統治者のいない巨大都市「新宿」が再開発レースで主役に躍り出る日

「新宿」と聞いて、あなたはどんな景色を思い浮かべるだろうか。紀伊國屋書店、ビックロ、伊勢丹新宿本店と続く、新宿通りのショッピング街、新宿歌舞伎町の毒々しいネオン、超高層ビルが屹立する西新宿副都心などなど、「新宿」と聞いて頭に浮かぶ風景は想像する人の数だけあるに違いない。その多面性と多様性こそが、新宿という街の本質を明解に表しているのではないだろうか。丸の内や六本木、渋谷など近年開発が進む他の地域にくらべて新宿は長らく停滞してきたが、実は再開発の大きな動きが水面下で進んでいる。そうした新宿の最新事情について、都市政策の大家である市川宏雄氏が解説する。

なぜ新宿には統治者がいないのか?

都市政策専門家である私は、これまでニューヨーク、ロンドン、パリなど世界の主要都市を長年にわたって研究してきた。そこからいえるのは、都心部のさまざまな地域で大規模な再開発が同時多発的に行われている都市は東京以外にない、ということだ。

たとえばニューヨークでは、ハドソン川沿いにある鉄道の車両基地跡地のハドソン・ヤーズで2000年ごろから大規模な再開発事業が今も行われているが、これに匹敵する別の再開発事業となると、既存のビルの建て替えで超高層がさらに超高層になるというものばかりである。

それら世界の主要都市に比べ、東京ではなぜ複数の再開発プロジェクトが都心で同時に進められているのか。その理由のひとつとして考えられるのが、東京では複数のデベロッパーが群雄割拠していることだ。東京には優秀なデベロッパーが複数存在しており、かつ地域ごとにきっちり棲み分けができている。

たとえば、前述した大手町・丸の内・有楽町は明治時代から三菱地所の独壇場だった。発端は1890年(明治23年)、当時の三菱家当主・岩崎弥之助が明治政府から丸の内一帯の土地を買い取ったこと。

当時の明治政府は陸軍強化のための資金が足りず、政府が所有していた丸の内の原野を、岩崎弥之助に頼み込んで買い取ってもらったのだ。東京駅西側の広大な土地を破格の値段で手に入れた三菱家は、そこからこの地域での大規模開発に着手し、後に大丸有が発展する礎を築いた。

一方、日本橋は江戸時代から越後屋三井家の地盤、下世話な言葉でいえば〝縄張り〞だった。だから日本橋地区では今も、三井不動産がしっかり再開発の手綱を握っている。

渋谷はもちろん、東急グループのお膝元だ。東急電鉄・東急百貨店・東急不動産が渋谷駅周辺の土地をがっちり押さえており、かつ鉄道事業にも百貨店小売業にも精通しており、沿線開発でも実績がある。そのため、渋谷駅周辺の100年に一度の再開発においても主導的な役割を果たした。

六本木・虎ノ門エリアの主は森ビルである。森ビルは業界的にいえば新参者(1959年設立)だが、赤坂アークヒルズ(1986年開業)の開発でいち早く「複合施設」という概念を導入。

このアークヒルズでの経験を生かし、六本木ヒルズではオフィス・店舗・ホテル・住宅・文化施設・緑地空間をあたかも〝街〞のように一体的に開発することで、都心にいながら人間らしい職場環境と住環境を実現し、その後の再開発事業のモデルをつくった。「都心は働く場所、郊外は暮らす場所」という、それまでの日本人の固定観念に大きな風穴を開けた企業でもある。

それらに対して新宿はどうだろうか。一言でいえば、新宿には強力な統率者が不在なのだ。鉄道路線でいえばJR、小田急、京王、西武、東京メトロ、都営地下鉄と複数の会社が乗り入れているものの、全体を統括する企業が現れない。

駅周辺の地権関係でいえば、住友不動産がリーダーを務めてもよさそうなものなのだが、新宿で勢力を拡大させる気持ちも実際の行動もなかった。このように、全体を統括する者がいないために、新宿では面的に統一の取れた再開発事業がなかなか進んでいかないように見える。

その他の東京の主要都市に言及しておくと、池袋は西武グループと東武グループが強い街、品川はJRと京急グループが強い街、上野は京成グループが強い街、浅草は東武グループが強い街だといえる。ただし、それぞれの〝主〞が都市開発にどれほど前向きに取り組んでいるか、かつ、都市開発にどれだけ高度なノウハウを持っているかで、それぞれの街における再開発の成果は違ってくる。

