「はじめてなのに懐かしい」理由とは? 医師が解くノスタルジアの正体

今まで見たことがない風景や会ったことのない人に、なぜか懐かしさを感じたという経験は誰しも持っているでしょう。それは理屈で考えると不思議ですが、実際はどういうことなのでしょうか。脳の発達や加齢のメカニズムの研究に従事する医師の瀧靖之先生に、「懐かしさ」を感じることの正体とその効果について解説していただきました

なぜ「懐かしさ」を感じると、脳が元気になるのか

前回の記事で、「懐かしさ」を感じることには4つの効果があるとお伝えしました。

ではなぜ、「懐かしさ」を感じると、脳や体が元気になるのでしょうか。それには、神経伝達物質であるドーパミンが深くかかわっています。

ドーパミンは私たちに快感をもたらす物質で、脳幹の中脳にあるドーパミン神経から分泌されます。ドーパミン神経は、いわば私たちの意欲の源といってもよいでしょう。

ドーパミンは脳だけでなく運動機能にも影響を及ぼし、パーキンソン病患者はドーパミンが大幅に不足していることが知られています。また、高齢になるとドーパミンが不足しがちになっていきます。

このドーパミン神経が活性化されるきっかけになるのは、心理学でいう「報酬」です。ここでいう報酬は、お金に限りません。出世すること、成績がアップすること、試合に勝つこと、ほめられることなど、さまざまな夢や希望を含みます。

さて、興味深いことに、私たちが「懐かしさ」を感じると、中脳の黒質や腹側被蓋野という場所が活性化することが研究によってわかってきました。しかも、どちらも「報酬」に関係している領域なのです。

つまり、私たちは「懐かしい」と感じることで、心理学的な「報酬」を得ることができ、ドーパミン神経が活性化されて、ドーパミンが脳内に分泌されるのです。

そして、ドーパミンは快感をもたらすことに加え、運動機能にもいい影響を与えるために、私たちは「懐かしい」と感じることで、気分がよくなってストレスが解消され、元気になるわけです。

「懐かしさ」が目芽える2つのポイント

そもそも私たちは、何かを見たり聞いたりしたときに、なぜ「懐かしい」と感じるのでしょうか。懐かしいという感情が湧いてくるメカニズムを考えてみましょう。

結論からいうと、何かを「懐かしい」と感じるには、「ある物事に親しみを感じること」と「しばらくその物事から遠ざかること」という2つのポイントが必要になります。

「ある物事に親しみを感じること」の「ある物事」とは、流行歌、学校の校舎、お菓子、マンガ、友人などなど、ものでも人でも何でも構いません。とくに、人間は頻繁に接触すればするほど親しみを感じて、好きになっていくという傾向をもっています。

これを心理学で「単純接触効果」と呼んでいます。物事に何度も繰り返して触れることによって、その刺激に対する反応が脳内でスムーズに処理されるようになり、それが心地よさを生み、やがては好意に発展していくのが理由とされています。

流行歌を例にとってみましょう。テレビから流れてきた歌に対して、最初から「この歌はいい!」と感じることはそれほど多くないと思います。

むしろ、毎日毎日テレビや街角から流れてくるのを頻繁に耳にするうちに、なんだか親しみが湧いてきて好きになるというケースが多いのではないでしょうか。それが単純接触効果です。

そうした物事に対して「熟知性」をもっていれば、さらに親しみが増します。歌手や作詞作曲者を知っていたり、歌詞に出てくる場所が自分の知っているところであれば、ますます好きになる可能性が高まるはずです。音楽だけでなく、食べ物や風景や建物であっても、これは同じことです。

さて、「懐かしさ」を感じるには、「しばらくその物事から遠ざかること」が必要だといいました。つまり、そうして親しんだものから離れる、10年、20年という「空白期間」が必要となるのです。

当たり前のことですが、ずっと接触したままでは「懐かしい」という感情は湧いてきません。まったく接触がない空白期間を経て、久しぶりにその歌を聞いたときに、「懐かしい」という感情が湧き起こってくるのです。

