“不安”が日本人をつくった!? 無理に自己肯定感を高めることの弊害

張り切る女性

最近、書店では「自己肯定感」に関する本がたくさん並んでいます。その多くが、自己肯定感が低いといかに生きづらいかを説き、なんとかして自己肯定感を高めるためのノウハウを伝授するという内容です。しかし、本当に自己肯定感は高めなければいけないのでしょうか。心理学博士である榎本博明さんが、自己肯定感を無理に高めようとすることの弊害について教えてくれます。

成績下位でも「勉強が得意」と答えるアメリカの生徒

どの国際比較調査のデータをみても、欧米人の自己肯定感の高さは疑いようもなく、それに比べて日本人の自己肯定感は著しく低くなっています。そのようなデータを根拠に、日本の子どもや若者の自己肯定感を高めなければならないとして、さまざまな取り組みが行われています。

それにもかかわらず日本の子どもや若者の自己肯定感が高まる兆候はみられず、欧米人との差は一向に縮まる気配がありません。

そこで、いったいどうしたら縮めることができるか、どんな方法を用いたら日本の子どもや若者の自己肯定感を高めることができるかが真剣に議論されていますが、私は、そんなことを気にする必要はまったくないと思います。その根拠を示しましょう。

国立青少年教育振興機構が2015年に実施した「高校生の生活と意識に関する調査」には、「私は、勉強が得意な方だ」という項目もありました。それを肯定する者は、アメリカの高校生は65.6%なのに対して、日本の高校生は23.4%にすぎませんでした。3倍近い開きがあります。

では、こうした自己評価は、学力の実態を反映しているのでしょうか。それを確かめるために、OECD(経済協力開発機構)が3年ごとに実施している学力の国際比較調査「生徒の学習到達度調査(PISA)」の結果をみてみます。

その調査は、各国の15歳の生徒を対象として、「科学的リテラシー」「読解力」「数学的リテラシー」に関するテストを実施しています。大雑把な言い方をすれば、毎回日本は総合的にみて上位に位置し、アメリカは中間から下位あたりに位置しています。具体的にみてみましょう。

2015年の調査結果をみると、アメリカは科学的リテラシー24位、読解力24位、数学的リテラシー40位となっています。日本は、科学的リテラシー2位、読解力8位、数学的リテラシ―5位で、アメリカよりはるかに優秀な成績となっています。

イギリス人もアメリカ人と同じような傾向を示しています。このように、日本の生徒はアメリカの生徒よりはるかに学力が高いにもかかわらず、アメリカの高校生の65.6%が自分は勉強が得意だと答え、日本の高校生で自分は勉強が得意だと答えた者はわずか23.4%にすぎません。

結局、欧米人は勉強ができなくても「自分は勉強が得意だ」と答える傾向があるわけですが、日本人は勉強ができても「自分は勉強が得意だ」とは答えない傾向があるのです。

ここから言えるのは、欧米人の自己肯定感の高さは、自分を過大評価する心理を反映しているにすぎないということです。このような自己肯定感の高さを日本人は見習うべきだというのでしょうか。

自分を過大評価し、まったく実態が伴っていないのに「自分はすごい」「自分はできる」「自分に満足」と言い切ることによって自己肯定感の得点が高くなるとしたら、そのような得点を高めようとする必要などまったくないように思います。

仕事のできない人ほどなぜかポジティブ

なぜかできない人物が自信満々で、できる人物の方が慎重で不安げだと感じることはありませんか。自己肯定感がみるからに高く、自信満々に振る舞う欧米人の中でも、とくに自信満々にみえる人物ほど、その実力はあやしいといった知見が得られています。

それを示す実験を行ったのが心理学者のダニングとクルーガーです。ダニングたちは、ユーモアのセンスや論理的推論の能力など、いくつかの能力に関するテストを実施し、同時にそうした個々の能力について自己評価させるという実験を行いました。

その際、能力の自己評価に際してはパーセンタイルという指標を用いています。つまり、自分の能力が下から何%のところに位置づけられるかを答えてもらいました。

たとえば、12パーセンタイルというのは、下から12%という意味なので、自分はその能力がかなり低いとみなしていることになります。50パーセンタイルというのは自分はその能力に関しては平均並みとみなしていることになり、80パーセンタイルというのは下から80%という意味なので、自分はその能力は相当に高いとみなしていることになります。

実際の成績順に全員を4等分し、最優秀グループ、平均より少し上のグループ、平均より少し下のグループ、底辺グループに分けました。そして能力の自己評価と実際の成績を比べたところ、とても興味深い傾向がみられたのです。

わかりやすく言えば、ユーモアのセンスについては、底辺グループはかなり低い能力しかないのに、自分は平均以上の能力があるというように、自分の能力を著しく過大評価していたのです。

それに対して、最優秀グループでは、そのような過大評価はみられず、むしろ自分の能力を実際より低く見積もる傾向がみられました。

もうひとつ論理的推論の能力についても、底辺グループはかなり低い能力しかないのに、自分は平均よりかなり高い能力があるというように、自分の能力を著しく過大評価していたのです。

こうした実験結果によって、なぜか仕事のできない人ほどポジティブで、根拠もなく自信をもっていることが裏付けられました。できない人ほど楽観的で、自分の能力を実際以上に見積もり、できる人ほど不安が強く、自分の能力を実際以下に見積もる。

これは、できる人の方が、現実の自分自身や状況を厳しい目で見ているため、自分を過信し楽観視するよりも、不安が強くなるためでしょう。それがさらなる成長の原動力ともなっているのです。

さらに、追加の実験も行ったダニングとクルーガーは、能力の低い人物は、自分が能力が低いということに気づく能力も低いと結論づけました。単に自己を肯定するように導けばいいというわけではないということは、こうした知見からも明らかです。

日本人に「ポジティブ信仰」は合わない

こうしてみると、たえず自己肯定し、楽観的かつ積極的にみえる欧米人と違って、私たち日本人は何かと不安になりがちですが、日本人の仕事の着実さは不安の強さがもたらしているといってもよいでしょう。

日本製品の信頼性の高さ。日本の電車の比類ない運行時間の正確さ。これらはまさに不安の強い性格によってもたらされているとみなせます。

ポジティブ信仰に惑わされ不安を排除してしまうと、仕事が適当になり手抜きが横行し、製品の質が低下してしまう恐れがあります。「まあ、何とかなるだろう」と楽観視しすぎると、思いがけない事態への対処能力が低下し、電車の運行時間もいい加減になる恐れもあるでしょう。

今、私たちが生きているこの社会の信頼性が、じつは日本人特有の不安の強さによって支えられているといった面があることを知っておくべきでしょう。

ゆえに、自分の中にある不安を否定し、排除しようとするのではなく、不安の効用にもっと目を向け、その生かし方を考えていくべきです。

今の自分をなかなか肯定し切れず、満足できず、まだまだ足りないところがあると考えがちな私たち日本人が、国際比較調査などで自己肯定感を測定すると、不安がなく楽観的で自分を押し出す文化をもつ国々の人たちと比べて、自己肯定感が低くなるのも当然だし、そのことをまったく気にする必要がないということが、あらためてわかるのではないでしょうか。

 

PROFILE
榎本博明

心理学博士。1955年東京生まれ。東京大学教育心理学科卒。東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程で学ぶ。カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学大学院助教授等を経て、現在、MP人間科学研究所代表。心理学をベースにした企業研修、教育講演を行っている。