突然の離婚届…危機を過小評価させる「正常性バイアス」のワナ

別れる男女

「こうに違いない!」という決めつけや「たしかこっちだったはず」という錯覚、「ああいうタイプは話が通じない」などの先入観。人は大なり小なり思い込みによって物事を決断してしまう生き物です。でもそれに頼りすぎていると、大きな危機や危険のサインを見逃してしまうことになりかねません。人の心を読み、操る技術“メンタリズム”を駆使するメンタリストDaigoさんが、とある夫婦のエピソードから心の仕組みを解説します。

エピソード よくある夫婦のすれ違い

 

3日前の夜、得意先の接待を終えて帰宅した夫は、一気に酔いが覚める事態に直面していました。食卓テーブルの上に封書が一通。中身は、妻からの短い手紙と離婚届でした。

 

「すんなり別れてください。詳しいことは代理人から連絡させます」

 

何が問題だったのか……。思い返してみても、夫にはよくわかりませんでした。結婚3年目、手放しで夫婦円満と言えるほどではなかったものの、年に1度は旅行に行き、お互いの友人も紹介し合い、うまくいっていると思っていました。

 

夫は何も気づいていない……と確信して、ますます妻の心はさめざめとしていきました。4日前のことです。家を出るために準備は着々と進んでいました。

 

夫はあいかわらず「仕事だから」と言って、酒の臭いをさせながら深夜に帰宅。妻が専業主婦でいられることが自分の手柄のような顔をして、夜食を用意させ、靴下をリビングに脱ぎ捨てたまま、風呂に入りに行きました。

 

自分から今日の出来事を話しかけることは久しくしていません。どうせ、返ってくるのは「疲れているから、週末に聞くよ」です。

 

3日前から夫が繰り返し考えているのは、自分にどんな落ち度があったのだろうか……ということばかり。仕事は懸命にやっていた。貧乏もさせていない。週末、趣味のフットサルに行くときもできるだけ、妻を連れて行くようにしていた。

 

もちろん、浮気はしていない。実家にいたころと同じように過ごせればそれで十分だったから、家事にもあれこれ難しいことは要求していない。彼女の誕生日も結婚記念日も忘れたことはない。

 

たしかにこの1週間、ほとんど会話らしい会話はなかったけれど、週末、彼女も気に入っている知人のレストランへ連れ出せば大丈夫だと思っていました。自分は十分に努力していたはずで、妻にも不満はなかったはず……ですから。

 

妻は何年ぶりかのとても晴れ晴れとした気持ちで、旅先の街を歩いていました。

 

結局、夫の元に妻が帰ってくることはありませんでした。慰謝料の請求額も常識的なもので、弁護士を通じての話し合いはスムーズに進み、2カ月後には離婚が成立。こうなってみると、子どもがいなかったのは幸いだったかもしれません。

 

それでも、夫の心のなかには大きな疑問が残ったままになっています。いったい自分の何が悪かったのだろうか……と。今も、「妻の気持ちは戻るはずだ」「世間的に見れば十分にいい夫だったはずだ」という思いが消えません。

面倒くさがりな脳があなたをダマす

人が思い込みに頼る理由は、脳にあります。脳科学が発達し、その非常に高度な働きの仕組みが明らかになる一方で、脳の持つもう1つの側面もはっきりしてきました。それは、脳の持つ、単純で横着な性質です。

たとえば、このページを読んでいるあなたが、頰の筋肉をくいっと持ち上げ、口角の上がった笑顔をつくったとしましょう。今この瞬間、私は笑える話を書いているわけではありませんから、その笑顔はつくり笑顔ということになります。

ところが、脳はこれだけで楽しさを感じとってしまいます。なぜなら、口角が上がることで表情をつくる顔の筋肉が刺激され、脳の記憶に働きかけるからです。

脳は「この筋肉が動いたときは楽しかったときだ」という記憶を思い出し、ストレスを低下させるホルモンを分泌するよう指令を出します。これは言わば、自分が自分にダマされてしまう状態です。

このように記憶や経験によって自動的にある反応が引き出されるのは、脳が負担やストレスの大きな選択を避け、効率と省エネを重んじる性質を持っているからです。その結果、思い込みによって物事を決断してしまう……こうした働きは「バイアス」と呼ばれています。バイアスとは、脳が負担やストレスの大きな選択を避け、効率と省エネを重んじる性質のこと。

こうしたバイアスによる判断は、危ういもののように思われるかもしれませんが、人にとって必要不可欠な機能でもあります。というのも、すべて物事を一から考えて判断し続けていくのは脳にとって非常に負担が大きく、非効率的だからです。

