還暦後の生き方は「港に引き揚げてきた船」のイメージ【佐藤優】

佐藤優

超高齢社会になった今の60歳は、江戸時代であれば40歳くらいの感覚かもしれません。だからといって、還暦をすぎてから仕事、生活、お金の面で“勝負”に出るのは非常に危険だと作家の佐藤優さんは指摘します。いったいどのような心構えで、私たちは還暦後の生活を実りあるものにすべきなのでしょうか?

50代までの生き方をシフトチェンジする

孤独感と不安感。この2つは、60代以降の人たちを襲う危険な心の落とし穴です。高齢になるほど、誰しもこの気持ちが強くなります。それは肉体的に衰え、社会的な役割が変化する世代の宿命でもあります。

ただし、この2つとしっかり向き合い、上手に自分をコントロールして第二の人生を楽しむ人もいます。反対に、この2つに押しつぶされてしまったり、あえて目を背けてエキセントリックな行動に走ってしまったりする人もいます。

なぜそうなるのか? 結局、意識と行動のシフトチェンジができずに、還暦以前までの生き方と価値観をそのまま引きずってしまうことが大きいのでしょう。

過去の自分がどんなに華々しく勢いがあったとしても、それはあくまでも過去の話。今の自分と自分が置かれた立場や環境をしっかり見すえる。そのうえで、過去とは違った価値観で、違った生き方をする必要があります。

これを言い換えるなら、「リセット」という言葉がふさわしい。それまでのものを一度リセットして、新たな気持ちと視点で人生を再スタートするのです。

私自身は、その価値観と人生の転換=リセットの時期がほかの人よりも早く来たという感覚があります。それはご存じの通り、2000年に背任と偽計業務妨害という容疑で逮捕され、512日間勾留されたあと、裁判で7年間争って外務省を失職したことが契機となりました。

それまでの外交官という職業を離れ、作家として第二のスタートを切ることになったとき、自分のなかで一度いろんなものをリセットしたのだと思います。リセットせざるを得ない状況でもありました。もし、それが上手くできていなかったら、わが身に降りかかった不遇や世の不条理をいつまでも嘆いたり、恨んだりして、負のスパイラルに陥っていたでしょう。そうなっていたら、今の私はなかったはずです。

還暦とはすでに遠洋航海を終えて港に戻ったころ

リセットというのは、言い換えると「捨てること」であり、「あきらめ」や「諦観」に近いものかもしれません。それまでの自分が積み上げてきたものを一度白紙に戻す。言葉で言うのは簡単ですが、実践するのはなかなか難しい。人間は、自分のこれまで置かれてきた環境にどうしても固執してしまうからです。

リセットし、新たな価値観と視点で人生のゴールに向けて再スタートを切る気持ちが大事だと思いますが、再スタートといっても、還暦からのスタートは未知なる世界に飛び出していくような華々しいものではない。もはや、あえて新しい冒険をするような年齢ではありません。人生を航海にたとえるなら、還暦とはすでに遠洋航海を終えて港に戻ってくるころでしょうか。

嵐や荒波を乗り越え、母港に戻って錨いかりを下ろす。自分を安定させたうえで、その錨の遊びの範囲で残りの人生を充実させるのが還暦以降のイメージかもしれません。

その錨は何かといえば、自分がこれまで歩んできたなかで培った経験値や人生観のようなものでしょう。それがしっかり自分自身を固定してくれるからこそ、力を抜いて波間に漂うことができる。

自分なりの考え方、ものの見方、すなわち「哲学」が確立されているか? これがないと、せっかく港に戻ってきてもフワフワと波間を漂い、あらぬ方向に流されかねません。漂うのではなくしっかり腰を落ち着ける。自分の行動範囲や興味、人間関係などをある程度限定したうえで、残りの人生を有意義なものにする。

もちろん、「自分は還暦をすぎても若いころと同じように挑戦と冒険の人生を送りたい」という人もいるでしょう。ただ、その場合はよほど余裕と馬力がないと難しい。

たとえば、船体が大きく燃料をたくさん積んでいる大型クルーズ船でなければ、日が暮れかけてから外洋を目指してはいけない。つまり、よほど腕に自信があり、人脈もお金もあるという人でなければ、60歳をすぎてからの起業などはやめておくべきです。

退職金という大きなお金を手にすると、新たな事業を始めたくなる気持ちも理解できま
す。ですが、体力も精神力も若いころに比べて劣るうえに、この厳しい環境で事業を成功させるにはかなりの才覚が求められます。還暦から新たに事業を始めて成功する確率など、ほぼゼロに等しいと心得ておきましょう。

いい意味で背負った荷物を下ろし、肩の力を抜いて楽に生きる。還暦以降の人生を豊かにできるかどうかのポイントです。

 

↓その他の記事はこちらから 

佐藤優

PROFILE
佐藤優

1960年東京都生まれ。85年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館勤務を経て、95年、同省国際情報局分析第一課主任分析官。2002年、背任及び偽計業務妨害容疑で逮捕。09年、背任及び偽計業務妨害の有罪確定で外務省を失職。13年、執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失う。捜査の内幕を描いた『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)が05年に出版されると大反響を呼ぶ。『自壊する帝国』(新潮社)で第38回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞

還暦からの人生戦略 (青春新書インテリジェンス)

還暦からの人生戦略 (青春新書インテリジェンス)

  • 作者:佐藤 優
  • 発売日: 2021/06/02
  • メディア: 新書