浪費がちな還暦世代は今の若者に“お金の価値観”を学べ【佐藤優】

佐藤優

60歳を超えたほとんどの人が直面させられるのが「収入減」。それなのにお金を気にせず使えたころの感覚を修正できず、いつの間にか目減りする貯蓄に恐怖を覚えたという人もいます。作家の佐藤優さんによると、そこで参考になるのが現在の若者たちのお金に対する価値観なのだとか。詳しく教えてもらいましょう。

還暦以降は“港に引き揚げてきた船”のイメージ

現在では、還暦を迎えたといってもまだまだ余力があり、「まだここから再スタートだ」と考えている人が多いかもしれません。

ただし、還暦からのスタートは、未知なる世界に飛び出していくような華々しいものではない。もはや、あえて新しい冒険をするような年齢ではありません。

人生を航海にたとえるなら、還暦とはすでに遠洋航海を終えて港に戻ってくるころでしょうか。嵐や荒波を乗り越え、母港に戻って錨いかりを下ろす。自分を安定させたうえで、その錨の遊びの範囲で残りの人生を充実させるのが還暦以降のイメージかもしれません。

その錨は何かといえば、自分がこれまで歩んできたなかで培った経験値や人生観のようなものでしょう。それがしっかり自分自身を固定してくれるからこそ、力を抜いて波間に漂うことができる。

自分なりの考え方、ものの見方、すなわち「哲学」が確立されているか? これがないと、せっかく港に戻ってきてもフワフワと波間を漂い、あらぬ方向に流されかねません。

漂うのではなくしっかり腰を落ち着ける。自分の行動範囲や興味、人間関係などをある程度限定したうえで、残りの人生を有意義なものにする。

もちろん、「自分は還暦をすぎても若いころと同じように挑戦と冒険の人生を送りたい」という人もいるでしょう。ただ、その場合はよほど余裕と馬力がないと難しい。

たとえば、船体が大きく燃料をたくさん積んでいる大型クルーズ船でなければ、日が暮れかけてから外洋を目指してはいけない。つまり、よほど腕に自信があり、人脈もお金もあるという人でなければ、60歳をすぎてからの起業などはやめておくべきです。

退職金という大きなお金を手にすると、新たな事業を始めたくなる気持ちも理解できます。ですが、体力も精神力も若いころに比べて劣るうえに、この厳しい環境で事業を成功させるには、かなりの才覚が求められます。

還暦から新たに事業を始めて成功する確率など、ほぼゼロに等しいと心得ておきましょう。

いい意味で背負った荷物を下ろし、肩の力を抜いて楽に生きる。還暦以降の人生を豊かにできるかどうかのポイントです。

「マイナスのミニマム化」が目標

特に新型コロナによって、その傾向に拍車がかかりました。帝国データバンクの調べによれば、2021年5月7日の時点で新型コロナ関連倒産件数は1413件。2020年度の実質GDPは前年比5.2%減となる見込み(第一生命経済研究所レポート、2020年12月8日号)です。

ワクチンができても変異種によって第4波、第5波と感染拡大が続いていく可能性もあります。倒産が増え、失業者が増えれば経済的な混乱が広がる可能性もあります。私自身、日本の経済と社会の状態は、あるときある閾値を超えたら一気に大崩れしかねないほどのダメージがたまっていると考えています。

先が見えないこの状況下では、新しいことに挑戦するのはあまりにリスクが高い。置かれた時代や年齢にふさわしい生き方というものがあります。この時代に還暦を迎えた人、あるいはこれから迎える人は、これまでの同世代以上に、守りに徹する必要があります。

具体的に言うなら、支出をできる限り少なくしマイナスをできる限り減らしていく。60歳以降はどうしても収入が減り、貯えを切り崩していかざるを得ません。手元のお金が増えないとしても、減るスピードを極力遅くすることはできます。

マイナスをなくすことが不可能だとすれば、その度合いを少なくするということに力点を置く。つまり「マイナスのミニマム化」です。それこそが現実的な生き方戦略だと言えるのではないでしょうか。少なくとも、そう考えるとずいぶん気持ちが楽になります。

若者世代の“生活保守主義”を見習う

参考にすべきは、今の若者世代のお金に対する態度です。もともとお金のない若い人を中心に、お金を使わず守りに徹する生活保守主義が広がっていました。それを象徴するのが『東京タラレバ娘 シーズン2』というマンガ。読者のみなさんにも、機会があったらぜひ読んでいただきたい。

主人公の廣田令菜は30歳のフリーター。短大は卒業したものの、就活で思うような会社が見つからずアルバイトでつないできた。現在は図書館でアルバイトをしていますが、贅沢をせず、お金をほとんど使いません。

まず外食をしない。コンビニのスイーツで満足して、家でネトフリ(ネットフリックス)三昧。月額1000円程度でさまざまな映画、ドラマ、アニメが見放題というこの定額動画配信サービスを大画面テレビで見られれば、それだけで幸せだと感じる。

多くを求めず、望まず、ちょっとしたことで満足して生活する。冒険はしない。主人公はまさに生活保守主義の典型的な生活を送っています。

今の20代も、おそらく多くの人が同じ感覚を持っているでしょう。働いていても贅沢はせず、家からお茶とお弁当を持参。外で買う場合も、コンビニでおにぎりと総菜とサラダで600円くらいまで。

一方、現在の60代の人が同じ20代、30代のころは、まさにバブル全盛。当時、私は外交官としてソ連の日本大使館に勤務していたため、直接経験はしていないのですが、現在ではまったく想像もできないような生活だったとか。

会社での昼食は外食が中心で、それも1000円は当たり前。ときには贅沢して1500円のランチも。その後も場所を変えてお茶をする。昼食に2000円使うのも珍しくなかったとか。洋服もデザイナーズ・ブランドや高級スーツで固めていたそうです。

30年たった今、これだけ世の中が変わってしまった。老後の生活が赤字だというデータを見ると、還暦前後の人たちには、かつてのバブルの感覚がどこかに残っている可能性もあります。

生活を楽しむことがゆとりと文化を育むことは間違いないのですが、60代の人
たちは今の若い人たちの生活保守主義に学ぶところが大いにあると考えます。

たまたま自分がいい時代に生まれただけなのかもしれない。「今の若い人たちは夢がない」「後ろ向きだ」などと批判する前に、若い人たちの現実感覚を評価する視点も持ち合わせるべきでしょう。

今回の新型コロナによって、生活保守主義こそがこれからの時代に適合した生存戦略だと、若者たちがいち早く感じとって選択したのです。

 

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佐藤優

PROFILE
佐藤優

1960年東京都生まれ。85年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館勤務を経て、95年、同省国際情報局分析第一課主任分析官。2002年、背任及び偽計業務妨害容疑で逮捕。09年、背任及び偽計業務妨害の有罪確定で外務省を失職。13年、執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失う。捜査の内幕を描いた『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)が05年に出版されると大反響を呼ぶ。『自壊する帝国』(新潮社)で第38回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞

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  • 作者:佐藤 優
  • 発売日: 2021/06/02
  • メディア: 新書