がん自体よりダメージ大!?「がんの疑い」を告げられる精神的負担

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がん検診で、がんはないのに「がんの疑いあり」とされて精密検査を要求されることを「偽陽性」といいます。結果的にがんではないと診断されたとしても、それまでの心理的不安や葛藤は実際にがんである場合をも上回るほどだそうです。国立がん研究センターに所属するがん検診の専門家である中山富雄先生に、がんの偽陽性とがん検診の実際について解説してもらいました。

医師でも不安になる「偽陽性」

がん検診の再検査で、偽陽性割合が最も高いのは胃がん検診の98.5パーセント、最も低いのが乳がん検診の95.85パーセントといわれています。

私が駆け出しの医者だったとき、同じ病院に外科医として高く評価されている部長先生がいらっしゃいました。その名も「鬼瓦権蔵(仮名)」。業界で知らぬ人はいないという神業の持ち主で、学会でも強面で有名でありながら、それを鼻にかけることなく、ヒヨッコの私にもフランクに接してくれる気さくな方。

でも、見た目がちょっと強面なことから「鬼瓦権蔵」の愛称(?)がついていたのでした。

私が夜の医局で帰宅の準備をしていると、科が違う鬼瓦先生がふらりと入ってきて、そーっと椅子に腰掛けました。様子がちょっとおかしい。どんよりした雰囲気です。よく見ると涙目ではないですか。

「どうしはったんですか、先生」
「……職員検診の胃の検査でひっかかってな」
「はあ、それは大変ですなあ」
「……明日、胃カメラやるんだよ」
「胃カメラ、初めてですか? ○○先生はお上手ですから、すぐですよ」
「……がんだったらどうしよう」
「え?」
「がんが見つかったらどうしよう」

てっきり初めての胃カメラが不安なのかと思ったら、胃カメラなど一足飛びに「がんだったらどうしよう、いや、がんだ、きっと」と嘆き悲しんでいるのでした。その夜は1時間ほど不安な気持ちをお聞きしました。

結局、胃カメラの先生に「きれいな胃です」と言われて一件落着。すっかり以前の鬼瓦先生に戻ったのですが、検査前夜の怯えぶりは大変なものでした。

医学畑以外の方が、検診で再検査になって「がんなの?」と驚くのはわかります。しかし、医師は「偽陽性」のことを知っています。「再検査=がんではない」ということなど医師にとっては常識ですし、再検査の胃カメラで本当にがんが見つかる割合がごくわずかであることも理解しています。

がんという病気のことなら一般の方より、うんとうんと熟知しているはずなのです。
「それでもこれほどの不安に襲われるのか」と、がん検診の再検査の衝撃がいかに大きいのか、まざまざと感じた出来事でした。

緊急の連絡でなければそれほど心配はない

実際のがん検診がどのような発想のもとおこなわれているかというと、「怪しいものを見逃さない」ことに重点を置いています。だから、「疑わしきは再検査」。

下の図を見ていただければわかりますが、がん検診で再検査になった方のほとんどが「問題なし」。本当にがんと診断される人はごくわずかです。

本当にがんである人は少ない



稀に、がん検診で「がんで間違いない」と医者が判断できる場合もあります。それは、かなり進行している危険ながんなので、郵送通知などという悠長な対応ではなく、当日や翌日に電話なりで連絡をしてくるはずです。

一カ月後に再検査の通知が来る「悠長」な対応なら、慌てず騒がず「再検査までがワンセットだ」くらいの気持ちで再検査を受けてください。

「要精密検査」から始まった検査行脚の日々

このように、がん検診の「再検査」は、それほど心配する類いのものではありません。2016年のデータでは、胃がん検診を受けた250万人近くのうち、要精密検査になった人は6.78パーセント。しかし、実際にがんと診断されたのは精密検査を受けた人の1.5パーセント(「平成29年 地域保健・健康増進事業報告」厚生労働省)。

