「本日限り50%オフ」は本当に得? 判断を歪める認知バイアスとは

買い物をする女性

私たちは、日常生活でさまざまな条件を加味して合理的に判断しているつもりでも、実はさまざまな「認知バイアス」による影響を受けています。「認知バイアス」は心理学用語で、偏った思い込みによって不条理な選択をしてしまうこと。実は、現代の商業活動はこの認知バイアスを巧みに利用しており、私たちは気づかないうちに合理的ではない判断をさせられていることがあります。この「認知バイアス」について、精神科医の和田秀樹先生が説明してくれました。

間違った判断をしてしまう「認知バイアス」の怖さ

身の回りによくある「認知バイアス」について、いくつか例を挙げて説明していきましょう。あなたの日々の行動から、思い当たることがあるかもしれません。

【損失回避の法則】「本日限り50%オフ! まもなくポイントが失効します」

次の2つのうち、どちらのほうが、あなたの感情が強く揺さぶられますか?

A:10万円の商品を1万円値引きしてもらって買った
B:10万円で買った商品を別の店で見たら9万円で売っていた

Aはつまり「1万円得した」ケース、Bは「1万円損した」ケースです。もちろん、1万円得すれば嬉しい気持ちになります。しかし現実には、「1万円損した」ときのショックは、それを上回りはしないでしょうか。

実験によると、損と得とではその心理的なインパクトには2.25倍の差があることがわかっています。1万円を損した不快感は、2万2500円を得したときの喜びと、ようやく釣り合うというイメージです。

以上は、「人間は得よりも損に強く反応する」ことから起こります。これを「損失回避の法則」といいます。損失回避は、現状維持にもつながりやすいため「現状維持バイアス」と言われることもあります。

損失回避の法則は、人間の判断や行動に大きな影響を及ぼします。例えば、「得をしたい」という気持ちを「損したくない」気持ちが上回ると、新しいものに切り替えられなくなります。

いつも行きつけの飲食店で、毎回同じメニューを頼んでしまうのも、損失回避の働きです。知らない店で初めての料理を食べ、「やめておけばよかった。損をした」とあとで後悔するぐらいなら、いつもの店で、いつものメニューを食べたほうが安心だ、というわけです。

【コンコルド効果】「損は出たが、これまで投資してきたし今さらやめられない」

「コンコルド効果」も、損失回避の法則に、よく似ています。簡単にいうと、「損をしているのは自分でもわかっているけど、今さらやめられない」のがコンコルド効果です。

コンコルドは、イギリスとフランスが共同開発した「夢の超音速旅客機」です。1962年に両国間で協定書が締結され開発が始まると、69年に原型機の初飛行に成功します。しかし早い段階で、採算が合わないことがわかりました。

運航が始まっても赤字は確実。合理的に考えれば、そこで開発中止の判断を下すのが妥当でしょう。そうすれば、損失はそれまでの投資分だけで済むからです。ところが、コンコルドはそのまま開発が進んでいき、76年に定期的な運航を開始。採算の問題は解決されず、赤字は積み上がるばかりでした。結局コンコルドは、2003年の運航を最後に、姿を消しています。

なぜコンコルドは、開発段階でストップがかからなかったのでしょうか。赤字になるとわかっていてどうしてバカなことを、と首をひねる人も多いかもしれませんが、ここにも人間の自然な心理が働いています。

「こんなにお金と時間をかけて開発してきたんだ。ここでやめてしまったら全部が損失になる。もう少し頑張って続けてみよう」そう思ったから、やめられなかったのです。

ここで人間の認知を歪めているのは、過去に費やしたコスト、「サンクコスト(埋没費用)」です。サンクコストは、さまざまなところで、人間の判断や行動に影響を与えています。

わかりやすい例は、投資やギャンブルで負けが込む人の心理です。買った株が値下がりし、100万円の含み損が発生し、これから挽ばん回かいできる見込みもなさそう。この場合、株を持ち続けていても、含み損が膨らむ可能性が高いため、損を覚悟で売却する「損切り」が推奨されます。

しかし「100万円を損するわけにはいかない」という心理から、損切りができず、さらに負けが込んでいく人が、少なくありません。

【フレーミング効果】「生存率90%の手術と、死亡率10%の手術」どっちを選ぶ?

