「理解できない本」に挑戦しなければ読解力はやがて減退する【佐藤優】

読書

職業作家の佐藤優さんは仕事柄、月に平均300冊、多い時で500冊もの本に目を通すそうです。この驚異的な読書量の基礎となったのが、中学生時代の塾講師からの指導と、その後の多読だったそうです。また中学生のときから内容の理解はともかく、哲学書や経済書にもチャレンジしていたそうです。その読書遍歴と読み方のコツなどについて教えてもらいました。

中学時代の濫読が人格のコアをつくった

いまの私は、多くの出会いによって成り立っています。人との出会い、本との出会い、そして本を通じて先人たちの思想や生きざまに触れることも出会いだといえます。

中学のときに通っていた「山田義塾」という学習塾の国語の岡部宏先生に読書の面白さを教えてもらい、それまで熱中していたアマチュア無線への興味が次第に失われ、読書に重きを置くようになっていきました。

モーパッサンの「首かざり」、太宰治の『晩年』、島崎藤村の『破戒』や田山花袋の『蒲団』、夏目漱石の『こころ』などを読みました。いずれも国語の教科書に載っている小説で、先生が解説をしてくれました。中学時代にしっかりした師の下で、作品の価値や本質をとらえる訓練をしてもらったのは非常に幸運だったと思います。

その後、興味は海外の作家、作品へと広がっていきます。自然主義の生みの親であるフローベルやカミュといったフランス文学、ツルゲーネフやトルストイ、チェーホフといったロシア文学などに傾倒していきました。

この時期の私は、塾を終えて家に戻り、夕食をとり、風呂に入ってから自分の部屋の机に向かいました。宿題や課題、予習や復習などを終えて、そこから興味のある小説を読む。寝るのはいつも夜中の3時、4時でした。その習慣が根づいたからか、あるいはもともとの体質なのか、私はいまでも3時間寝れば疲れがとれ、自然に目が覚めます。

小学校のころはアマチュア無線に凝り、どちらかというと理数系に興味があったのですが、小説の世界に入り込んでからはどんどん文科系の方面に興味が向いていきました。とにかく暇さえあれば本を読んでいたように記憶しています。

中学に入ると、知能も精神的な部分も一気に成長します。人格形成期にさまざまな文学に触れることはとても重要です。小説をはじめとする文学の力は、すぐに何かに役に立つという即効性が期待できるものではありません。ただし、ものの見方、考え方を知り、自分の中にさまざまな世界を包含させることで、内面世界を豊かにすることができます。

作物を豊かに実らせるには栄養分の豊かな土壌が不可欠です。特にこの時期に触れる文学作品は、まさに人生の堆肥のようなものだといえるでしょう。栄養分豊富な土から生えた作物は存分に成長します。

あるいは、文学というのは一種の予防接種のようなものかもしれません。作品には多くの魅力的な人物や生き方、考え方ばかりでなく、ときには人間性の卑俗な部分、見たくはない悪の部分も描かれています。実際に直面すると危険がおよぶような状況、人物を疑似体験するわけです。それが抗体のように働くことで、その後の人生に対する免疫力が確実にアップするのです。

思想・哲学を入り口にマルクス主義に出会う

文学の次に、私の興味は哲学に向かいました。岡部先生にまず何を読めばいいかを尋ねたところ、「大学の教養課程で使うものを1冊読み、あとは中央公論社の出している『世界の名著』シリーズの哲学関係を読んでいけばいい」と指南されました。

そこで大宮にある書店の店員に哲学の教科書としてどれがよいかを尋ねたところ、『世界十五大哲学 哲学思想史』(大井正/寺沢恒信・富士出版)を紹介してくれました。あとで国語の先生に確認したところ、「マルクス主義の視点で書かれているが、全体にバランスがよくとれている」と太鼓判を捺してもらえました。

やみくもに本を読むのではなく、必ず詳しい人に何を読めばいいか指導を仰ぐ。私の場合、塾の先生という最適な人材が近くにいました。そういう人が身近にいない場合は、前にも触れましたが、大型書店や専門書店の書店員に聞く。書店員の知識は非常に豊富で、初心者でも的確なアドバイスが受けられる可能性が大いにあります。

この本を読んでから、私はマルクス主義に興味をもつようになります。そして岩波文庫の『空想より科学へ 社会主義の発展』(エンゲルス)、『共産党宣言』(マルクス/エンゲルス)へと発展していきました。

正直なところ、当時の理解力ではその内容を完全につかんでいたとはいえません。ただし、歴史には法則があり、それにしたがって人類は必然的に進歩、発展していくという考え方はとても新鮮で、思想や哲学の面白さに目覚めたのもこの時期です。

ときには「理解できない本」を読んでみる

思想や哲学、特にマルクス主義に大いに興味をもつきっかけになったのが、中学2年生の夏休みに兵庫県尼崎市の伯父さんの家に1カ月滞在させてもらったことでした。その伯父は県会議員を務めていて、社会党左派に属していました。

非常に私を可愛がってくれて、まだ中学生の私に、自分がどんな人生を歩んできたかを教えてくれました。伯父の書斎には『マルクス・エンゲルス選集』(新潮社)、『レーニン全集』(大月書店)、『スターリン全集』(大月書店)、『毛沢東選集』などたくさんの本が並んでいました。

「優君は自由に出入りして、何でも好きに読んでいいからね」という伯父の言葉に甘えて、その夏は毎日朝から晩まで、一心不乱、手当たり次第に本を読みました。おそらく私の生涯の中でも、最も本を読んだ時期でしょう。

ただし、やはりマルクスやレーニンは読んでも意味がほとんどわからない。それに対してスターリンと毛沢東はわかりやすい。ただし、たくさんの難しい本を読むことで、読書力はこの中学2年生の夏で飛躍的に伸びたと思います。

肉体的にも精神的にも、中学生の年代は飛躍的に成長する時期です。この時期に肉体や知性に適度な負荷をかけることができたかどうかで、その後のその人の知的基礎体力が決まるのではないでしょうか。

 

 
PROFILE
佐藤優

1960年東京都生まれ。85年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館勤務を経て、95年、同省国際情報局分析第一課主任分析官。2002年、背任及び偽計業務妨害容疑で逮捕。09年、背任及び偽計業務妨害の有罪確定で外務省を失職。13年、執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失う。捜査の内幕を描いた『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)が05年に出版されると大反響を呼ぶ。『自壊する帝国』(新潮社)で第38回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