がん検診は、「がんの人」を一本釣りするものではありません。「がんかもしれない人」まで大きく網を広げて拾い上げます。

だから、グレーゾーンの人、グレーゾーンにちょっとかかっているかもしれないという人も念のため再検査の対象となるのです。結果的に再検査で詳しく調べたらがんではなかったという、「偽陽性」の人がどうしても出てしまいます。

ある40代後半の女性は、お子さんが志望校に合格して大学生になり、いよいよ子育ても一段落。ホッとしたところに、自治体からの胃がん検診の知らせを受け取りました。

「そういえば、ちょくちょく案内が来ていたな」

それまで、お子さんの部活や塾の送迎、週3日のパート、それぞれの両親の様子見など、平日も休日も予定はびっしりで我が身を顧みる暇などありませんでした。

幸い風邪をひくこともなく健康で過ごせてはいましたが、どこかで「検診を受けていない」ということは不安としてくすぶっていたそうです。

ちょうど時間もできたことだし、長年の不安をスッキリさせようと初めて検診を受けるのですが、数週間後に届いた検診結果を見て仰天します。そこには「要精密検査」と記されているではないですか。

当時、私は勤務先の病院でがん検診を担当していました。検診結果を説明するにあたって目立った問題はないので「安心してください」と伝えたのですが、まったく納得できないご様子。どうしても胃内視鏡検査をしたいと主張なさいます。

医者の立場からは不要な検査は避けたいのですが、結局、それで安心できるのならと根負けして検査をすることにしました。

女性が非常に大きな不安を抱えていることがひしひしと伝わってきて、少し冷静さに欠けている印象を受けた私は、胃内視鏡検査の当日に付き添いのご主人と二人だけで話をする時間をつくりました。

「奥さん、大丈夫ですよ。安心なさってください」
「ええ、前の病院でもそう言われました」
「どういうことですか?」

「この病院でもう5つ目ですわ。自治体のがん検診で再検査と言われてから、もう2年もこの調子です。どこに行っても『がんではない』と診断されるのに、『みんなウソをついている』と思い込んでしまって。家族が一生懸命説得してもムダで、もう本人が自分を抑えられないんです」

偽陽性で動揺される方は何人も見てきましたが、2年という長さに言葉を失う私に、ご主人がポツリとこぼされました。

「終わりの見えない闘いですよ」

生真面目な方、ナイーブな方が「思いがけず」再検査の通知を受け取ると、大きなトラウマとなってしまうことはよくあることです。そうなると何度検査を繰り返しても、「がんかもしれない」という不安を払拭することはできません。

知識や情報、ときには目の前の「事実」でさえ、大きな不安の前では無力。一切なぎ倒されてしまうのです。

がんの手術をした人と同じくらい心に傷が残る

アメリカがん学会は、乳がん検診で偽陽性となった方が、どのような精神状態になるのか、それがどれくらい続くのかを調査をしました。

マンモグラフィーで再検査の必要ありとされた女性のほとんどが、不安、落胆といった感情面での影響を受けたほか、日常生活や睡眠時間などに悪影響があったと答えたそうです。

こうした心理的な影響は一過性のものではなく、1年以上も悩まされた女性もいたというので深刻です。

メンタルへの影響は個人差があります。再検査で「がんではない」とわかった途端、さっぱり忘れて以前と同じ調子に戻る人もいれば、気持ちの切り替えができずに不安を抱えたままという人もいます。

偽陽性の心理的な影響への研究では、「乳がんが発覚して手術をした人」と「偽陽性の人」の精神的なダメージが同等であったというケースも報告されています。検査によって大きな心の傷を受けるリスクがあることも知っておいてください。

 

PROFILE
中山富雄

1964年生まれ。大阪大学医学部卒。大阪府立成人病センター調査部疫学課課長、大阪国際がんセンター疫学統計部部長を経て、2018年から国立がん研究センター検診研究部部長。NHK「クローズアップ現代」「きょうの健康」、CBCテレビ「ゲンキの時間」などのテレビ番組や雑誌などを通じて、がん予防、検診に関する情報をわかりやすく伝える活動を行っている。