「高い自己肯定感」への強迫観念が“うつ”を増やしてしまう矛盾

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最近、書店では「自己肯定感」に関する本がたくさん並んでいます。その多くが、自己肯定感が低いといかに生きづらいかを説き、なんとかして自己肯定感を高めるためのノウハウを伝授するという内容です。しかし、本当に自己肯定感は高めなければいけないのでしょうか。心理学博士である榎本博明さんに、自己肯定感にまつわる落とし穴について教えてもらいました。

「自己肯定感は高い方がいい」は一種の信仰

自己肯定感は高めるべきである。なんとしても自己肯定感を高めないといけない。そうした幻想が世の中に広まってきたせいで、自己肯定感を高めなければといったプレッシャーを感じながらも、自分は自己肯定感が低いと悩み苦しむ人が増えている。最近の日本では、どうもそのような構図がみられるように思います。

実際のところ、日本人であからさまに自己肯定感が高いと胸を張れる人が、いったいどれだけいるでしょうか。一部の勘違い人間を別にすると、ほとんどいないのではないでしょうか。

じつは、強烈に自己主張し、自分を押し出していかないと生き抜いていけないアメリカ社会でも、1970年代以降、自尊感情(自己肯定感)を高めようという運動がさかんになってから、抑うつ、ナルシシズム、不安といった問題兆候がよりいっそう目立つようになってきたとの調査結果があります。

その後、そうした流れについての反省を踏まえることで、多少の改善がみられているとの報告もあります。一方、日本の現状は、そのアメリカに一周遅れて、さらに言えば文化の違いを踏まえずに、まさに自己肯定感を高めないといけないといった信仰のような強い思い込みにより、多くの人たちが苦しんでいるように思えてなりません。そんな風潮に流されないようにする必要があります。

「自己肯定感」と「自己満足」は違うもの

ここでとくに着目したいのは、「向上心」です。今以上の自分になりたいという気持ちです。人からみて、十分な実力や実績があるのに自己肯定感が低い場合、本人がもっと高いところに自己評価の基準を置いているということが考えられます。

一方、人からみて実力からしても実績からしても自分の不十分さを感じてもよいはずなのに、なぜか自己肯定感が高いという場合、本人の自分に対する要求水準が低いということが考えられます。

つまり、向上心が強い人の場合、自分に厳しい基準を課し、自分の現状に満足しないため、自己肯定感がそこまで高くならないということがあるのでしょう。逆に、向上心が低い人の場合、自分に求める基準が低いため、自分の現状に満足し、自己肯定感が高くなっているということもあると言えます。

ゆえに、心理学者のデシとライアンも、自尊感情はただ高ければよいというような単純なものではないと言い、条件付きの自尊感情とほんとうの自尊感情を区別すべきだと言います。

自尊感情の心理学の端緒を開いたとも言えるローゼンバーグは、自尊感情はありのままの自己を受け入れるだけでなく、成長し欠点を克服するという動機づけを含むものとみなしています。そして、自己満足には独りよがりも含まれるとして、自己満足と自尊感情を区別しています。

昨今の日本でさかんに話題にされている“自己肯定感”には、自己満足と言ってもよいような側面が強いように思われます。心理学者フェルドマンも、自尊感情を自分自身の価値、評価、重要性などの総合的な査定であると定義したうえで、向上心と自信の程度の双方を反映するものとしています。

ここであらためて強調しておきたいのは、自己肯定感はただ高ければいいというようなものではないということ、そして自己肯定感について考える際には向上心を考慮する必要があるということです。

「自己嫌悪」とのバランスが重要

自己肯定感を高めるには、自分に対する要求水準を下げればいい。そうすれば自分に対する満足度が上がる。そのような安易なアドバイスを耳にすることがありますが、それでは真の自己肯定感が高まることはないでしょう。

たしかに要求水準を下げれば、満足度は上がります。たとえば、野球選手がホームランを15本打ったとして、自分なりの目標が20本だと満足できないですが、目標が10本なら十分満足できます。

でも、ほんとうにそれで自己肯定感が高まるでしょうか。ここで注目したいのは、児童期には多くの子が自己肯定しているのに、思春期になると自己肯定する子が一気に少なくなるという傾向です。

たとえば、ちょっと古いデータではありますが、「自分に満足」という子の比率は、小学5年生では57.5%と過半数を占めるのに、中学1年生では30.0%と半分くらいに低下し、中学3年生では20.5%とさらに低下することが示されています。

「自分が好き」という子の比率も、小学5年生では54.8%と過半数を占めるのに、中学1年生では45%とやや低下し、中学3年生になると32.5%とさらに低下しています。

これには、児童期から思春期にかけての認知能力の発達により、抽象的思考ができるようになることで、理想自己を高く掲げるようになり、また現実自己を厳しい目でみつめるようになることが関係しています。

その証拠に、別の調査では、小学5年生では理想自己と現実自己のギャップとIQとの間になんの関係もないけど、より年長になると、同じ学年でもIQの高い者の方がギャップが大きくなることが示されています。

現実自己と理想自己のギャップの大きさは、認知能力の発達のしるしなのです。心理的に成熟し、理想を高く掲げると同時に、現実の自分を厳しい目でみつめるために、自分の未熟さや至らなさを感じ、自己嫌悪に陥るわけです。自分はまだまだだと自己嫌悪に陥るのは、向上心があることの裏返しとも言えます。

ゆえに、ずっと自己肯定したままというのは、心理的な成熟が滞っているとみなすこともできるのです。理想を高く掲げたり、自分を批判的に振り返ったりすることがないため、自己肯定していられるわけです。そこには自己嫌悪もなければ、向上心もみられません。

自己肯定感には向上心が含まれるということを考えたら、要求水準を下げて自分に満足すればいいということではないはずです。自分をさらに向上させていこうという心の構えが必要です。そんな向上心のある自分だからこそ、真に自分を肯定できるのです。

 

PROFILE
榎本博明

心理学博士。1955年東京生まれ。東京大学教育心理学科卒。東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程で学ぶ。カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学大学院助教授等を経て、現在、MP人間科学研究所代表。心理学をベースにした企業研修、教育講演を行っている。