コロナ禍で非常事態宣言や飲食店の時短要請がされる際に、根拠とされるデータの1つが「感染者数」でした。多くの日本人はそれを疑問なく受け入れ、「感染者を減らしてコロナを食い止めよう」と、市民生活を犠牲にすることも厭わなくなっています。

でも、冷静に考えるとおかしいと私は思います。なぜ、死者数ではなく、「感染者数」のほうが強調されているのでしょうか。

「インフルエンザが流行っている」というときに、データとして示されるのは、感染者数ではなく、「死者数」です。「今年は、インフルエンザ関連死で1万人の死者が出た」と報道はされても、インフルエンザの感染者数が報じられることはほとんどありません。第1章でも触れましたが、通常の肺炎でも、コロナ死者数よりもはるかに多い約10万人が毎年亡くなっているのです。例年のインフルエンザや肺炎での「死者数」を知っている人なら、コロナをここまで怖い病気とは思わなかったかもしれません。

同じ現象であっても、「感染者数」を基準にするか、「死者数」を基準にするかで、人の気持ちが大きく変わる。こうした現象を「フレーミング効果」といいます。

エイモス・トベルスキーという心理学者は、医師たちに対し、以下のAの場合とBの場合、その手術を患者に施すかどうか、尋ねる実験をしました。

A:1ヶ月後の「生存率」が、90%の手術
B:1ヶ月後の「死亡率」が、10%の手術

「生存率90%」と「死亡率10%」。強調されている箇所こそ違いますが、意味している内容は同じです。

それにもかかわらず、Aと言われて手術を選ぶ医師は84%いたのにたいし、Bと言われると手術を選ぶ医師が50%に減りました。Bのほうが危険、と判断されたのです。

「生存率」というフレームと、「死亡率」というフレームの、どちらを強調するかで、専門家である医師さえ大きく判断が変わってしまうのです。

【属人主義】「偉い学者がそう言っているんだから、間違いない」

「ノーベル賞をとった偉い学者が言うことだから、間違いない」
「ケインズがこう述べているから、経済政策はこうすべきだ」

このように、このように、偉い人、権威者が言っていることはすべて正しい、とする考え方を「属人主義」といいます。

その反対に、偉い人の意見だろうが、素人の意見だろうが、その言っている内容に注目して、是々非々で対応する考え方を、「属〝事〟主義」といいます。こちらは、社会心理学者の岡本浩一氏がネーミングしたものです。

日本人はとくに権威者の発言に弱い「属人主義」で、「おっしゃるとおりです」と内容を吟味することなく、すぐに従ってしまう傾向があります。

例えば、学校教育のことを議論する会に、ノーベル賞学者を呼んだりするのも、教育界での実績を評価してのことではなく、単に「ノーベル賞をとった偉い学者先生だから」という属人主義の発想からです。ノーベル賞学者は優れた研究者ではあっても、教育の世界では何も実績を残していないことがほとんどです。

【ハロー効果】「立派なスーツだから、この人の話は信用できそう」

認知バイアスの多くは、わかりやすく言えば、「普段賢い人も、時にバカになる」ということにつながるものです。

その一つに、「ハロー効果」というものがあります。ハロー効果とは、ある目立った特徴に引っ張られて、対象の評価が歪んでしまう現象をいいます。ハローとは「後光」のことです。

例えば、仕立てのよいスーツを着ている人が営業にやってきたら、それだけで「信頼できる人」「仕事もできそうだ」という印象を持たないでしょうか。逆に、身だしなみが崩れていると、「仕事、できなさそう…」「なんか怪しい」と、評価を下げてしまいます。

ハロー効果をうまく使っているのが、テレビCMです。好感度の高いタレントを起用すると、それだけで「いい商品だ」「買ってみたい」と消費者に思わせることができるからです。

逆に、ハロー効果を悪用しているのが詐欺師です。詐欺師は、「こんな風にふるまえば信頼してもらえる」という手口を熟知しています。服装や話し方で一流のようにふるまいますし、「テレビ番組に出演している」「有名人と知り合い」「海外の大学でMBAを取得」といった派手な経歴をそれとなくアピールしてきます。よく知らない人でも、経歴がすごければ相手は信用すると、わかっているからです。

【フィア・アピール】「この商品でケアしないと、肌が老化する一方ですよ?」

「年金だけじゃ悲惨な老後になりますよ? でも今から投資を始めれば間に合います」
「大黒柱のあなたにもしものことがあったらどうしますか? 今から保険で備えを」
「この商品でケアしないと、肌がどんどん老いていきますよ?」

フィア・アピールは、相手の恐怖や不安を煽った上で、その解消のために行動を促すテクニックのこと。広告ではよく見かける手法です。例をあげればキリがありません。

人間は「快楽を求めるエネルギー」より「恐怖や不安を避けるエネルギー」のほうが強いため、マーケティングの世界では、こうした訴求の仕方が効果を生むのです。

マーケッターの人たちは、人間心理をよく勉強しており、「こんな宣伝をすれば商品の売り上げが増える」という法則を知り尽くしています。

 

次回は、これらの認知バイアスから逃れて、合理的に判断するための「思考システム」をご紹介します。

 

PROFILE
和田秀樹

1960年大阪府生まれ。精神科医。東京大学医学部卒業後、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、国際医療福祉大学大学院教授(臨床心理学)、川崎幸病院精神科顧問、和田秀樹こころと体のクリニック院長。著書に『六十代と七十代 心と体の整え方』(バジリコ)、『感情的にならない本』(新講社)、『「脳が老化」する前に知っておきたいこと』(小社刊)など多数。