本当は危ない素人の「ストレス解消法」“避ける”が実は一番効果的

仕事のプレッシャーや日常生活に潜む面倒ごと……。私たちの生活から“ストレス”を切り離すことはなかなかできません。だからこそ、医療機関に頼らず自分でストレスに対処しようとする人は多いですが、それが逆にストレスを悪化させることになりかねないと精神科医の岩波明先生は言います。どういうことでしょうか?

「過去のつらいこと」に向き合う必要はある?

日々ストレスはあるけど、病院に行くほどではない。だったら「自分の工夫」や「気の持ちよう」で、なんとかなるのではないか。そう考えて、いろいろ試してみたことのある人もいるでしょう。

一過性で、あまり強くないストレスであれば、一般的なストレス解消法も効果があるかもしれません。心療内科や精神科でも、自律訓練法や、マインドフルネスなどをすすめることがあります。

自律訓練法とは、ドイツの精神科医シュルツが開発したリラックス法で、自己暗示によって全身をリラックスさせる方法。マインドフルネスは、「今、この瞬間」に意識を集中することで、過去のつらい出来事や未来への不安で苦しんでいる心を休める瞑めい想そうの一種です。

ただ、本当に自分で治せるかどうかは、ストレスの強さと頻度しだいのところが大きいと思います。

例えば、ハラスメントを繰り返してくる誰かがすぐ隣に座っていたら、そのストレスは「気の持ちよう」でなんとかなる範囲を超えてしまうでしょう。

それに対して、次のようなストレス解消法をよく見聞きします。

「嫌なことがあったらメモに書き出すと、ストレスを減らせる」
「ストレスは我慢するよりも、吐き出した方がスッキリする」

もしこれらに本当に効果があるなら、適応障害の予防や治療にも、使えそうです。しかし私の印象では、答はノーです。残念ながら、期待とは逆の結果に終わるケースが多いのではないでしょうか。

というのは、書くほどにストレスが強くなる危険があるからです。誰もが使える方法ではないと思います。

「でも、つらい気持ちを書き出すと、胸がスッとするんです」と言う人もいると思います。私も診察中に、患者さんの悩みや置かれた状況を詳しく把握するために、状況を書いてもらうことがあります。

しかし、現実を見れば、そのようなケースはごくまれです。大半の人は、嫌なことがあったら、記憶を封印してしまうか、忘れてしまうようにすることが多いでしょう。

というのは、「過去のつらいことを書いたり話したりする」行為そのものが、ストレスになる危険があるからです。私が認知行動療法を疑問視している理由と同じです。

例えば、カウンセラーが患者さんから過去のつらい出来事を聞きだすシチュエーションを想像してみましょう。

登場人物は誰か、具体的に何が起きたのかと、一つひとつ聞き出していくと、回復するどころか、患者さんの症状が悪化していくことが多いのです。

話せば話すほど、つらい出来事をまざまざと思い出し、情景がありありとよみがえるからです。書いている途中でボロボロ泣いてしまう人もいますし、怒りが抑えられなくなることもあります。

そこで苦しい思いをするから回復するんだ、ストレスの種から目を背けるのがいけないんだ、とする考え方もありますし、実際にそれで治療がうまくいく場合もあるかもしれません。

しかし、どちらかといえば、うまくいかないケースが多いと思います。過去の出来事について振り返ることは、記憶を固定化し、フラッシュバックを起こしやすくすることが多いからです。こうした方法は、その苦しさを乗り越えられるだけの心の強さを持った人には向いているのかもしれません。

 

 

 

仮に診察室でそういう「つらい」体験についての話が出たとしても、時間的にすべてを処理できないため、現実的ではありません。ある程度患者さんの話を丁寧に聞かないと、事実関係も登場人物もわからないのでアドバイスすることができないため、すぐに1~2時間は経ってしまいます。とても通常の外来において、できることではありません。

これまでの経験では、話すうちに患者さんが泣き出してしまったり、激しい攻撃性を示したりすることがありました。その場合は「この話題は、もう診察室ではしないようにしましょう」と患者さんと約束をしました。

実際の診療では、いま目の前にある現実をどうするかを考えるために話をすることを中心として、過去の込み入ったエピソードはあえて問題にしないのが普通です。過去はいくら悔やんでも変えることができないうえに、話がまとまらなくなることが多いためです。

