自分のスキルを過大評価して会社を飛び出したシニアの末路

政府は「人生100年時代」を力強く推進しています。その背景には、健康ならシニアになるべく長く働いてもらい、社会保障費の負担を減らしたい。社会保障費を得るのではなく、払う側にいて社会を安定させてほしい。このような思惑があるのです。だからといって、むやみに今いる会社を離れるのは、実はとてもハイリスク。シニアの転職市場は非常に厳しいという現実を知っておきましょう。

国と企業の“温度差”がもたらすもの

生産年齢人口の穴を埋めるため、社会保障費の破綻を防ぐため、できるだけシニアに長く働いてもらう。そのための環境を整える―。

政府はその旗印は明確に立てたが、実行は企業に丸投げした。2021年4月に施行された「改正高年齢者雇用安定法」が訴える「70歳まで定年を延ばせ」は、企業に求められた努力義務である。

日本全体で見れば元気なシニアに働いてもらい、国を支えてもらうのは極めて正しい。しかし、一企業の視点で見たらどうだろう?

以前から進んでいたグローバル化がとどまることはない。インターネットやビッグデータ、AI(人工知能)といったテクノロジーは、日々凄すさまじい勢いで進化、浸透している。

これまでの業務をデジタルテクノロジーで代替して、新たな付加価値を出すDX(デジタルトランスフォーメーション。デジタル技術の活用で企業が組織やビジネスモデルを変革して、よりよいサービス、価値提供を生み出すこと)が強く叫ばれているのも、この流れのなかにある。

複雑化、高度化したビジネス環境のなかで、あらゆる企業は厳しい競争にさらされている。IT企業、製造業だけの話ではない。規模や業種を問わない大きな潮流だ。

この激流を生き残るために、企業が本当にほしいのはシニアではない。変化をいとわぬ柔軟性と、新しいテクノロジーを貪欲に自分のものにしていけるのは若い世代だ。そのうえ比較的、給与を低く設定できるのだ。シニアより若手がほしいのは当然だ。

定年が70歳にまで延びることは、企業にしてみたら「本当はいてほしくない人」「そろそろ出ていってほしい人材」をさらに抱えることになる。

本来、生き残りをかけてうんとコスト・パフォーマンスの高い若い人材がほしいのに、追い出せないシニアのせいで採れないジレンマを抱える―定年とは「本当はやめたくない人をやめさせる」ためのシステムなのだ。

シビアな競争社会を生きる企業が、70歳定年制によって“本当はいてほしくないシニア”を抱え込まなければならなくなれば、どんな手を打つだろうか?

もう企業にシニアを守る体力はない

1つは「追い出し」だ。誠意ある会社は「希望退職者」を募る。定年を待たずして自ら手を挙げた社員に早々に退場していただき、その代わりに予定より多くの退職金を払う。多少の対価を払ってでもいらぬ社員に早めに出ていってもらい、人件費を削減し、企業を筋肉質にするわけだ。

すでに徴候は見えている。東京商工リサーチによると2020年の上場企業における希望退職者数は1万8635人。もちろんこの年に本格化して、企業経営をゆさぶった新型コロナウイルスの影響も甚大だったが、実はその前年、2019年の希望退職者は1万1351人。この数字は過去5年間で最多で、コロナ禍になった以前に追い出しははじまっていたのだ。

違う形で「いびり出す」企業も多いだろう。それまでの役職を外して、多額の減給をする役職定年を、広く採用する企業も増えた。

陰湿な企業なら、役職定年者をあえて以前の部下の下につけて、いづらくするような策をとる。シニア層だけの部署をつくって、仕事を与えないような「追い出し部屋」のような問題も多く見られる。

事実、私も某大手製造業の役員から「シニア層を追い出したい。何かいい方法はないか?」と相談を持ちかけられたことがある。

つまり、70歳にまで定年が延長されるのは、企業にとってはたまったものではないのだ。厳しい競争にエントリーしているのに、余計な足かせをつけられることになるからだ。

70歳定年はシニア層を長く働かせるシステムではなく、むしろ早めに、強めに「いらないシニア層を追い出そう」との機運を高める、皮肉なトリガーになっているのだ。

社外に新天地を見つけるのは至難の業

「それなら、今いる会社を飛び出して、求められる別の会社に移ろう!」

そう考えて、転職あるいは早期退職して再就職に活路を見出そうとするシニアの方も多いかもしれない。

だが現実は甘くない。求職者1人につき、何件の求人があるかを示した「有効求人倍率」は直近の2021年5月、1.09倍だった。2019年は1.6倍で、それまではリーマン・ショック直後の2009年からほぼ右肩上がりだったから、突然の大きな落ち込みを見せた。

理由はもちろん、新型コロナウイルスの感染拡大だ。

ただし、人材紹介をしている私の会社には、企業から毎年1000件ほどの求人案件が届いている。確かに1.09倍は低い水準だが、リーマン・ショック直後の2009年は0.47倍だったことを考えると、やはり求人数はあるにはあるわけだ。