新宿駅西口に高さ260mの超高層ツインタワーが出現

熾烈な再開発レースを展開している東京の各都市に比べると、新宿は近年開発が停滞し、残念ながら周回遅れになっている感が強い。1970年代から1980年代に至るまで、東京の都市開発は新宿がリードしてきたといっても過言ではないが、他の都市よりもはるかに先行しすぎた分、ここ数十年は小休止の状態が続いているように見える。

だが新宿には、他の都市とは比べようもないほど、きわめて大きなポテンシャルがある。新宿駅は世界最大のターミナル駅として、1日の乗降客数360万人という、とんでもなく巨大な人の群れを抱えているからだ。

このポテンシャルを活かすために、新宿駅を中心としたグランドターミナル構想が計画され、進行している。まず小田急電鉄と東京メトロが共同で、2020年9月に「都市再生特別地区(新宿駅西口地区)都市計画(素案)」を発表した。

この計画の目玉は、現在ある小田急百貨店と小田急電鉄新宿駅を取り壊し、そこに新たに超高層ビルを建設するというもの。ビルは地上48階、地下5階建てで高さは260m。東京都庁舎の243・4mを抜いて、新宿で一番背の高いビルになる。

小田急線新宿駅は地下1階につくり、改札は地上1階、2階と地下1階に。東京メトロ丸ノ内線との連絡口は地下2階に設置し、地下3階の駐車場には359台を収容。地下1階は東西自由通路、地上1階は交通広場で、地上2階に東西デッキと南北デッキを設け、全方位に自由に移動できる空間になる。なお、この小田急百貨店建て替えに合わせて、西口地下広場にはクルマが入れないようにして、完全に歩行者用になるという。

商業施設は2階〜12階に入り、9階〜14階には眺望のよいスカイコリドー(空中回廊)と呼ばれる滞留空間を設定。15階〜48階は業務スペースで、2階にビジネスマン向け情報発信機能、12階にビジネス創発機能を配置。ワークショップやプロモーションなど、エンドユーザーとサプライヤーが自由に共有できるスペースをつくるという。また、大地震などで帰宅困難者が多数発生する事態を想定し、地下1階に一時滞在施設と3日間の受け入れに備えた防災備蓄倉庫も設置されるという。

f:id:SOmaster:20210616184934j:plain

新宿西口は大規模な再開発で人の流れを重視した構造に生まれ変わる

この再開発事業の着工は2022年度、竣工は2029年度の予定。工事着工に備え、新宿駅西口地下のメトロ食堂街は2020年9月に閉館された。

さらに2020年7月、驚くべきニュースが発表された。新宿駅東口においても超高層ビルが建設されるという。JR新宿駅の駅ビルであるルミネエスト新宿が、西口で小田急と東京メトロが計画しているのと同じ高さ260mのビルに建て替えられるようだ。

つまり、新宿駅の東西に高さ260mのツインタワービルが出現するのである。竣工は2040年といわれ、詳細はまだまったく決まっていないと思われるが、西口の新しいビルの計画には入っていなかったハイクラスホテルがテナントとして入るという情報もある。

新宿駅をサンドイッチするように、駅の東西に巨大な超高層ビルが建設されれば、駅周辺の風景、アクセス、利便性が一変して、世界に誇るべきグランドターミナルが誕生する可能性もある。そのときこそ、きっと「新宿の逆襲」が始まるのだろう。

 

PROFILE
市川宏雄

明治大学名誉教授。東京の本郷に1947年に生まれ育つ。早稲田大学理工学部建築学科、同大学院修士課程、博士課程(都市計画)を経て、カナダ政府留学生として、カナダ都市計画の権威であるウォータールー大学大学院博士課程(都市地域計画)を修了(Ph.D.)。一級建築士でもある。ODAのシンクタンク(財)国際開発センターなどを経て、富士総合研究所(現、みずほ情報総研)主席研究員の後、現職。日本と東京のこれからについて語るために国内、海外で幅広く活動する他、東京の研究をライフワークとして30年以上にわたり継続している。『東京一極集中が日本を救う』(ディスカヴァー携書)、『東京2025ポスト五輪の都市戦略』(東洋経済新報社)、『山手線に新駅ができる本当の理由』(KADOKAWAメディアファクトリー新書)など著書多数。NHK「特報・首都圏」、日本テレビ系「スッキリ」、TBSテレビ系「ひるおび」、テレビ朝日系「羽鳥慎一モーニングショー」などテレビ出演多数。