たとえば、経験豊富なビジネスマンであれば、新しい案件にとりかかるとき、「こういう場合、このアプローチが成功しやすい」、「この手の交渉は先手を打つほうが有効だ」と予測します。これは経験に基づいた迅速な判断であって、このバイアスがうまく作用すれば仕事を効率的に進めることができます。

ところが、予想外の変化があり過去と今では状況が違っていた場合、バイアスに頼った判断は自分で自分をダマす結果となります。バイアスは良し悪しとは別に、本来脳に備わっている機能であり、悪いものではありません。しかし、必ず備えている機能だからこそ、誰もが自分にダマされる可能性を秘めているということです。

このエピソードに登場する夫婦はともにバイアスによる判断を繰り返し、取り返しのつかないところまで関係性を悪化させてしまい、離婚という結末を迎えます。

突然、切り出された妻からの離婚の申し出。夫は理由がまったく思い当たらず、むしろ夫婦関係はうまくいっていると考えていました。

物事を判断するとき、情報を簡約化し、効率的に結論を出していく脳のバイアス機能。
しかし、それこそがバイアスの罠だったのです。

危機的状況になっても通常だと思い込む

夫婦間で丸1週間まったく会話がないのは、完全に異常事態です。しかし、夫は問題ないと思いたいがために、目をつぶり、少し行動を起こせば修復可能だと思い込んでいます。

夫は確実に進行していた事態の悪化に対して、見て見ぬふりをしていたわけです。こうした心の動きの根底にあるのが、「正常性バイアス」です。

正常性バイアスは不測の事態が起きたときでも、パニックにならないために働くバイアス。気が動転するような出来事があっても、平常心を保ち、行動できるのは正常性バイアスが働くからです。

しかし、正常性バイアスは強く働きすぎると、大きな危険に身を晒してしまう結果を招きかねません。

たとえば、災害時などで本当は危険が迫っているのに、「まだ大丈夫」「大したことはない」と考えてしまい、逃げ遅れてしまう。倒産の危機と言える財務状況にもかかわらず、経営者が「不況だから」「業界全体が」と言いながら、異常じゃない理由を見つけようとしてしまう。

いずれも、危機的状況に追い込まれていることを認めたくない心理が、正常性バイアスによって強化されているわけです。その感情は理解できる部分もありますが、自分を安心させるための平常心は関係を破壊させる決定打にもなるのです。

自分の心を守るために、脳は思い込みをつくり出す

ここまで関係が冷え切っていても夫婦間の問題がこのタイミングまで表面化しなかったのは、夫が「一貫性バイアス」の罠にはまっていたからです。

このバイアスは自分のことではなく、他人を見たときに働くもの。具体的には、目の前にいる人がとっている態度やスタンスが、将来に向けても一貫性のあるものだと捉えるバイアスです。

夫には結婚前や新婚時代の妻との蜜月の記憶が色濃く残っていて、その間に感じた愛情は不変だと信じています。今は関係が冷えていても、きちんと話し合えば修復できる。彼女の心のなかには自分に対する愛情や信頼が残っているはずだ……と。

しかし、残酷なことに人は変わります。年齢や置かれた状況によって考え方も、人柄も少しずつ変わっていくのが自然です。ところが、人は目の前にいる相手がかつての性質をそのまま残していると信じてしまいます。

たとえば、ダメな異性と別れられないというケースで強く働いているのも、一貫性バイアスです。出会ったころ、あの人はやさしかった。そのやさしさはきっと今もどこかに残っているはずだ。そう考え、周囲の人からの忠告は心に届かない。脳が持つ本質的な働きだからこそ、バイアスは強く人の心を縛り付けてしまうのです。

バイアスに引っ張られ、都合のいい方向へ物事を考えてしまうことで、気づくと修復不能な状態にまで関係が悪化していく。人はストレスや負担を避けるため、自分にダマされる道を選んでしまうのです。

 

PROFILE
メンタリストDaiGo

人の心を読み、操る技術“メンタリズム”を駆使する日本唯一のメンタリスト。テレビ番組への出演多数。外資系企業の研修やコンサル、教育誌への連載なども手掛けている。主な著書に『メンタリズム 恋愛の絶対法則』(小社)、『人を操る禁断の文章術』(かんき出版)、『一瞬でYESを引き出す 心理戦略。』『男女脳戦略』(ともにダイヤモンド社)など。ベストセラー多数、著書は累計で80万部を超える。