記憶をきっかけにして、過去の自分とつながる

そして、ここが重要な点なのですが、「懐かしさ」を感じるときは、単にその歌に対して「ああ、昔はこの歌をよく聞いていたなあ」と感じるだけにはとどまりません。

同時に、その歌をよく聞いていた当時の自分のこと、家族や友人のこと、出来事、周囲の環境なども思い出されてきます。それが、「懐かしさ」という感情の大切なところであり、それがあるからこそ、脳に対してポジティブな効果がもたらされるのです。

例えば、私は今『ドラえもん』のマンガやアニメが懐かしくてたまらず、最近になって買い直したコミックスを読み返すことがあります。

もちろん話の内容はおもしろいのですが、さすがに子どものころのような、登場人物に自分を投影するような読み方をするわけではありません。

では、なぜ読むのかというと、幼いころに『ドラえもん』を読んだときの自分を思い出し、当時の家を思い出し、友人を思い出すのが楽しいからです。

「あのころ、学校にはあんな友だちがいたっけ」「本を持って祖父母の家に遊びに行ったなあ」「兄とこんな話をした」という個人的な思い出が湧いてきて、いい気持ちになるわけです。

これが「懐かしさ」の正体といってよいでしょう。

中年になった私は、『ドラえもん』のストーリー自体に夢中になるのではなく、『ドラえもん』を手がかりにして、当時の自分を取り巻く状況を思い出したくてコミックスを手にしているのです。

「はじめてなのに懐かしい」と感じる理由

「懐かしい」という感情は、もちろん個人的なものです。

自分自身が幼いときや若いときに見たり聞いたりしたものに、空白の時間をおいて再び触れたときに湧き起こる感情ですから、人によって差があるのは当然です。同じ風景を見ても懐かしく感じる人もいるでしょうし、そうでないと思う人もいるはずです。

ところが、以前テレビCMでこんなフレーズを聞いて、ちょっと不思議に感じたことがあります。

それは、「はじめてなのに懐かしい」というフレーズでした。

これは、よく考えてみると奇妙ではありませんか。かつて親しみを感じていたものに再会したから「懐かしい」と感じるのであって、はじめて見た風景やはじめて会った人を「懐かしい」と感じるのは、理屈の上からいえば矛盾しています。

そのCMに登場したのは昔ながらの町並みでした。そして、確かに私にとってはじめて見た風景だったのですが、確かに懐かしいのです!

いったい、どういうことなのでしょうか。

実は、何かを懐かしいと思う感情には、「個人的ノスタルジア」(個人的な懐かしさ)と「歴史的ノスタルジア」(歴史的な懐かしさ)の2種類があるのです。

「個人的ノスタルジア」というのは、文字通り、個人個人が感じるそれぞれの懐かしさです。それに対して、個人的ではない「歴史的ノスタルジア」とは、例えば、昔ながらの町並みや、レトロな車や電車などを見て懐かしく思う感情です。

個人的にその町に行ったことや、そうした車両を見たことがなくても、「昔を思い出して懐かしい」と感じるのが「歴史的ノスタルジア」の特徴です。

2005年に公開されて大ヒットした映画『ALWAYS 三丁目の夕日』は、まさに「歴史的ノスタルジア」満載の映画だったといってよいでしょう。

この映画の舞台となったのは、昭和30年代の東京です。もちろん、そのときに生まれていて、似たような町に住んでいた人にとっては、「個人的ノスタルジア」をもって映画を見たことでしょう。

しかし、その当時生まれていない人も含めて「懐かしい」と感じたのは、「歴史的ノスタルジア」のなせるわざです。いってみれば、集団が共有している懐かしさの感情といってもいいかもしれません。

なぜ、見たこともないものに懐かしさを感じるのかについては、いろいろな意見があります。1つには、知識として、「この商店街は昭和30年代の風景」「これは何十年も前にあったレトロなもの」といったことが頭に入っているので、あたかも自分で体験したように思ってしまうのでしょう。

もう1つには、例えば、見たこともない写真であっても、そのなかに自分がかつて目にしたことのある古い車、看板、ゴミ箱、消火栓などが写っているために、懐かしいと思うのかもしれません。

つまり、自分が過去に見聞きしたものと共通するものがあったときに、「はじめてなのに懐かしい」と思えるのでしょう。それが証拠に、江戸時代の風景画や幕末の町並みの写真を見ても、ほとんどの人は「古いなあ」とは思っても、「懐かしい」とは感じないでしょう。