「嫌なことがあったら書き出しなさい」というのは、おそらく古典的な精神分析の考え方に近いように思います。これは、あらゆることを治療者に話して、自分の心のうちにある真実を見つけると回復する、といった考え方です。

しかしこの方法については、「ウソ」と言ってしまうと失礼ですが、事実とは異なる想像が広がってしまうリスクがあることがわかっています。特に昔のことを思い出そうとするときに、カウンセラーが合いの手を入れると、さらに想像が広がっていくからです。

精神科医から見た「正しいストレス解消法」

精神科医からおすすめできるストレス解消法があるかというと、意外かもしれませんが、実は王道といえるものはありません。

ストレスから逃げる、避けるのが一番いいと思います。

「人間的に成長するために、ストレスに立ち向かえ」とする意見もあります。それが完全な間違いとは言いません。しかし、適応障害を発症するほどのストレスならば、うまく避けて逃げて通るのが正解だと、私は考えています。

上手に逃げるために、精神科にちょっと力を貸してもらう。そのぐらいの気持ちで頼っていただきたいと思います。

職場のストレスの一番の原因は、よく知られているように「人間関係」です。しかし、極論をすれば、気が合わないタイプの人に挑んでも、仕方がないわけです。

相手が上司でも家族でも、「毎日のように口論している」という人がいますが、そうなると、お互いに感情をぶつけ合っているだけ。「話し合って解決できる」ような問題ではなくなっています。多大な時間と労力を投じても、多くの場合、ムダな努力に終わります。

私からは次のようにお願いしています。
「できれば、そういう相手とは、もう話さないでください」
「当分の間しゃべらず、距離を置いてください」

距離を置いているうちに気持ちも落ち着いて、「まあまあの関係」「それなりの仲」になら、なれる場合があります。

職場でも、自分で問題を抱え込まず、上司や人事に相談し、1対1での関係から距離をとりましょう。

「距離をとる」がストレス解消の基本

それまで仲良しだった夫婦が、コロナ禍による「ステイホーム」で一日中一緒に過ごすようになったとたん、けんかばかりになって離婚の危機に。そんな話も、聞くようになりました。

やはり、距離が近すぎることが原因のストレスです。この場合も、特効薬は一時的でもいいので離れることです。

「話し合い」は逆にマイナスになる場合が多いと思います。だいたいの場合、売り言葉に買い言葉で、「あなたは私をそうやって責めるけど、自分はどうなの?」とか「あのとき言ったことと違うじゃない」など、罵倒のし合いになるのが関の山です。

対人関係以外においても、「距離をとる」は、ストレス解消の基本です。

ある患者さんは、有名大学を卒業して、コンサルタントの仕事に就きました。ただ能力はイマイチだったのか、最終的にパフォーマンスが水準に達せずリストラされてしまいました。本人は抵抗したのですが、ストレスは強く精神的に不安定になり、診察にやってきたのです。

しかし別の職を得てみると「さっさと辞めて正解」と、明るく話していました。

「うちの会社から逃げるような人は、どこに行ってもダメだ」と脅してくるような職場もありますし、実際その通りのケースもあると思います。体調不良を言い訳にしながら遅刻や休みを繰り返す社員の対応に苦労している会社もあることでしょう。

しかし一般的には、ストレスをうまく避けて自分の生きやすい場所を探した方が、幸せになれる。精神科医として多くの患者さんと向き合ってきて、私は強く、そう思います。

日本人の大好きな、「どんな相手とでも話せば分かり合える」「こちらが変われば相手も変わる」という考え方は、あくまでも治療の現場においてはですが、実際に患者さんを救う考え方にはならないばかりか、むしろ逆に状況を悪化させることになりがちだということを強調しておきます。

 

 

PROFILE
岩波明

昭和大学医学部精神医学講座主任教授(医学博士)。1959年、神奈川県生まれ。東京大学医学部卒業後、都立松沢病院などで臨床経験を積む。東京大学医学部精神医学教室助教授、埼玉医科大学准教授などを経て、2012年より現職。2015年より昭和大学附属烏山病院長を兼任、ADHD専門外来を担当。精神疾患の認知機能障害、発達障害の臨床研究などを主な研究分野としている。著書に『他人を非難してばかりいる人たち』(幻冬舎新書)、『精神鑑定はなぜ間違えるのか?』(光文社新書)等がある。