の所信表明の中にも、施政方針の中 にも、 「分配」という言葉は登場しない。「いやいや」項目的な形でさえ、 出てこない。さすがは「自助ファースト」男だ。彼の辞書に「分配」の2文字は無い。

格差と貧困と弱者に目を向け、これらのテーマについて語るということは、おのずと公助を語ることにつながる。だから、スカノミクスはこれらについて見ざる言わざるを決め込む。だが、これはとうてい許されることではない。今の日本の経済社会の最大の問題は、「豊かさの中の貧困」であり、「豊かさの中の格差」であり、「豊かさの中の弱者切り捨て」だ。

 

PROFILE
浜矩子

1952年、東京都生まれ。一橋大学経済学部卒。三菱総合研究所初代英国駐在員事務所所長、同社政策・経済研究センター主席研究員などを経て、同志社大学大学院ビジネス研究科教授。エコノミスト。近著に『統合欧州の危うい「いま」』(詩想社新書)、『「共に生きる」ための経済学』(平凡社新書)、『「通貨」の正体』(集英社新書)などがある。