甘くないのは、その内訳だ。雇用対策法によって、求人に年齢制限を明記することは禁止されている。ただし表立っていないだけで、業者である我々には、あくまで「希望」として、企業が求める年代が内密に明示される。

私の会社に1000も届く求人案件のうち、60歳以上を希望する企業はゼロである。50代に下げたとしても、10%にも満たない。企業のほとんどが20代、30代、ギリギリで40代の求人を希望している。

つまり、企業が人材紹介業を通して探している案件は、若手から中年層を希望するものが圧倒的に多いのだ。

今いる会社を飛び出したところで、そう簡単に新天地は見つからない。同じくらいの収入と同じような地位を望んでも、社外にはほとんどないと自覚するべきだ。

「しかし、新聞では以前の企業で得たマネジメント知識を中小企業で活かして成功した人の話を読んだ」
「テレビで60歳を過ぎても華麗なジョブチェンジを果たしている男女が多く紹介されているのを観た」

そういう意見もあるだろう。なぜそうした方々がメディアで取り上げられるか、冷静に考えていただきたい。珍しい、つまりレアケースであるからだ。

ニュースのような報道メディアでも、基本的には人目を引きつけるユニークな情報を届けたい。「人生100年時代」「定年が消滅する」。そうしたお題ならば、「こんな人もいるのか!」と興味のわく、とがった事例を取り上げたくなるのは当然だ。

シニアになって転職に成功するのは、すばらしいことだ。しかし、ごく一部のラッキーな事例をあたかも「皆こうなるんですよ」と押し付けるのは無責任だと考える。

「70歳までの定年延長」は、政府が社会保障制度を安定させたいがために立てた旗印だ。これによって企業がシニアの雇用を保障するかといえば、答えは否だ。

むしろ逆回転する。複雑化、高度化、何より激化した企業経営において、ムダに給料だけ高く、新しい知識やスキルを身につけづらいシニア層はなお邪魔な存在になる。何もしなければ、いらぬシニアが社内に残ってしまうため、早めに手を打ちはじめる。早期退職制度、役職定年、減給制度、またはいびり出しが横行する。

多くのシニアの方々は、70歳に定年が延長することで、定年が早まるだろう。制度が直撃するシニアのビジネスパーソンにとって「百害あって一利なし」とはこのことだ。

ここまで厳しい話が続いてしまったが、私は「希望はある」と伝えたい。

指をくわえて、人生の夕暮れをただ見つめているのはもったいない。企業があなたをいらないと言ったところで、あなた自身の価値がなくなったわけではないのだから。

ではどうすればいいか。それこそが、マインドセットの変革だ。

今こそマインドセットの切り替えが必要だ

40代中頃くらいまでは、雇用先である企業が求めるまま、まっすぐにキャリアを積めば、それなりに成長を自覚できたはずだ。任される仕事のサイズも難易度も上がり、成果も給料もそれに合わせて増えてきた。

しかし、同じ成長曲線をシニアが描くことはできない。

50歳前後になれば、もう社内でのひと握りのポストをめぐる出世競争のゴールも見えているはずだ。それでも経済的に成長し続けている時代ならば、トップには上り詰めなくても、なんとなくそれなりに形になるおまけのようなポストと給料が用意されていた。ポスト競争に敗れても、それまで積み上げてきた右肩上がりの成長と給料の「惰性」で、プライドもお金もなんとか耐え忍べたわけだ。

今、それはもうない。定年の延長によって、むしろ追い出そうと圧力がかかる。惰性はきかず、そのまま外に放り出される。

だからこそ、積み上げてきたマインドセットを切り替えなければならない。

「これまでと同じような給料を得たい」
「これまでと似たようなポストにつきたい」
「これまでと近い仕事内容で活躍したい」

このような考え方は、すべていったん捨て去る必要がある。企業の求人がほとんどないことからもわかるはずだ。30代、40代の最も活躍できた頃以上の給料やポスト、社会的地位を得られる可能性は極めて低い。

その延長線上に、シニアは立てない。しかも、シニアの〝幸せ〟はその延長線上にはないのだ。

50歳を超えたあたりから、ビジネスパーソンはこれまでとは違うマインドセット、新しい軸を持って生きなければならない。それが人生100年時代に、本当に豊かな暮らしをいとなむ唯一の方策なのだ。

 

seishun.jp

seishun.jp

PROFILE
郡山史郎

1935年生まれ。株式会社CEAFOM代表取締役社長。一橋大学経済学部卒業後、伊藤忠商事を経て、1959年ソニー入社。73年米国のシンガー社に転職後、81年ソニーに再入社、85年取締役、90年常務取締役、95年ソニーPCL社長、2000年同社会長、02年ソニー顧問を歴任。04年、プロ経営幹部の紹介をおこなう株式会社CEAFOMを設立し、代表取締役に就任。人材紹介のプロとして、これまでに3000人以上の転職・再就職をサポート。