それは、自分が過去に見聞きしたものと、ほとんど共通していないからだと考えられます。

テレビCMにも「懐かしさ」のしかけがある

「歴史的ノスタルジア」は、多くの人が共通して感じるものです。例えば、縁日で売られている飲料のラムネを見ると、思わず「懐かしい!」と声をあげてしまう人はいるでしょう。

60代、70代以上の人は昔の駄菓子屋を思い出して懐かしがるでしょうし、20代、30代の人は知識として昔のものだと知っていたり、古めかしいデザインの緑色の瓶やスポンと玉を落として栓を開ける様子を見て、レトロだと思うのかもしれません。

今も、お祭りや旅先でラムネを見かけることがありますが、あのデザインは昔と変わっていません。変わっていないことが、商品の大きな価値だからです。もし、ラムネが缶入りになったら、どれだけの人が買うでしょうか?

正直なところ、これだけ多種多様な飲み物がある現代において、ラムネは特別においしいわけでもなく、珍しい味というわけでもありません。それでも買いたくなるのは、あの瓶に誰もが懐かしさを感じるからにほかなりません。ノスタルジアがビジネスになっている1つの例といってよいでしょう。

テレビCMでは、よく昔のアニメの登場人物が出てきますが、商品やサービスのターゲットの年代にうまく合わせているのがわかります。

『鉄腕アトム』や『天才バカボン』の世代、『仮面ライダー』や『ガンダム』の世代、『ドラえもん』の世代、『ドラゴンボール』の世代など、ターゲットの世代の人々が懐かしいと感じる登場人物をうまく使っています。懐かしさをマーケティングに活用している典型的な例です。

このように、誰もが感じる懐かしさの感情をマーケティングに活かす方法は、「ノスタルジアマーケティング」と呼ばれています。

記憶はこうして脳に保存されている

ここで、物事を記憶したり、思い出したりするための脳の働きについて、簡単に説明しましょう。

私たちは、体験したり見聞きしたりしたことを、すべて脳に保存するわけではありません。何から何まで覚えていたら、精神的に混乱して大変なことになってしまうでしょう。

そこで、脳内にある海馬という器官が、必要な情報だけを選んで記憶として脳のなかに残します。その記憶のしかたは独特です。まず短期的に保存するための領域へ保存して、その後に、そのなかから重要と判断した記憶だけ、長期的に保存する領域へ保存し直すのです。

このとき、短い期間だけ保存される記憶を「短期記憶」といい、長期的に保存される記憶を「長期記憶」といいます。短期記憶はまもなく消去されてしまいますが、長期記憶は何年も脳に保存されます。

例えば、家族の誕生日や友人の名前、言葉の意味、スポーツ、自動車や自転車の運転、楽器演奏のように体で覚えた記憶は、長期記憶として保存されます。また、子どものころに家族で行った旅行、運動会や学芸会など、学校での印象的な出来事も、長期記憶として保存されているのです。

もっとも、私たちが大切な思い出の品を机の奥深くにしまっておくように、長期記憶も普段は脳の奥にしまわれています。そして、何かのきっかけで引き出しを開けたときに、思い出の品が次から次へと出てくるのと同じように、長期記憶として保存されている思い出も、何かのきっかけで次から次へとよみがえってきます。

同窓会に出席して、同級生から何十年も前の話を聞き、「ああ、そんなことがあったっけ!」と思い出した経験はないでしょうか。何十年も前に長期記憶として保存されたことが、久しぶりによみがえった瞬間です。

本人とすれば、記憶したことすら忘れていることが、何かの手がかり(この場合は友人の言葉)で思い出されることがあるのです。いわば、無意識の世界に沈んでいた記憶が、1つのきっかけによって意識下に戻されたといっていいかもしれません。

 

seishun.jp

 

PROFILE

瀧靖之

東北大学加齢医学研究所教授。医師。医学博士。1970年生まれ。東北大学大学院医学系研究科博士課程修了。東北大学加齢医学研究所機能画像医学研究分野教授。東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター副センター長。MRI画像を用いたデータベースを作成し、脳の発達や加齢のメカニズムを明らかにする研究に従事。

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