300冊の著作を持つ佐藤優さんが語る「自分の文体」をつくる方法

作家

職業作家の佐藤優さんは、過去300冊以上の著作を世に出し、一時期は月間に400字詰め原稿用紙換算で1000枚もの原稿を書いていたそうです。それだけの文章をコンスタントにアウトプットするために、どのような方法で自分の文章スタイルを確立していったのでしょうか? 外交官時代の仕事にまでさかのぼって、その成り立ちを教えてもらいました。

外交官は大使のゴーストライター

外務省の仕事の基本は、文書をまとめることです。外交官の各文書は、ほとんどが大使や総領事と外務大臣の公電(外務官が公務で用いる電報)になります。

たとえば、当時私が出入りしていたモスクワの戦略センター所長であるゲンナジー・ブルブリスと会って話を聞いた場合、「往訪の当館佐藤に対するロシア戦略センター・ブルブリス所長の発言は以下の通り」という形で、あくまでも話者が大使という形で書くのです。

わかりやすくいえば、私の仕事は大使のゴーストライターだったのです。そこにはいろいろな約束事があるため、自発的に編集作業をしなければなりません。仮に大使や日本政府の考えと対立するようなことを相手がいった場合、全体の文脈で判断し、あえて記録に残さない、あるいは書く場合は適宜こちら側の反論を入れなければならないなどのルールがありました。

外務省にはA、B、C、D、Eという5つのパターンコードがあり、文書を発信する際にはどのパターンにするかを決めておきます。Aに指定したら総理大臣までいく文書、Bなら外務事務次官まで、Cは局長まで、Dは課長まで、そしてEの場合は担当官だけ。それぞれ文書の読み手が違うのです。

必然的に、パターンコードよって文書の書き方は変わってきます。担当官に宛てた文書であればお互い共有している情報が多いので、文章は要点だけ。意見を交わす場合も結論が先で、お互い率直な物言いになります。

読み手が政治家などになると、文章は簡潔にして読みやすくしながら、しっかり説明しなければなりません。政治家は行政のその分野の専門家ではありません。理解してもらえるように書く工夫が必要になるのです。

私はAやBのパターンコードで書く場合が多かったので、その道のプロではない人が読んでもわかるように書くことを心がけていました。そのときに身につけた経験が、後に作家となるときに役に立ったのです。

わかりやすく、正確に書くことが一番難しい

その際、絶対にしてはいけないことが「ねつ造」です。著作には、大きく分けて小説のようにストーリーを創造する「フィクション」と、ルポルタージュのように客観的な事実を基にする「ノンフィクション」があります。その分け方でいうなら、外務省時代の仕事は完全にノンフィクションです。

フィクションが粘土細工だとするなら、ノンフィクションは彫刻。フィクションは新たに要素をつけ加えていくことで完成しますが、ノンフィクションは事実を削っていくことで形にします。新たに要素をつけ加えてはいけないのです。

外務省での文書はあくまで事実が基本ですが、削り方によって見え方がいかようにも変わる。そういう文書の書き方が自然に身につきます。もちろん、最初は上司の書いた文書を真似て書いていました。

ですから同じ素材を扱っても、仕事ができる人の文章は印象が強く説得力がある。そして、深い洞察によって近未来に起こりうることを表現できる外交官は評価されました。

公文書を読んでもらうにも“見出し”が重要

外務省というお役所の発する文書というと、ずいぶんお堅いものというイメージがあるかもしれません。しかし専門用語ばかりで味気ない文章が読みづらいというのは、政治家であっても同じです。事実を曲げない範囲で、いかにわかりやすく、読みやすく、要点が読み手の頭に入るように書くかをいろいろ工夫しました。

特に工夫したのは見出しです。できるだけ目を引くように、そして段落の内容が一目でわかるように、キャッチーな見出しにしなければなりません。

外務省の幹部に配布する文書には全体の要旨をつけます。そのとき、先が読みたくなるような要旨であれば、数ある文書のなかで優先して読んでもらえるでしょう。

ですから、書籍でいうならライターであり編集者でもあったのです。それが作家となった今、全体の構成や文章の流れ、見出しをつける際などに役立っています。

その意味で、雑誌を読むと文章の書き方の参考になるでしょう。雑誌の記事はなるべく多くの読者の興味を引くよう、さまざまな工夫を凝らしています。見出しのつけ方、文章の流れ、図版のレイアウトなど。編集意図や編集作業を意識しながら読むと大いに参考になります。

文体を真似ることで自分の文体ができる

文章を書く際には、事実と自分の意見を分けることも大事です。特に情報部局での情報(インテリジェンス)分析では、事実関係と意見(=コメント)を明確に分けていました。客観的な事実関係の表記によって読み手に判断材料を与え、より正しい判断、決断と行動を促すのです。

文体は必要に応じて必然的に決まってくるものですから、これから小説などを書こうと考えている人は、最初から自分の文体を意識しすぎる必要はありません。オリジナルを目指す前に、まず基本的な文体を身につけることのほうが先でしょう。

作家の浅田次郎さんは、原稿が進まないときはいろいろな名作を書き写したそうです。そうしてほかの人の文章や文体を真似することで、行き詰まった状況を打開する。文章が書けるようになりたい人は、自分が興味をもった文章や記事、名作の気に入ったフレーズなどを書き抜いてノートにまとめておくというのも効果的です。

おすすめは中学校、高校の国語の教科書です。国語の教科書にはさまざまな分野の小説やエッセーなど、選りすぐりの作品が取り上げられています。国語の教科書に関しては、中学校も高校もレベルの違いはほとんどありません。しいていうなら高校になると近代文語文が出てくるくらい。中学校の国語の教科書がしっかり読みこなせれば、大学のテキストも読めます。

パソコンを使っているなら、とりあえず名文やいい記事をどんどんコピー&ペーストして名文をストックしていくだけでもいいでしょう。それをあとから繰り返し読んだり、書いたりしてみる。それだけで十分文章の勉強になります。

よくコピペはよくないといわれますが、記録するという意味においてコピペは便利な機能です。よくないのはコピペして安心し、その内容をしっかり理解していないままにしておくことです。理解し自分の頭に入っているのであれば、コピペ自体をタブー視する必要はありません。

表現力を鍛えるには「とにかく書く」

あとはとにかく量を書くこと。一定以上の量をこなすことで質的な変化が生まれます。そういう意味で、外務省時代に大量の文章を書いていたのは大変役立ちました。毎日、原稿用紙で少なくても30枚から40枚くらい。1枚400字として1万2000字から1万6000字くらいでしょうか。

ときに原稿用紙で100枚以上におよぶ場合がありましたが、これくらいになると口述でなければ不可能です。自分で書くのはごく一部で、あとは口述して部下にメモをとらせ、それを書き起こさせます。優秀な部下たちばかりだったのでこういうことも可能でした。

毎日のように文書を一定分量以上書き続けると、書くスピードも当然アップしますし、文章もだんだん上達してきます。原稿を書くスピードも量も人によりますが、訓練することである程度までは向上します。それはとにかく量を書くことでしょう。

 

 
PROFILE
佐藤優

1960年東京都生まれ。85年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館勤務を経て、95年、同省国際情報局分析第一課主任分析官。2002年、背任及び偽計業務妨害容疑で逮捕。09年、背任及び偽計業務妨害の有罪確定で外務省を失職。13年、執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失う。捜査の内幕を描いた『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)が05年に出版されると大反響を呼ぶ。『自壊する帝国』(新潮社)で第38回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